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三十九章 明けない闇‐advance‐(4)

 一行には彼女の言わんとしている事は解らなかったが、それがあまり宜しくない内容である事だけは察せた。途端に心配になったターヤ達の前で、《世界樹》は動揺を露わにした声で、オーラへと確認の問いかけを行う。
『それは、本気、なのか?』
「無論です」
 これに対し、きっぱりと迷いなくオーラは答えてみせる。
 けれども皆はともかく、それだけで特に事情を理解している《世界樹》の不安が拭える筈もなかった。無風でありながら、大樹の上方の葉は更に大きく揺れる。
『だが、それは――』
「とうに覚悟の上です」
 隠す事無く渋る様子を見せる《世界樹》だったが、あくまでもオーラ本人は断固とした姿勢で言い切ってみせた。その顔にも瞳にも、決意の色が色濃く表れている。
「私の為にも、貴方の為にも、今ここで、私を廻してはいただけませんか?」
 主張を覆す気は無いと言わんばかりの声だ。
 暫し、少女と大樹は互いの意見を押し通そうとするかのように見つめ合う。そうして最終的に折れたのは、大樹の方だった。
『……解った。では――』
「ちょ、ちょっと待って!」
 眼前で勝手に進行していく話に置いてけぼりにされていたターヤは、直感的に何か嫌な予感を覚えた為、慌てて口を挟んでいた。
 その声により、皆の視線が彼女へと集中する。
 思わず怯みかけて、けれどターヤがそうなる事は無かった。
「『廻す』って、どういう事……?」
 発した声は全て震えてしまう。どうしてか、宜しくない答えが返ってくる気しかしなかった。
 他の面々もまたそこは気になっていたらしく、すぐに四人分の視線が元に戻る。
 一転して再び注目の的となったオーラは、すぐに眼前の大樹から顔を動かす事は無かった。何かを確かめるかのように沈黙の間を開けてから、後方の仲間達を振り返る。そうして、ゆっくりと重たげな口を開いた。
「この世に生きる全ての生命は、《世界樹》さんから供給される〈マナ〉により育まれているという事は、とうに御存知ですよね?」
 返されたのは、ターヤが向けた問いと関連しているのかどうか、即座には判断しにくい問いだった。それに少しばかり面喰いつつも、皆を代表して彼女は頷く。
 それを知っている事を確認してから、オーラは簡潔に続けた。
「では、皆さんは『輪廻』という言葉を御存知ですか?」
「う、うん、それは知ってるけど……」
 ターヤの困惑は他の面々も納得の事であり、同様の事でもあった。オーラは話を逸らそうとしている様子ではなかったが、唐突に話題が変えられたように感じられたからだ。
 輪廻。それは、人は死んでも転生する事で、何度も次の生へと移れるという思想で、古来よりこの世界に存在している。人だけではなく動物や魔物に転生する事もあるとされるが、姿形は変わっても魂は同じと考えられてもおり、〔聖譚教会〕の信者でなくとも、信じている者は居るものだ。これは余談だが、異世界から輸入された思想だという主張もあるそうだ。
 ともかく、一般的にはあくまでも思想の域を出ないと考えられている『輪廻』だが、精霊誕生の真実を知ったターヤ達は、あり得るのではないかと考えていた。とは言え、今ここでこの話を持ち出す意味が解らない。
 皆の困惑にはあえて触れず、オーラは話を徐々に核心へと進めていく。
「では、《世界樹》さんが『輪廻』の導き手でもあられる、という事は?」
「「!」」
 瞬間、察しの良い面々は、相手の言いたい内容を理解できた気がした。まさか、と彼らの顔が語り始める。
 ターヤはまだ辿り着けていなかったが、皆の様子から、やはり良い話ではなさそうだという事は予測できていた。心臓の鼓動が、僅かに速さを増したような錯覚に陥る。

