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四章 精神の距離‐artificial‐(7)

「何よそれ、どういう――」
 瞬間、彼女は前方を向いて構え、レイピアの柄を握る。
 警戒態勢に入ったのだと気付き、ターヤもまた胸のブローチから杖を取り出した。
 まるでそれを待っていたのかのように、タイミング良く前方からモンスター達がぞろぞろと姿を現した。蝙蝠、昆虫、と取り入れた知識によれば、比較的サイズの大きくない種類ばかりである。
 だが、ターヤにはどうしても、蝙蝠と同じくらいのサイズは、昆虫として大きすぎるとしか思えなかった。思わず、足が竦む。
(き、気持ち悪い……!)
「レベルは高くないけど、数が多いわね。しかも、こっちで攻撃できるのはあたしだけだし。……まぁ良いわ、あいつらの相手はあたしがやるから、あんたはなるべく離れて援護しなさい」
 明らかにターヤの様子に気付いての発言に、現在の状況も忘れて感涙するかと思った。
「う、うん!」
「なら良いわ」
 独り言のように付け足すと、アシュレイは眼前の敵集団へと一直線に突っ込んでいく。
 思わずその速さに見惚れかけるも、慌てて意識を戻すと、詠唱を開始する。
「『渦巻く力の本流となりて』――」
 その間にも、既にアシュレイは一匹一匹と確実に敵を潰していく。
「――『彼の者を支え給え』――」
 蝙蝠型モンスター《バット》は両目を潰され、蜘蛛型モンスター《スパイダー》は心臓を貫かれる。どちらも一瞬のうちの出来事だった。
「〈技攻上昇〉!」
 ターヤが詠唱を終えると同時、アシュレイは百足型モンスター《センティピード》を攻撃するが、その時、攻撃力が先程よりも上がっているように感じられた上、数回の突きで倒す予定だったモンスターも一撃で倒せてしまった。
 その理由は、すぐに理解できた。
(なるほど、物理攻撃力を上昇させる支援魔術ね)
 思考を巡らしながらも、次の敵を屠る。
(なら、いつも以上に暴れさせてもらおうじゃないの!)
 普段のように体力を気にしながらの戦法ではなく、攻撃力任せの戦い方ができる為、ほぼ一撃でモンスターを沈めていく。
 そうして、気が付けばものの数十秒で戦闘は終了していた。
「何だ、意外と呆気無かったわね」
 レイピアを鞘に納め、少々つまらなさそうにアシュレイは言う。
 そんな彼女へと、ターヤは走り寄った。
「おつかれさま! やっぱりアシュレイは凄いね!」
「何よ、藪から棒に」
 唐突に笑顔を向けられたアシュレイは不可解な面持ちになるが、主人に尻尾を振っている犬のような状態のターヤはそのような事などお構いなしだ。
「だって、あんなに素早く動けちゃうし、何回も攻撃してる筈なのに一瞬の事だから、凄いなぁって」
「そこは〈職業〉にもよるわよ。あたしは速度重視な近接戦闘系で、あんたは支援重視な後方援護系ってだけ」
「でも、わたしはまだまだだから。頑張らなくちゃ」
 決意の表れなのかガッツポーズを取ったターヤへを見て、アシュレイは口を開く。
「あんたが自分をどう思ってるのかは知らないけど、今回は良い術の選択とタイミングだったわよ。ありがとう、助かったわ」
「……!」
 奇しくも、それは出会った当初のインへニエロラ研究所跡での出来事と、対比になっているような気がした。あの時は強い恐怖から何もできずに立ち尽くすだけだったが、今回は嫌悪感を感じただけで自身の役割には集中できたのだから。

「うん、それなら良かった」
 意識せずとも、少女二人は互いに微笑み合う。
「――ターヤ、アシュレイ!」
 そこに、空気を一変させるかの如く大声と共に現れたのは、一人の青年だった。
「アクセル! 何でここに……」
「煩い奴が来たわね」
 突然の彼の登場にターヤは驚き、アシュレイは貴重な笑みを仕舞ってしまう。
 アクセルは少々気恥ずかしそうに眼を逸らし、頬を人差し指で軽く掻いた。
「いや、アシュレイとターヤは上手くやれてるか心配だったんだけどよ……ま、杞憂だったみてぇだな。つーかアシュレイてめぇ、ターヤにはデレの兆候見せといて、何で俺にはいつまで経っても何も無ぇんだよ」
「彼女はあんたと違って真面目で良い子だから」
「半分冗談のつもりだったのに、まじでデレ始めてたのかよ」
 アシュレイの返答は予想外だったのか、アクセルが目を見開いてまじまじと彼女を見た。
 それを鬱陶しそうに跳ね除けようとしたアシュレイだったが、その肩越しにエマが駆け寄ってくる事を知ると、途端に表情を変えた。彼が到着するや否、一礼する。
「エマ様、御無事で何よりです!」
「ああ、二人とも無事で良かった」
「私が居たんですから、大丈夫ですよ」
「そうだな」
 どこか深いところで通じ合っているような二人のやりとりを、面白くなさそうにアクセルは眺めていた。後頭部で腕を組み、先程とは異なりやる気の感じられない顔である。
「二人とも無事だったんだし、とっと行こーぜ? あのガキも待たせてるっちゃ待たせてるしな」
「そうだな。とりあえず、これまでの互いの状況は歩きながら話そうか」
 解りやすい彼に苦笑すると、エマは皆を促して歩き始める。
 彼の言葉通り、歩きながら女性陣は先にこれまでの経緯について話した。とはいってもターヤは橋で落ちてから鍾乳洞で目覚めるまでの記憶は無い為、殆ど説明したのはアシュレイだったのだが。
「……なるほど、そうだったのか」
「つーか、どうやったらあの急流でそんな事できるんだよ。おまえ、力と体力があるようには思えねぇしなぁ。あとどーしたんだよ、その右袖。引っかけたのか?」
「秘密よ。それより、そっちはどうなのよ」
 やはりターヤの時同様、答えてはくれなかった。
 それに憮然とするアクセルだったが、こうなれば彼女は決して答えないと知っているので、話題を男性陣の方へと移す。
「おまえらが河に落ちた後、あのガキが魔術で〔ウロボロス〕の奴らを人工精霊ごと一網打尽にしたんだ。随分と呆気無かったぜ」
「ああ、私達の出番は無かったな。だが、そのおかげで橋も大破する事は無かったのだ」
「まぁ、少なからずボロボロにはなってるけどな」 
 それまでは黙って話を聞いていたターヤだが、そこでふと思い出す。
「そうだ、人工精霊って何? 橋で気になってたんだけど、戦闘になっちゃったから聞きそびれてて……」
 そこからか、と言いたげな顔をしたアクセルを一睨みしてから、エマは問う。
「まず、《精霊》は解るだろうか?」
「えすぷり?」
 残念ながら聞き覚えの無い言葉である。
「精霊とは種族の一旦を指し、各〈元素〉を司る存在でもある」
「元素って、火とか水とか属性の事だよね?」
 元素には、基本となる火水風土の〈四大元素〉と、闇や光などの特殊元素、そして雷や草などのその他の元素がある。元素は最初から全て決まっており、それによって世界のバランスを保っているので、新たな元素が誕生する事は無いらしい。

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