The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
四章 精神の距離‐artificial‐(12)
「あいつら、こっちは大変だってのに……!」
悪態を吐くアシュレイだが、眼前のハリネズミから意識を外す訳にもいかず、上手く動かせず流血したままの左腕もあってか、その光景を視界の端に置く事しかできない。
それは、それぞれ傷を負っている残り三人も同じ事だった。
彼らに助けが期待できないと知るや、何を思ったか《精霊使い》は人工精霊へと叫ぶ。
「お、俺を助けろ! 《鋼精霊》!」
投げられた言葉に、彼――《鋼精霊》は、ぐるりと向きを変えて《精霊使い》を見た。
その状況に、ヌアークは〔暴君〕勢を制すと、無言で視界に映る様子を見つめる。
『貴様が……俺を、生み出したのか』
今にも襲ってきそうな威圧感を持った《鋼精霊》に、慌てて男性は首を大きく横に振った。
「ち、違う! それは俺じゃない! 《禁忌研究者》だ!」
『だが、貴様の声には……聞き覚えがある』
徐々に近づいてくる《鋼精霊》に怯える《精霊使い》と、構図は最初とは大きく逆転していた。
その光景を、大きな手傷を負った一行はただ見る事しかできない。
「……おっ、おまえに〈マナ〉を供給してやってたのは、こ、この俺なんだぞ!?」
恐怖で思考が上手く回らなくなった《精霊使い》は、とうとう自ら正体を明かしてしまう。彼としては自分の相手に対する権威を示そうとして口を突いた咄嗟の発言だったのだが、それは眼前の人工精霊にとっては逆効果でしかなかった。
途端に《鋼精霊》は、先程とは比べ物にならない憤怒を顕にする。
『……そうか、俺を使役していたのは……やはり、貴様か!』
「ひっ!?」
獲物に狙いを定めたように一直線に向かってくる《鋼精霊》に、今度こそ《精霊使い》は下手に出てまで必死になっていた。
「ま、待ってくれ! は、話せば解る! そっ、そうだろ!?」
『話す事など……無い!』
しかし《鋼精霊》は、ひたすらに喚く彼の言葉になど耳も貸さず、大口を開けたかと思いきや、一口で彼を呑み込んだ。次いで肉を噛み千切り骨を噛み砕く音が一度聞こえたきり、いっさいの音が消える。
それはあまりに一瞬の事で、誰もが反応する事すら叶わなかった。
無論《精霊使い》も、悲鳴を上げる間さえ無いまま存在を失った。
「っ……!」
口元を押さえて、蒼白な表情でターヤは《鋼精霊》を見上げた。無理矢理生み出されて使役されていたのだから、彼が怒るのは当然の事なのだが、それでも初めて人が殺される現場を目にしてしまって何も感じない方が、ターヤには到底無理な話だった。
他三人も、同様に何とも言えない様子になっている。
「自業自得よ」
その中で一際耳に辿り着いた声に、反射的に目が動く。
視線の先では、ヌアークがこれまでからは想像もできないような、一切の温度も籠っていない絶対零度の表情を浮かべていた。
決して大声ではなかったというのにはっきりと聴覚で捉えられた声、そしてどこまでも冷え切ったその顔が、彼女の――〔君臨する女神〕がギルドリーダー《女王陛下》ヌアーク・カソヴィッツの本性を、端的に表しているようだった。
「……そうか、報告ご苦労」
とある場所――窓が一つも無い密閉された空間にて、椅子に腰かけた一人の男性が、机上に置いた通信用の魔道具で部下から連絡を受けていた。
その内容は、今回南方に向かわせたメンバーの先行班が〔君臨する女神〕の襲撃に遭い、交戦した結果、二人の《違法仲介人》は〔暴君〕に捕らえられ、もう一人の《精霊使い》は〈精霊壺〉から脱出した《鋼精霊》に食われ、その後《鋼精霊》はいずこかへと逃亡した、というものだった。
通信を切ると、男性は溜め息を吐く訳でもなく、どこか予想通りとでも言うような表情を浮かべる。
「どうやら、今回の人員を二手に分けたのは正解だったようだな。やはり、あの〔暴君〕と《女王》は一筋縄ではいかないか」
そこで一旦、ふぅ、とひどく疲れたような煮詰まったような溜め息が零される。
「《鋼精霊》を失ったのは痛い失策だが、一つだけ救いだったのは、先行班は皆、大した事情も知らない末端だったという事だけだ。どれだけ拷問されようと、彼らは今回の仕事に関してしか話せないだろうからな」
ふむ、と状況を整理し終えた男性は頷いてから、俯けがちになっていた顔を持ち上げ、陰になっている自分から見た右方向へと視線を向けた。
「となると、次はおまえの出番だな、ギド」
その辺りの陰から、呼びかけられて姿を現したのは、ズボンのポケットに両手を突っ込んだ一人の男性だった。そのズボンを止めるベルトには、一本の筆が挟まっている。
「逃げた《鋼精霊》に対抗するのなら、おまえの使役する《鉄精霊》が効果的だろう」
「そうっすね、リーダー」
どこか淡白且つやる気の感じられない表情で、声色で、態度で、男性は応える。その目は『リーダー』と呼ばれた男を見ているようで見ておらず、彼をすり抜けたどこか遠くに向けられているようだった。
普段通りの反応に、リーダーは大きく溜め息を吐く。
「おまえは……もう少し、やる気を出せないものか」
「俺はやる気満々っすよ、リーダー」
言葉に反して、未だ彼はどこもかしこも通常運転だった。
相手が常にこの状態である事は熟知していたので、リーダーはそこに関しては普段通り無干渉を貫く事に決め、本題に移ることにする。
「ならば、おまえの次の仕事だが――」
「俺は逃げた《鋼精霊》を何とかすれば良いんすよね?」
「いや、それと、もう一つばかり頼みたい」
説明しようとしたところで遮ったどころか、勝手に自己完結している男性に、訂正の意を告げる。
途端に男性は、面倒臭いと言わんばかりの雰囲気を醸し出し始めた。
これにはリーダーも苦笑する。
「そう面倒がるな、これは私達〔ウロボロス連合〕にとっても重要な話だ」
慎重な面持ちで告げれば、男性も本音は一旦仕舞い込んで傾聴の姿勢に入った。全身でやる気の無さを表しているように思える男性だが、幹部級の立ち位置に居るだけあって、実際のところ与えられる仕事には非常に熱心に取り組む。
満足したようにリーダーは頷く。
「宜しい。今回エンペサルの方で仕事を行ったメンバーについてだが、どうやら〔暴君〕の妨害に遭い、先行班の一人は死亡、残り二人は捕らえられたようだ」
「そいつらを救えって言うんすか?」
「いや、彼らは末端だ。話されて困るような事は知らないので放っておいて良い。ただ、逃げ出した《鋼精霊》は発見し、可能な限り生け捕りにして連れ帰ること。それが無理ならば……判断はおまえに任せる」
「うっす」
特に最初から一変しない様子で返事をすると、男性は退室しようとする。
「それから、もう一つ」
が、リーダーに止められて振り返った。
「報告によれば、今回〔暴君〕の中に、明らかにメンバーではない者が数人居たようだ。その内の一人は、どうも軍人らしい」
間髪入れずに男性が表情を曇らせた。
かの二つのギルドは、彼ら〔ウロボロス同盟〕にとっては最も厄介且つ脅威的な存在であるからだ。
「……〔暴君〕と〔軍〕が、手を組んだって事っすか」