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四章 精神の距離‐artificial‐(13)

「その可能性は低いだろうが、もしもの事もある。用心してくれ。まぁ、私の知る限りでは最強の《精霊使い》であるおまえならば、問題は無いだろうが」
「うっす」
 真剣な顔付きから一転、自信を持った表情を浮かべたとなったリーダーに、男性もまた大元は変わらないものの、どこか神妙な顔で首を縦に振ったのだった。
 そして、彼らの右横――開けた扉の向こうに鎮座する、緑色の液体で満たされた大水槽の中では、一人の女性が両目を閉ざしたまま、液体の流れに身を任せるままにして僅かに揺れていた。
 その唇が、何事かを紡ぐ。
 けれども、それに気付く者は誰一人として居なかった。


 その頃、隔てられた場所では、玉座に腰を下ろした一人の女性が、緩やかに危機的状況を迎えていた。
「大丈夫ですか?」
 息も乱れて途切れ途切れとなっている蒼白な顔の彼女へと、階段下に立つ赤い光を纏った男性が問う。その表情も声色も心配しているようには到底感じられないものだったが、彼をよく知る者ならば、そこから強い焦燥を読み取る事ができた。
 続いて、その右隣に立つ青い光を纏った女性が彼女の許へと行き、詠唱も無く〈治癒魔術〉を発動させた。
 それにより、少しばかり女性の呼吸が落ち着く。
 彼女は青い女性を見ると、微笑んだ。
「……ありがとう」
「いいえ、側近として当然の事です。それよりも、安静にしていてください。身の回りの世話は勿論、執務などもあたし達が代行しますから」
「そうですよ! ですから、ちゃんと休んでください!」
 その言葉に同意し、戻ってきた青い女性の右隣で両腕を胸の前で何度も振っているのは、黄緑色の光を纏った少女だった。
 少女の更に隣では、茶色の光を纏った少年が、彼女に呆れた目を向けている。
「落ち着けって。というか当たってるんだよ、腕が」
「あ、ごめん!」
 慌てて少女は腕を止めて少年とは反対側へと飛び退るも、今度は女性にぶつかった。
 再び退けようとしたその両肩を、女性は掴んで固定する。
「こーら、危ないでしょ。あの方を心配しているのは、みんな同じなの。だから落ち着きなさい、ね?」
「ご、ごめんなさい」
 最終的に、青い女性に諌められて黄緑の少女は大人しくなった。
 呆れ顔で彼女へと溜め息を一つ吐いてから、少年は真面目な顔になって上方の女性を見上げた。
「女王、彼女もこんなに心配しています。それは僕らも同じだ。ですから――」
「いいえ」
 しかし、側近四人の言葉をありがたく受け取りながらも、主は首を横に振るのだった。
 これには皆が一様に驚く。
「なぜですか!?」
 またも落ち着きを失った少女だったが、今度は誰も彼女を宥めようとはしなかった。他の事までは気が回らなくなる程、その場の全員が全員、主の言葉に驚愕を覚えていたからである。
「そのままだと、女王様は苦しんで最期を迎えることになります! そんなの、わたしは見たくないです……!」
 最終的には目尻に涙を浮かべて訴える少女に、主は困ったように微笑んだ。
「そこまで心配してもらえるのは、女王としても個人としても嬉しいです」
「だったら――」

「ですが、わたしにはやらなければならない事が山ほどあります」
 一転して強い意志を持った表情で見据えられ、少女は思わず言葉を失った。
「ミネラーリのことも、あの子達のことも、今のわたしでは救えるかどうかは解りません。ですが、残り少ない時間ならば、精一杯できることをやりたい」
 静かに胸の前で手を組んだ主を、側近四人は声も無く見上げるだけだ。
「勿論、仕事は皆さんにも手伝ってもらいます。わたしはもう、自由に動き回る事もままならないようなので」
 組んだ手を解いて少々悪戯っぽく笑ったかと思えば、次の瞬間には真剣な顔が側近達を見下ろしていた。
「ですが、わたしに残された時間も、できる事も、決して多くはありません」
 そして、主は側近達へと懇願する。まるで、これが最期の願いだとでも言うかのように。
「ですから、どうか次期王の選出を急いで――」
 その悲痛な声を耳にした瞬間、それまでの様子と言動から主の覚悟を痛感していた四人は、すぐさまその場で跪くと、頭を垂れたのだった。
「「しかと承りました――我らが精霊の女王よ」」

  2010.04.02
  2013.01.26改訂
  2018.02.26加筆修正

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