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四章 精神の距離‐artificial‐(4)

「「!」」
 荷物の中から各々の武器を取り出す事だった。一人は銃を、もう一人は短剣を――そして、最後の一人は両手で抱えるのがやっとな大きさの壺を手にした。
 先の二つは解るとして、最後の壺は明らかに武器には見えず、ターヤは困惑する。
「何あれ……魔道具?」
「ああ、多分あれは……〈精霊壺〉だな。ちょっとばかし厄介だ」
 ふと思い付いた適当な予測だったのだが、それこそ正解だったようだ。しかも厄介な物らしく、アクセルには普段のような余裕めいた笑みは見受けられない。
 余程の手練れである彼がそのような反応をした事で、ターヤは更に緊張してきた。既に手元に出しておいた杖を、ぎゅっと握り締める。
 彼女の様子から心情を察したのか、アクセルが続けた。
「何で厄介かは……まぁ、見てれば解るっての」
 彼がそう言った瞬間だった。
 件の壺の口が発光したかと思いきや、そこから何かが飛び出してきたのだ。
 それは、一匹のハリネズミだった。ただし、そのサイズは人間の成人男性よりも格段に大きく、地に身体を下ろす訳でもなく宙に浮いている。そして、その全身は壺の口から伸びる鋼色の光に包まれており、生物にも幽霊にも思えた。
 その存在を見て、ヌアークもまた僅かに笑みを下げる。
「あれって、生物なの……?」
「一応は、な」
 その初めて認知する存在に戸惑うターヤへと、アクセルは告げた。
「あれは《人工精霊》だ」
「しゃーむ?」
「今は説明できねぇな――来るぞ!」
 ターヤは意味を捉えられずに不思議そうな顔をするが、アクセルの言葉で意識が現状へと戻った。
 現れたハリネズミは、一直線にこちらへと向かってくる。全身の針を、鈍く光らせて。
「わっ……!」
 直感的に当たると痛そうだと感じて身を竦ませたターヤの前方で、まずは三人を護るようにエマが掌を伸ばす。
「『展開』」
 現れた不可視の盾は、突進してきたハリネズミを針ごと押し止めた。
 その隙にアシュレイとアクセルはその脇を抜けようとするも、相手はいかんせん巨体な為、思うように橋までは辿り着けない。
「ったく……厄介ね!」
 その間にも、橋では〔君臨する女神〕のメンバーと〔ウロボロス連合〕の三人による戦闘が始まっていた。敵側はたったの三人――しかも一人は唯一の武器を反対側に向けて使用しているので、実質的には二人――なのだが、戦闘場所が狭い橋であり、その下を流れる河は深く速い事もあってか、多人数の〔暴君〕勢は思うように動けない。
 逆に敵方二人は、短剣を持つ方が率先して敵へと突進していき、もう一人が銃で援護射撃する事で、徐々に相手を後退させていた。
「まぁったく、あいつらったら」
 面倒な人工精霊の相手を一行に任せ、自身はシャモアの魔物《ズラトロク》に腰かけて傍観していたヌアークだが、部下達の様子を見て溜め息を一つ。
「ちょっと、あんたも手伝いなさいよ、《女王陛下》!」
「お断りよ。それより、あたくしはあちらを何とかしなきゃならないもの」
 アシュレイの非難をすっぱり切り捨てると、彼女はどこへともなく声を放る。
「エフレム、出番よ」
「――了解しました」
 瞬間、彼女の影から一つの影が飛び出した。
 驚く一行の目の前で、その人影は難無く人工精霊の脇をすり抜けると、橋へと一直線に向かう。最初の目標は、魔道具により人工精霊を使役している男性。

