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三十九章 明けない闇‐advance‐(5)

 ターヤもまた同じ事を思い出していた為、弾かれるようにして蒼ざめた彼を見てから、オーラへと視線を戻していた。一足先に真っ白になりかけた頭では最早、自らの鼓動すら感じ取る事はできなかった。
 二人に視線を向けた彼女は、悪行を発見されてしまった悪戯っ子のように眉尻を下げて微笑む。
「はい。私の中には、闇魔が巣食っているんです」
 そしてオーラは、ようやく皆の前で最後の秘密を紐解いた。


「……オリーナめ、いつになったら顔を見せに来るのだ。全く、早く我を安心させんか」
「素直に『心配だ』と言えば良いだろう」
「オリーナの事だ、そんな事にはとうに気付いておるだろう。それでも来ないという事は、他に大切な用事があるという事なのだ。おそらくは、クレッソン関係で」
「なるほど、あの男関連であるならば、心配しても足りないくらいだな」
「そうだろう? だからこそ、オリーナは手紙で無事を伝えたきりなのではないかと思うのだ。全てが終われば、オリーナから会いにくる事くらい解っておる。それでも、我はオリーナが心配なのだ……」
「大丈夫だ、アリィ。あの方は、必ず貴女に会いにくる」
「……そうだな。礼を言うぞ、ベル」


 オーラが隠していた真実を知った瞬間、それを知らなかった面々は絶句する他無かった。それまでの話を吹き飛ばしかねないくらい、強い衝撃だったのだ。ターヤとアクセルもまた、予想できていた事とは言え、驚かざるを得ない。しかも当の本人は、大した事ではないと言わんばかりの顔をしているのだから、益々言葉は出てこなかった。
 とうに知っていたのか、スラヴィやリチャード、ヴァンサンといった世界樹の民は特に動揺した様子は見せなかった。
 対照的な面々を見回しながらオーラは続きを紡ぐ。
「これまで私は闇魔を浄化しようとしてきましたが、悉く上手くいかなかったので、自らの中に封印する方法を取りました。ですが、先日ヘカテーと相対した際、条件が揃ってしまったのか、目覚めさせてしまったようなんです」
 己の感覚は正しかったのだと悟り、ターヤとアクセルは思わず互いを見合う。
 再び申し訳無さそうな表情となったオーラは、僅かに顔を曇らせる。
「ですが、クレッソンさんが〈星水晶〉による結界術式を開発して以来、それを私対策として頻繁に使用されるようになった為、思うように身体が動かせなくなる事が、何度も起こるようになってしまいまして……。ニールソンさんと相対した際には、彼に侵食していたケルベロスと共鳴してしまったようです」
「だから、最近のオーラは何だか様子が変だったんだね」
 この説明により、ようやくターヤ達は〔騎士団〕本部やプレスューズ鉱山、〔ウロボロス連合〕アジトに〔軍〕本部などでのオーラの様子の変化と、ウルズ庭園での『養生』という言葉の意味を理解していた。
 皆に頷いてみせてから、一転、オーラは自嘲めいた笑みへと変わる。
「この内に巣食う闇魔は、十年前にウォリックさんから流し込まれたものなんです。彼は、私をどこまでも堕落させたいようでしたから。流石に〈禁書〉を手にしていたとまでは思いもしませんでしたが」
 呆れたようでいて、その実どことなく悲しそうな声で紡がれた単語に、アクセルは反射的に崖下へと突き落とされたような感覚に陥っていた。それは、大切な幼馴染みを侵食したものであったからだ。
 逆に、ターヤは『ウォリック』という名に反応していた。
「で、よぉ、おまえに憑いてる闇魔の名は、何て言うんだ?」
 アクセルはそれでも努めて平静を装って、質問する。
 彼からそう問いかけられるのを待っていたかのように、すぐさまオーラは返答した。
「《貪欲の空ジズ》――そう言えば、皆さんには理解していただけるかと」

