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四章 精神の距離‐artificial‐(8)

「ああ。詳しく言えば、主に魔術を使用する際〈マナ〉が物質として変換され、属性を振り分けられた状態のものが元素だ。そして、それを司るのが精霊という種族なんだ。彼らは普段は[精霊界アルフヘイム]と呼ばれる場所に住み、契約を交わした者に召喚される事でこちらの世界に顕れる。自らこちらの世界に来る事も可能なようだが、二つの世界は構造も異なるからか、滅多にこちらを訪れる事は無いようだ」
「って事は、そんなに見られないって事?」
「ああ。基本的に彼らは、召喚士系〈職業〉でないと契約もままならないからな」
 そこで、エマの目が細められる。鋭く、何かを睨み付けるように。
「だが、古来より精霊は神秘的な存在とされ、人々の信仰の対象にもなっていた。その存在を、召喚士系〈職業〉のように使役したいと考える者も少なからず居たようだ。だが精霊は素質が無ければ、契約以前にこちらに呼び出す事とすらままならない。その為、人工的に《精霊》を造れないかという方向に話が進んだようだ」
「それで、人工精霊が造られたの……?」
「そうだ。何も無いところから造り出す事はできなかったようだが、精霊の一部から造り出す技術は開発されたらしい。以前、実際に捕らえた精霊から人工精霊を造り出したとされる研究所を、召喚士系〈職業〉の者と精霊が襲撃した事件もあったようだからな」
 その事件についてはあまり知られていないのか、エマは話してはくれなかった。
「ともかく、人工精霊とはその名の通り、人工的に造り出された精霊のことだ。その出自故に自らの存在を保持できない事も多く、他者から〈マナ〉を供給されなければ消滅してしまう。だからこそ、先程のように《精霊使い》に魔道具に封じられて使役される代わりに、彼から〈マナ〉を供給されて存在を保っているのだ」
「もっとも、本人の意思なんか関係無く無理矢理使役してるんでしょうけど。《精霊使い》っていうのはそういう存在よ。召喚士系〈職業〉のように精霊を使役したいけどできない奴らの、想いが歪んだなれの果てね」
 刺々しく言い捨てるアシュレイだったが、ターヤもどちらかといえば肯定的だった。
 持てる能力を〈職業〉で決められるこの世界では、やりたい事があったとしても必ずできる訳ではない。それは精霊と契約できない《精霊使い》然り、攻撃魔術の使えない《治癒術師》のターヤ然り、はたまた魔術の才自体が無かった《大剣士》のアクセル然り。
「だな、できねぇ事にぐだぐだ言っても仕方無ぇっての。だいたい、やりたい事を〈職業〉で制限されてる奴なんて世界中に居るんだぜ? そいつらは受け入れてるってのに、多種族を巻き込んで非道な道を走ってまで足掻くってのも馬鹿だよな」
 それでも、アクセルは事実を受け入れる道を選び、ターヤもまた後ろ髪を惹かれつつも事実を悟って諦めたのだ。
 だが、ターヤは全てを肯定したという訳でもない。生まれた時から定められていた〈職業〉により制限されるというのは、何かがおかしくはないだろうか。心の奥底では話を聞いた時から、意識的か無意識かは関係無くそう感じ続けている。
「だいたい、命を人工的に造り出すっていう行為自体が外道なのよ。人工精霊を造り出すって事は、新たに元素を造り出す事でもあるもの。世界中の〈マナ〉のバランスを崩しかねない危険な行為だわ。それに捕まえた《禁忌研究者》から聞いた話だと、どうして自分を造り出したのかって暴走する例もあったようだし」
 言い終えてから気付いたようにターヤを見て、
「ああ、《禁忌研究者》っていうのはその名の通り、禁忌に触れるような研究者のことよ。こいつらもまた精霊と契約できずに、それでも諦めきれなかった奴のなれの果てね。それと、どうも人工精霊を造り出す以外にも、多種族で人体実験とかもやってるらしいわ」
 ぞわり、と背筋を悪寒が駆け抜けた。
 皆は詳しく話していなかったが、捕らえた精霊の一部から人工精霊を造り出すという事は、その精霊の意思を無視した上、どこかしらを切断したという事ではないのだろうか。どうやら精霊はターヤ達人間とは身体構造が異なるようだが、それでも痛覚はあるのだと思う。
(……そう考えると、一気に怖くなってきたな)
 種族が違うと、人間とはこうもできてしまうものなのだろうか。

