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四章 精神の距離‐artificial‐(11)

「『展開』!」
 相手の凄まじい気迫を肌で感じ取ったのか、普段とは異なる焦燥した様子でエマは腕を伸ばし、自分達を護る為の不可視の盾を形成した。
 そこに、ハリネズミが突撃する。
「くっ……!」
 勢いをつけた速度と斜め上からという角度により増力された、あまりに強力な攻撃に、エマの両膝が折られて押し潰されそうになる。
「〈反射鏡〉!」
 圧し負ける彼を助力しようと、ターヤは早口で詠唱を完成させて防御魔術を発動する。初級では押し負けそうだと感じ、上級はまだ習得できていないので、現在の彼女にとっては全力である中級を。
「っ……!」
 しかし、彼女もまた、その予想以上の重みに膝を付く事となった。
 これにより、相手に隙を付くる目的で行われた筈の防御は、その圧倒的パワーによって逆手に取られ、寧ろ自らの身を滅ぼす結果となっていた。
 状況を打開すべく、アクセルとアシュレイは防御圏内を抜け出し、ハリネズミの後方と横から各々の攻撃に転じる。針の付いていない比較的柔らかそうな部分を、共に狙って。
「――うぉっと!?」
「っ!」
 だが、それに気付いたハリネズミが全身を針で覆うかのように高速で回転し始めた為、後退と回避を余儀無くされる。
 逆に、そのおかげでエマとターヤは相手の攻撃から解放された。
「ほんと、厄介な相手ね……!」
 無駄無くレイピアを構えながらも、アシュレイはじりじりと間を取りながら動くだけで、相手に隙を見出せていなかった。
 アクセルも同様に、相手との距離を測りながらも、攻撃に転じられずにいる。
「『強固なる不動の盾となりて』――」
 とりあえずは何かしらの打開策を見付けられるまでの救いになればと考え、ターヤはなるべく早口で詠唱する。
 その間、エマはターヤの前方で詠唱中の彼女を護れるように待機しつつも、アクセルとアシュレイ同様に相手の隙を窺ってもいた。左手で不可視の盾を展開し、右手で槍を握り締める。
「――『彼の者を支え給え』――」
 ハリネズミは位置は変えずに高速回転をしていたが、相手が距離を取っている事に気付いたのか、回転したまま宙を統べるようにして動き出す。
「〈技防上昇〉!」
 回転する事で鋭い針を纏うような形となり、突進してくるハリネズミを前衛組がかわすと、そのまま彼は〔暴君〕勢が居る方へと向かっていく。
 あまりに強力な敵に驚く部下達だったが、主を護ろうとそれぞれの武器を手に前方に進み出て、壁を造った。
「下がっていてちょうだい」
 だが、ヌアークは彼らを一言で下がらせると、ズラトロクに腰かけたまま、早口詠唱を開始する。ターヤなりに精一杯だった早口詠唱とは、比べ物にならない速度である。
 彼女があの歳で《女王陛下》と称され恐れられる理由を、ターヤは今になって初めて思い知った気がした。
「〈電撃〉」
 ヌアークが伸ばした手を軽く振った瞬間、詠唱の完成と共に魔術が発動する。
 彼女を先頭とする〔暴君〕勢から、まっすぐ向かってくるハリネズミへと、一直線に電撃が発射された。それは高速回転に防がれる事無く相手に当たり、逆にその巨体を一行の方へと弾き飛ばすようにして押し返す。

「うぉっ!?」
 慌てて一行は、ハリネズミの落下点と思しき場所からの離脱を図る。
 しかし、意識を失った訳でもないハリネズミは痛みによってか身を捩り、その拍子に何本か針が飛び出した。それは運悪くターヤの居る方向へと降り注ぐ。
「っ――」
「危ない!」
 間一髪、タックルをかますような形にはなってしまったが、駆けつけたアシュレイによりターヤは針の雨の直撃から逃れる事に成功する。
「うぁっ……!」
 ただし、その代わりか、針の内の一本は彼女の腕を掠めはしたが。
「っ……!」
 背中から倒れ込むようにして、ターヤは着地する。掠っただけの筈の右腕から、痛みを感じた。
「立てる?」
 差し出された腕を取って立ち上がったところで、ターヤは驚愕の事実に気付いてしまう。
「アシュレイ、その傷……!」
 言われて初めて、アシュレイは自らの左腕の惨状を自覚したようだった。
 見れば、そこに一本の針が刺さっていた。ハリネズミの巨体から生えていた物故に、針と表現するにはあまりにも太く大きい、それが。傷口からは、血が流れていた。
 そこまで知ってようやく、彼女は痛みを認識した。けれども、事前に掛けられていた支援魔術もあってか、針はそこまで深くは刺さっていないようだ。抜いた瞬間、痛みが僅かに増した気もしたが、軍人である彼女には耐えられる範疇でしかなかった。
「ああ、このくらいなら大丈夫よ。あんたの支援魔術も効いてるみたいだし」
「で、でも……」
「二人とも、余所見をするな!」
 エマの怒号で我に返った二人は、こちらに向けて先程の倍以上の針を降らそうとしているハリネズミに気付いた。
 二人が対応するよりも早く、針は少女達へと降り注ぎ、
「――うぉっりゃぁぁぁぁぁ!」
 それよりも素早く間に割って入ったアクセルが、大剣で針を叩き落としていた。 エマもまた、少女達を護るようにして前方で盾を掲げ、隙あらば槍で弾いてもいる。
 にも関わらず、降ってくる針の数は多く、幾らアクセルやエマ程の手練れであろうとも、とてもではないが捌ききれる数ではなかった。徐々に男性陣は押されていき、遂にはアクセルも大剣を盾にした完全防御体制へと移行する。
 ようやく雨が止んだ時、アクセルとエマもまた、アシュレイ程ではないものの、至る所に掠り傷を幾つも作っていた。
「……こりゃやべぇな」
「確かに、危機的状況だな」
 アクセルが口の端をひくつかせながらそう言えば、エマが神妙な顔つきで同意する。
 相手の人工精霊は、それ程までに、あまりに圧倒的な力を有していたのだ。
「せめて攻撃魔術を使えれば、随分と楽になるとは思うけど……」
 アシュレイの言葉で皆の脳裏に思い浮かぶは、先刻の人工精霊を近寄らせるどころか、あっさりと弾き返してしまったヌアークの姿だった。確かに中級と上級攻撃魔術ならば、かの厄介なハリネズミに攻撃を当てる事ができる。
 だが、現在の一行には攻撃魔術を扱える者は一人たりとも居ない。
 思わず、ターヤは杖を握り締めた。
(わたしが、攻撃魔術を使えれば――)
「――うっわぁぁぁぁぁ!」
 突然の叫びに、思考を中断せざるを得ずに振り向けば、いつの間にかヌアークを筆頭とする〔暴君〕が《精霊使い》に近付いていた。
 ハリネズミもまた、その大声に気を取られたのか、一行からそちらへと顔を向ける。

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