「あれが、《執事》エフレム・カルディナーレ」
「えぇ、あたくしの一番のお気に入りよ」
 確かめるようなアシュレイの呟きには、ヌアークがまるで自慢の子を紹介する親のように応える。
 かの〔暴君〕を統べる《女王陛下》には、一人の側近が居る。彼女に影のように尽き従い、その命令は例え何であろうと必ず遂行する従順な存在。それが《執事》エフレム・カルディナーレである。
 しかし、その存在は文字通りの『影』であり、能力あるいは魔道具によるものなのかは不明だが、とにかく気配の希薄な存在でもあった。故に、彼女と何度ばかりかの面識があるアシュレイでさえも、彼を目にしたのは今回が初めてだったのだ。
 かくしてなかなかに強固であった筈の防衛線を破られた事で、慌てた男性はすぐさま人工精霊を呼び戻す。
 鋭く向けられた幾つもの針によりエフレムは接近を阻止されるも、障壁が無くなった事で一行もまた橋へ足を踏み入れる事ができた。
 そしてその後ろからは、ヌアークが悠然として歩を進めてくる。
 それにより部下達も威勢を取り戻した為、優勢は〔暴君〕側に傾き始めているように思われた。
 対して〔連合〕側はといえば、未だ人工精霊は居るものの、その攻撃範囲が自分達の立つ橋へと移った為、迂闊に攻撃ができないでいた。もしも的を外して橋を破壊してしまえば、相手だけではなく自分達もまた急流へと呑み込まれる羽目になるからだ。
「くそっ……何やってんだよ《精霊使い》! そいつらをちゃんと足止めしろよ!」
「うるせぇ! 橋が落ちるかもしれねぇだろ!? そう言うそっちこそ、とっととそいつらを突破しろよ!」
「解ってるっての! けど、分が悪すぎんだろ! どーすんだよこれ!」
 この事態に際し、彼らは仲間割れにも発展しそうな口論を起こしていた。
 そんな相手の様子に、ヌアークはうんざりしたようだった。「みっともないのね、あなた達。これなら、あたくしの部下の方がまだましだわ」
 溜め息の後、鞭を一回掌で叩くと、彼女を乗せた魔物が更に前進する。まるで死へのカウントダウンを告げるかのように、ゆっくりと、一歩一歩を見せつけるように三人へと近付いていく。
 瞬間、《精霊使い》と呼ばれた男性もそれを感じ取ったのか、狂ったように叫んだ。
「くっ、来るなぁ!」
 彼女の進行を拒むように、彼が無茶苦茶に魔道具を振れば、それに呼応して人工精霊が針を飛ばしてきた。
「わっ……!」
「見境無ぇな!」
 アクセルの言葉通り、打ち出される針は意識的にはヌアーク一人を狙ってのものなのだろうが、範囲としては《精霊使い》の前方に居る全てが対象だった。
 故にアクセルとアシュレイは飛んでくる針を河へと弾き飛ばし、エマは展開した盾で自身とターヤを護る。ただし盾では全ての針を河に落とす事は叶わず、橋に刺さったり、手すりとなっている縄を掠る物もあった。
 ヌアークもまた、二人同様に針を河に弾くエフレムにより護られていた。
「く、くっそぉ! 来るなっ!」
 攻撃が全く持って対象に届かない事に業を煮やしたのか、更に《精霊使い》は魔道具で人工精霊を暴れさせる。その為、先程まではある程度の規則性を持っていた針が、今度は数を増やして不規則に飛んでくるようになった。
「全くもう、仕方が無いわね」
 呆れたようにヌアークは呟くと、針の対処は引き続きエフレムに任せ、その場で詠唱を開始する。
「『渦巻く旋風』――」
 それに合わせて大気が揺れたように感じ、上級魔術でも使用するのだろうか、とターヤは推測する。初めて目にできるかもしれない上級魔術に、自然と胸が高鳴るのが手に取るように解った――今も尚、針は降り注いできているこの状況下で。
 だからこそ、エマが対処し損ねた針が一本足元に刺さり、脆くなっていた足場を瓦解させた時にも、彼女は即座には気付けなかった。

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シャーム

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