 気が付けば重々しくなっていた場の雰囲気に対し、アクセルがわざとらしい声を上げた。
「あー、何か一気に空気が重くなっちまったな」
「あ、ごめん。こんな話を振ったから……」
「良いって良いって! ターヤもまた知識を得たんだしな」
「だが、事実を知ったからといって〔君臨する女神〕に安易に同調はするな。彼らの理念こそ納得はできるが、そのやり方は非情だからな」
「もう〔ウロボロス〕の連中は抑えたって聞いたから、多分戻った時のその場面に出くわすと思うわ。いまのうちに覚悟しておきなさい」
 明るく返したアクセルとは対照的に、エマとアシュレイは真剣な面立ちをしていた。
 アシュレイの言葉の意味が印象に残り、疑問として膨らんでいくターヤだったが、ひとまずは皆と逸れないようにしながら鍾乳洞を出る事に専念した。
 そうして一行は、エマの道案内で出口へと向かって進んでいく。
 最後尾を行くアクセルは、途中でふと何かを気配を感じた気がし、反射的に背中の大剣へと手を伸ばすも、その時には気配は感じられなかった。
(……気のせいか?)
 気にはなったが、とりあえず害が無いのなら後回しにしても問題無いと考え、アクセルはこの事実だけを頭の隅に残しておくに止めた。


 無事にガハイムズフォーリ鍾乳洞を抜け、エンペサル橋へと戻ってきた一行が目にしたのは、橋の鍾乳洞側に佇む〔暴君〕の男達。そして、その中心でヌアークに詰問されている〔ウロボロス連合〕の三人だった。
 ただし、それはただの尋問ではない。魔物ズラトロクに上から抑え込まれた相手の生爪を剥ぎながら行われる、正真正銘の拷問だった。現に、呻くような悲鳴が聞こえてくる。
「っ……!」
 その光景に、ターヤは思わず口元を押さえた。静かに顔から血の気が引き、次第に蒼くなっていく。先程アシュレイが言っていたのは、つまりはこういう事だったのだ。
 アクセルとエマは顔を顰めており、そしてアシュレイは、無表情。
「――あぁぁぁぁぁぁ!!」
 一際大きな叫び声が響いたかと思えば、彼はぴくりとも動かなくなる。
 眼前の光景に、同じくズラトロクに圧しかかられ、その体重により押さえ付けられている残った男性と《精霊使い》の二人が、怯えた様子を見せた。
「……つまらないの」
 言葉通りの表情で言い捨てると、ヌアークは即座に手に取っていた相手の腕を離す。それはまるで、厭きて興味を無くした玩具を無造作に放り捨てる子どものようだった。
 そちらは既に無いものとしてカウントしているらしく、ヌアークは残った二人を見回した。次の拷問相手を選んでいるようだ。
「次は……そうね、あなたが良いわぁ」
 二番手として指名されたのは、男性の方だった。
 彼は一瞬怯むも、気丈な態度を取る。
「ふ、ふん! やれるもんならやってみろ!」
「随分と強情ね。でも、あなたも目の前でゆっくりと爪を剥がしてみても、同じ事が言えるのかしらぁ?」
 年相応とは思えない、歪んだ笑みを楽しそうに浮かべる幼女。
 自身に向けられていないにも関わらず悪寒を覚えさせるそれは、最早、常識を逸しているようにしか見えなかった。
「だから、あいつらは嫌いなのよ」
 呟くや否、アシュレイは《女王陛下》を止めるべく動こうとする。
「!」
 が、既にその行動は予測済みだったらしく、彼女の前に立ちはだかったのはエフレムと、そしてヌアークが操る別の魔物――ワニの姿をした《グランガチ》だった。

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