The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
四章 精神の距離‐artificial‐(3)
「そーか?」
あっけらかんとしているアクセルに普段通り頭を抱えつつ、エマは話の軌道を元に戻す。
「とにかく、協力する事になってしまったのだから、そこは善処しよう」
「エマ様が、そう仰るのであれば」
エマの言葉でようやくアシュレイは頷き、ターヤもまたこくりと頷いた。
とにもかくにも〔君臨する女神〕に協力する事になってしまった一行は、現在〈不可視のマント〉を使い、エンペサル方面がよく見える橋の近くの茂みに隠れていた。
それは容姿の知れ渡っているヌアークも同じ事のようで、反対側の茂みに潜んでいる彼女は一行の位置からは確認できた。
遠目からでも姿が認識できる位置で橋に検問を張っているのは、彼女の部下達である。この橋を渡りにきた〔ウロボロス連合〕に属する者が部下達と相対した時、一行とヌアークは橋に向かい、部下達と共に彼らを包囲する手筈となっていた。
時間が経過しても人影は確認できず、アクセルは若干厭きた様子だった。
「……なかなか来ねぇな」
「どの場所を通るかという事までは大よそ把握できても、時間までは予測できないからな。待つとはそういう事だ」
「長時間の待機なんて〔軍〕では基本中の基本よ。それとも何、確かにあんたは軍人じゃないけど、年下のあたしよりも子供っぽくて忍耐が弱い事を認める訳?」
「アシュレイてめぇ」
「これ以上言われたくなかったら黙ってなさい」
言外に諦めて大人しく待機していろと言う二人に、アクセルは「けっ」と小声で悪態を吐くと、面倒臭そうに頬杖を付いたのだった。
「ったく、ターヤはよく待ってられるよな」
一人、無言で橋を見つめる少女に声をかけると、彼女は困ったような笑みを向けてきた。
「だって、こうなっちゃったのもわたしのせいだし、そのわたしが文句言うのは筋違いだし……」
しかし次第に自らの発言につられて表情が降下してきたので、アクセルはその両頬を摘まんで左右に引っ張った。
「そのネガティブは止めろ。こっちまで暗くなってくるっての」
「うー、いはいよー」
「止めるっつったら離してやっても良いぜ?」
徐々に乗ってきたのか、アクセルが意地の悪い笑みを浮かべ始める。
不用意に音を立てる訳にもいかないので、今回はエマもアクセルを止めずに放っていた。彼の視線と感覚は、その時には既に何かを捉えていたからでもあった。
アシュレイもまた、彼と同じ方向を見ていた。目付きは鋭く、利き手はレイピアの柄に伸ばして。
「エマ様」
「ああ、どうやら来たようだ」
その言葉にアクセルはようやくターヤから手を離し、そちらを見る。
ターヤもまた、小さくひりひりと傷む頬を掌で押さえながら、顔ごと目を動かした。
視界の先に見えたのは、商人と思しき数人の集団。皆、何かしら大きな荷物を背負ったり抱えたりしていた。橋に陣取る男達には気付いたらしいが、彼らが〔君臨する女神〕のメンバーだとは気付いていないようで、一団はそのまま橋へと向かってくる。やはり、彼らもできればテーミ火山は通りたくはないようだ。
「あれが、〔ウロボロス連合〕?」
エマとアシュレイの勘を信じられないという事ではないのだが、どうにも彼らが話に聞いていたような人々だとは思えなかったターヤである。
「ああ〔ウロボロス連合〕の奴らは基本的には変装してるからな。何せ、違法とか禁忌とか付けられてる奴らだぜ? そんな堂々と歩いてたら〔軍〕にお縄にされるっての」
「あ、確かに」
「けど、奴らは身体のどこかに『ウロボロス』っつー蛇を刻んでてな、そいつさえ見つけちまえばこっちのものって訳だ」
「そう言えば、エマとアシュレイはあの人達が〔ウロボロス連合〕の人だって解ってるみたいだけど、どうして? やっぱり気配とかが違ったりするの?」
「ああ、彼らからはどうも不穏な気配が感じ取れるのでな。だが、やはり本職であるアシュレイの勘には叶わないだろう」
「いえ、私はエマ様に比べれば大した事は無いです。何となく感じ取れるくらいですから」
即座に肯定されて目が点になったところに投下されたのが、続く爆弾発言である。
「……旅人も軍人も、わたしから見たら超人だよ」
互いに謙遜し合っている二人だが、その内容は一般人ターヤからしてみれば超然たる代物であった。まず気配を読み取るなどという行為からして訳が解らないと言うのに、それができて当たり前のような空気が有るからだ。しかもそれはエマとアシュレイだけでなく、アクセル、そしてヌアークも同じ事なのだろう。
だが、それを聞いたアクセルは眉を顰めたのだった。
「何言ってんだよ。おまえの方が俺には超人に見えるっての。詩とはいえ古代語を喋れる奴なんて、今は数えられる程居るか居ないかってところだしな。あと、機械を扱えるところとか」
「そんなに少ないんだ。でもわたし、古代語を言ってた時の記憶が無いから何か実感が湧かないし……。それに、機械は適当にやってたら上手くいっただけだから、多分偶然だと思うよ?」
不思議そうに首を傾げれば、軽く後頭部を小突かれた。結構痛かった。
「偶然でも扱えねぇ俺には充分羨ましいんだよ」
「二人とも、そろそろ静かにした方が良い」
エマの言葉で我に返り、意識を元に戻せば、一団は既に橋の前まで来ており、部下の男達と何やら言い争っていた。
そろそろかとアシュレイが反対側の茂みに視線を寄越すと、同様の行動を取っていたヌアークに頷きで返された。
「エマ様、合図です」
「解った」
言うや否、一行は茂みから飛び出し、一団の背後に陣取る。
突然現れた四人に彼らは驚き慌てるも、アシュレイの軍服、次いで登場した幼女を見て事態を完全に呑み込んだようだった。
「おい、あれを見ろ! 軍人も居るぞ!」
「しかも〔暴君〕もかよ……!」
「くそっ、罠だったのか!」
途端に警戒態勢へと移行した三人を見て、ヌアークは楽しそうに嗤う。
「あら、随分と気付くのが遅いのね。もうちょっと賢くて察しが良いのかと思ってたけど。それにしても、あなたの軍服、やっぱり良い効果だったでしょう、《暴走豹》」
「軍人の権威を頼りにするなんて、あんたもまだまだ子どもなのね、《女王陛下》」
相変わらず言葉の応酬を続ける二人だったが、外野は彼女達程冷静ではいられないようだった。部下達はアシュレイの発言に我慢しつつも、やはり顔は正直なのか筋が浮いていた。
そして、三人の〔ウロボロス連合〕メンバーはといえば、更なる衝撃を受けている。
「あの小娘が《暴走豹》だと……!?」
「気を付けろ! 《女王》も小せぇが油断ならねぇぞ!」
その言葉に対し、アシュレイが瞬時にレイピアを抜刀、三人へと切っ先を向けた。
「……『小娘』かどうか、その身を持って試してみる?」
そしてヌアークもまた、懐から鞭を取り出し、何度も反対の掌に叩き付けている。
「……『小さい』だなんて、もう二度と言えないようにしてあげるわ」
威圧してくるのが二人とも年下の少女と幼女であるにも関わらず、三人の成人男性は既に逃げ腰になっていた。それ程までに、彼女二人が持つ異名は強い影響力を有しているのだ。
だが、彼らの逃亡を、前方は〔君臨する女神〕のメンバーが、後方は一行とヌアークが許さない。
「くそっ……!」
窮地に陥った彼らの取った行動は、