 マンスは、ぎゅっとモナトの手を握っていた左手に力を込める。彼もまたターヤと同じく答えまでは至れていなかったが、つい先程精霊となった身である為か、どうにもじわじわと精神が侵食されるかのような感覚を覚えたのだ。
 彼のそんな心境に気付いていたモナトは、そっと顔を窺いながらも同じように握り返す。
「《世界樹》さんはこの世の生命を司る方ですから、魂を司っていらっしゃると言っても過言ではありません。魂が《世界樹》さんの中へと還り、次の生を受ける為に眠りにつかれる事を、私達は『廻る』と称しています。故に、輪廻という思想は現実のものなのです」
 これまでは遠回しな表現を使用していたオーラは、ここにきてようやく直接的な言葉へと転じていた。
 そして、これにより残りの面々も、彼女が言わんとしていた事が解ってしまう。そうなれば、ターヤの声は更に震えを増した。
「じゃ、じゃあ、それって……!」
「はい、皆さんが思っていらっしゃる通りかと。とは言え、何度でも行えるものではありませんので、これが最初で最後、一度きりの機会ではありますが」
 肯定の意を示したオーラにより、皆の間には更に困惑が広がる。しかも、彼女はまるで何事もないかのように話すのだから尚更だった。
 まるで《神器》のようだ、とターヤは以前[ウルズ庭園]で聞いた話を思い出す。
「ところで、これは余談ですが、その転生先と言うのは、ターヤさんが元々住まわれている世界――つまりは異世界なのです」
 音が、止まった。
「……え?」
 たっぷりと間を開けてから、ようやくターヤは声を出せた。別の事を思い浮かべ始めていただけに、反応が遅れたのもある。あるいは、話の流れが一転されたからというのもある。
 他の面々もまた、駄目押しと言わんばかりの衝撃を喰らったらしく、目を点にする者も居れば、処理が追い付かずに停止している者も居る程だ。
「え、えーっと……?」
 何かしら言葉を返そうと思ったターヤだが、何と言えば良いのか判らなかった。既にまともに機能していなかったところに突然突き付けられた事実により、頭の中はこれでもかという程ごちゃごちゃになっている。
 アシュレイやレオンスですらも平静を失っているのだから、その衝撃は強力すぎると言えよう。
 ただしスラヴィは知っていたのか、驚いた様子も混乱している様子も見受けられない。
 そんな仲間達を見ていたオーラは、くすりと笑みを零しながらも、申し訳無さそうな顔となった。
「唐突にすみません。ですが、この流れで話しておかなければ、機会を逃すような気がしまして。とは言いましても、全員が全員転生できる訳ではありませんし、異世界の住人が全て転生者という訳でもありません。現に、精霊の皆さんは異なりますので。ただ、その可能性が高いと言うだけの話です」
 そこでふと、ターヤは先程までは重かった場の空気が、比較的軽くなっている事に気付く。もしやオーラはこれが狙いだったのだろうかと、相手をじっと見つめてみるが、視線が返される事は無かった。
「で、何であんたは、自分を廻そうと思った訳?」
 だが、それを不要だとばかりにアシュレイは本筋に引き戻そうとする。
 実に彼女らしいと思いつつも、皆もまた気になっていたところなので、自然と真剣な顔付きに戻っていた。
 オーラは困ったような笑みを浮かべてみせてから、本題へと戻る。
「ここ最近、私がよく体調を崩していた事は御存じかと思われます」
「でも、それとこれと、いったい何の関係があるの?」
 またもや話題が別の方向に逸らされているような気がして、訝しげな顔となったマンスとは対照的に、アクセルは直感的に思い付く事があった。以前、プレスューズ鉱山にて、彼女から闇魔の気配を感じたような気がした事を思い出したのだ。あの時は立て込んでいる最中だった事もあって、そこまで深くは考えられなかったが、余裕のある今ならば頭は回る。
「……おまえ、まさか」

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