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三十九章 明けない闇‐advance‐(7)

「そう言えば、その、〈世界図書館〉を全部任されて、オーラは、大丈夫だったの?」
 加えて、皮肉にも、彼の存在がその疑問を思い出させてくれた。故に、自らの気を紛らわす意味合いも込めて問いかける。
「はい。皆さんに貰ってきていただいた『秘宝』のおかげで、特に問題は起こりませんでしたので。その節は、本当にありがとうございました」
「ねぇおねーちゃん、ずっと気になってたんだけど、それにはいったいどんな効果があるの? すごい物なんだよね?」
 オーラが答えつつ改めて礼を述べたところ、マンスがずっと奥に仕舞い込んでいた疑問を引っ張り出してくる。それは、ターヤ達も少なからず気になるところではあった。実際それを手にしたアクセルも、その外側を覆う箱しか見ていないのだから。
 訊かれた側のオーラはと言えば、困ったように笑みを崩す。
「そうですね……個人情報ではあるので、秘密にさせていただきたいかと」
「そろそろ、始めた方が良い」
 彼女の提案を後押しするかの如く、すかさずヴァンサンが声を紡いでいた。
「それもそうですね」
 これ幸いと、オーラは踵を返して《世界樹》へと向き直る。
 教えてもらえず、逃げられるかのような形となったマンスは不満げな顔付きとなるも、事情は解っているらしくすぐに引っ込めた。その代わりなのか、片足を地面から少しだけ離して前後にぶらぶらと振る。
 まだまだ子どもっぽさの抜けない彼の仕草に、モナトは思わず苦笑してしまった。
 アシュレイもどことなく不承知な表情を覗かせつつ、無言でオーラを見送っている。彼女の場合は、あくまで単なるポーズなのかもしれないが。
 最初に対面していた位置までオーラが来ると、《世界樹》は言葉を向ける。
『再度確認するが、本当に良いのだな?』
「はい、宜しく御願いいたします」
 大樹にしっかりと頭を下げてみせてから、オーラは一度だけ後方を振り返った。仲間達を見回しながらも、大丈夫だと言わんばかりに一人ずつしっかりと目を合わせていく。ただし、レオンスの時だけは数秒程顔を合わせた上、彼に向って大きく頷いてみせていた。
 そうして挨拶にも似た念押しが終わると同時、大樹の幹の表面にて、人一人が通れるくらいの光が口を開ける。
(あの光が、ユグドラシルの中に繋がってるんだ)
 直感的なターヤの推測を肯定するかの如く、全員と目を合わせたオーラはそちらへと歩いていく。直前まで辿り着いたところで一旦立ち止まり、彼女はもう一度振り向いた。
「では、少しばかり行って参りますね」
 そう言って、今度こそオーラは光の中へと消えていった。


「さて、そろそろ《神器》は《世界樹》に自らの浄化を依頼している頃と考えて良いだろう。私が手の内を明かせば、十中八九彼女は対策を取る事が予想されるのだから。……なぜ、とでも言いたげな顔だな」
「いえ」
「否定せずとも良い。彼女と密接な立ち位置にあった者ならば、気になるところなのだろう。時に、彼女が悪魔憑きであった事については、知り得ていただろうか?」
「……!」
「その反応では、やはり知らなかったようだな。彼女は現在、自らのうちに巣食う悪魔を浄化するべく《世界樹》の協力を仰いでいるところだと言えよう。賢い彼女の事だ、放置しておけば、私には敵わないと踏んでいるだろう。とは言え、あの男の遺産が、そう簡単に屈するとは思えないのだが」
「……《団長》」
「何事か言いたげな様子だな、我が《番人》よ」
「独り言にしては、いささか声が大きすぎたかと思われます」

「想像している通りの理由だ、とだけ答えておこう。何より、この場においては、さほど発言に気を張る必要も無いだろう」
「……仰る通りです」


 オーラが《世界樹》の中へと消えた後、ヴァンサンや他ならぬ大樹の言葉もあって、一行は思い思いの場所で休息を取っていた。どれ程時間がかかるかも判らない、と大樹に易しく釘を刺された事もあってか、丘に残る者は居なかった。
 ――たった一人を除いては。
(何というか、レオンって変なところで頑固だし、弱いような……)
 最後まで頑なに残留する意思を示し、最終的には押しきってみせた青年のことがやはり気になってしまい、ターヤは二時間ほど経過した頃になって、元来た道を引き返していた。時は既に夕刻を回っており、世界樹の街の空は茜色に染まっている。
 街の中心に聳え立つ大樹を支えているかのような規模の丘は、頂上までの距離も長く、ターヤは途中から息を切らせていた。既に一度登っている為、二度目は疲労の蓄積が早かったのだ。相変わらず体力の無い自分に呆れつつも、ようやく一番上まで辿り着けば、そこには大樹の前に立つ青年の背中が見えた。
「随分と、情けない顔をしていたんだろうな、俺は」
 ターヤが足音に気を付けながら近付いていくと、とうに気付いていたらしくレオンスの方から口を開いてくる。言葉通り、情けない声だった。
「マンスールでさえ不安を押さえ込んでいたみたいなのに、俺は全然できていなかったんだな。俺の時だけやけに長がった事と、直前にも彼女が振り向いてきた事が良い例だよ」
 自嘲を含んだ声で卑屈めいた心情を吐露されるが、特段答えを求められているようではなかったので、ターヤは何も言わない。そのまま進んでいき、横に一人分の距離を開けた位置で立ち止まった。
 レオンスは隣を見る事無く、ただ言葉を吐き出し続ける。
「俺は、どうにも彼女の事になると、途端に余裕が無くなるみたいなんだ。本当、駄目な男だよな、俺は」
 それは悲観している訳ではなく、言葉にする事で溜まった重みを解消しようとしているようであった為、ターヤもまた感情を揺らす事は無かった。
「うーん……でも、オーラに対しても余裕を持ってるレオンって、あまり想像できないや」
「はは、それもそうだな」
 自覚はあるらしく、彼は苦笑する。
 少し言い過ぎたかもしれない、と彼女は即反省していたが。
 そうしてそこで会話は途切れ、二人は無言で大樹の幹を見つめる事となる。
 ターヤはターヤで続けて何事かを言おうかとも考えたが、気の利いた言葉は何一つとして思い付かなかった。オーラがレオンスのことをどう思っているのかもよく判らなかった為、適当な事を言ってはいけないとも思っていた。故に、彼女は当初の目的を告げる事にした。
「そうだ、レオン。どれくらい時間がかかるかも判らないってユグドラシルも言ってたし、今は休んでた方が――」
「いや、俺は大丈夫だよ」
 最後まで言わせず主張を押し出してくる青年の様子から、ターヤは幾ら言ったところで無駄だと知る。そうなれば、すぐに引くしかなかった。
「そっか。でも、無理はしないでね」
「ああ、解っているよ」
 相手が答えたのを確認してから、ターヤは踵を返す。
「あ……」
 と、そこで自分から見て左側の方に、紫色の小さな影を見付けた。同時に預けられていた伝言の事を思い出し、そっと足運びに気を遣いながら、そちらへと向かっていく。
 距離が縮まるにつれて、相手の姿もより鮮明に認識できるようになってくる。その姿が予想通り《世界樹》に住む栗鼠の魔物《ラタトスク》であった事を確認して安堵しながら、ターヤは更に近くへと寄っていった。

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