 言われた通り、皆は即座に思い当たるものがあった。何しろ、つい先程耳にしたばかりだったのだから。最近は一日の内容が濃すぎてついついかなり時間が経っているように錯覚しがちだが、実際それ程時が経過してはいないのだ。
 貪欲の空ジズ。それは《教皇》クライド・ファン・フェルゼッティが有していた〈禁書〉に封じられていた、《三界一対》と呼ばれる上級闇魔の内の一体である。
 そして、ここでようやく時が動き出したらしく、レオンスが口を開く。オーラにも闇魔が憑いていた事を知らなかった彼は、彼女を『特別』視している事もあってか、ターヤ達以上の衝撃に襲われていたようだ。
「という事は、クライド・ファン・フェルゼッティが言っていた『適合する闇魔』と言うのは――」
「十中八九、ジズの事かと思われます。彼も私も、実に貪欲な存在ですから」
 オーラが自嘲したところで、マンスは恐る恐る声をかける。
「その……おねーちゃん、だいじょぶなの……?」
 言いながら、少年は更に手に力を込めてしまう。叔父やアシュレイなどの件から、闇魔に憑かれた人々の大変さが身に染みていた彼は、オーラの件をも知り、不安を覚えてしまっていた。その為、そうする事で、先程の輪廻の話から揺れ始めている心を落ち着かせようとしているのである。
 やはりそれに気付いているモナトは、安心させようと同じだけの力を込めていた。
 一方、心配されたオーラは予想外だったらしく一瞬目を瞬かせるも、すぐに大丈夫だとばかりに微笑んでみせる。
「今はまだ、闇魔が表出してくる事はありませんし、闇魔や〈星水晶〉の結界術式に近付きすぎなければ問題はありません。ですが、現状のままでは私は足手纏いにしかなりえない上、このまま放っておけば、いずれ大変な事態を招きかねないかと。ですから、私を廻す事は必要不可欠な処置なのです」
 ようやく、話はアシュレイの問いの回答へと戻ってきた。
「でも、ユグドラシルが渋ってたって事は、そう簡単にはいかないって事なんだよね?」
「確かに、そうならば君は、とうにその処置を取っていただろうしな」
 確信とまではいかないものの近いものを持ってターヤが問えば、レオンスも皆も同意の意を表す。
 彼らへとオーラは頷いてみせた。話が早いと言うかのような顔付きで。
「仰る通り、そもそも『廻す』という行為は死者を対象としたものですから、一応は生者である《神器》には少々危険な賭けと言えます。失敗した場合、これまでの《神器》達も私という存在も、全てが無かった事になってしまいますので」
「「!」」
 これまたさらりと告げられた重大な真実に、一行は驚愕する他無い。
「これは先日御話し忘れてしまった事なのですが、終わりを迎えた《神器》は確かに、廻されて次の《神器》へと創り変えられますが、それまでの記憶や存在を全て失うという訳ではありません。確かにその《神器》としての意識は失いますが、記憶や彼女が存在していたという記録は保管されます」
 そう言われてみれば確かに、《神器》についての話を聞いた時に、『廻す』という言葉が出てきたような気がしてくる一行である。
「ですが、それは魂の記憶であり記録であるが故に、回収が間に合わず、現在の《神器》が死ぬような事が起こってしまった場合、引きずられるようにして消滅してしまうのです」
 何とも責任重大な話だ、とターヤは顔色を蒼くしながらも思った。《神器》は丈夫で自己治癒力も高かったそうだが、それでも不死という訳ではないのだから。
「私一人だけならば許容範囲ではありましたが、御姉様方を巻き込む訳にはいきませんし、何より、皆さんは悲しんでくださるのでしょう?」
 瞬時に悪戯めいた笑みとなったオーラは、仲間達全員を見回す。
 すぐさま当然だと言うように、皆が大きく頷いてみせたり笑みを浮かべてみせたり肩を竦めてみせたりすれば、それを待っていたとばかりに彼女は本心からの柔らかな笑みを浮かべた。
 それを見て目をぱちくりさせたレオンスを、すかさずからかうアクセルをも見ながら、オーラも随分と卑屈な部分が改善されたものだ、とターヤは、まるで我が子の成長を目にした親のような気持ちを覚えてしまう。すぐに自分の方が経験においても知識においても、とにかくさまざまな面において子どもではないかと苦笑したが。

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