The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十九章 明けない闇‐advance‐(3)
一方、大事に至る訳ではないと知って安心したアクセルは、試しに掌を下方に向けて、出てこい、などと念じてみる。
すると瞬く間に再び魔法陣が発現し、そこから大剣が姿を現してきた。
「おぉ、すっげぇな、これ!」
『だろ?』
途端に、子どもように頬を上気させて盛り上がるアクセルとシグルズを、アシュレイは冷めた目で、二コラは微笑ましげに眺める。
周囲の視線に気付かないアクセルは大剣を握ってから、誰も居ない方向へと向けて振ってみたり手の中に戻してみたりと、一通りの動きを試してみた。
それら一連の確認が終わった後、柄を握り締めたまま、アクセルはじっと〈大剣グラム〉を見つめる。そして思ったままを口にした。
「しっかし、何か気持ちわりぃくらい手に馴染むよな、この剣」
『変な言い方だよなぁ、それ』
『ですが、シグ様も、最初はそのような事を仰っていませんでしたか?』
率直な感想に苦笑したシグルズには、二コラが不思議そうな顔で指摘を入れた。
図星だったらしくシグルズはあらぬ方向へと視線をやってから、一つ大きく咳払いをする。
『とにかく、その大剣はおまえにやるよ。好きに使ってくれて良いんだぜ』
誤魔化している事がよく解る言動ではあったが、誰もそこには触れてやらない事にした。
「おう、ありがとな。じゃあ、これは頂いてくぜ」
大剣を魔法陣の中へと仕舞いながら、アクセルはその手を軽くひらひらと振ってみせる。
こうして目的を果たした一行はシグルズと二コラに声をかけてから、踵を返して次々とその場を後にしていく。
『頑張れよ、アクセル』
その途中で声をかけられたので、アクセルは首だけを振り返らせ、シグルズと目を合わせる。そして、気合いの入った声で応えてやった。
「おう、任せとけよ!」
『それにしても、シグ様にそっくりな方でしたね』
『そうかぁ? 俺の方が男前だと思うんだけどな』
『はい、それもそうですね』
『おっ、ニコもなかなか言うようになったよな。前はいちいち恥ずかしがってた癖によぉ』
『私だって、いつまでも同じままじゃないですから。それに、女の人の方が、精神的な成長は早いんですよ?』
『それ、メローラの奴の受け売りだろ? ったく、あいつの影響で、どんどん良い女になりやがってよぉ!』
『きゃっ! ……シグ様、そうやって困ったり誤魔化したりする時に、髪をぐしゃぐしゃにするのは止めてください』
『っと、わりぃわりぃ。しっかし、頬を膨らませたニコも可愛いよな』
『……もう』
『そういや、身体の方は大丈夫か? 随分と白熱しちまったからな、ずっと俺を有体化させ続けるのは大変だっただろ?』
『はい、シグ様が頭を撫でてくださいましたし、無理はしすぎないように気を付けてましたから、もう大丈夫です。それにしても、随分と楽しそうでしたね』
『あぁ、あそこまで俺にそっくりな奴が居るとは思わなかったよ。それに、剣の腕も互角だったしな。殺し合いは好きじゃねぇけど、やっぱり戦い自体は好きなんだよなぁ』
『シグ様らしいですね』
『ま、俺らはとっくに死んでるからな、後は来たるべき時までゆっくりしてようぜ。もう親父の剣を護る必要も無くなったしな』
『はい。……そう言えば、アクセル様に、御先祖様について御話しするのを忘れてましたね』
『あいつも何も言ってこなかったし、別に良いんじゃねぇのか? ま、訊きたくなったら、またここに来るだろうよ』
『それもそうですね』
かくして問題無く目的を達成できた一行は、ようやく世界樹の街へと移動していた。やはり移動する時間が惜しかったらしく、移動手段はオーラの空間魔術だった。
最初に彼らを出迎えたのは、やはりリチャードである。
「おや、これはケテルに皆さん。いったいどうされたのですか?」
にこやかな笑みを浮かべながらも、彼からは歓迎する雰囲気など感じられなかった。
スラヴィからリチャードに注意するよう言われていた上、自らも不信感を覚えていたターヤには、何だか彼の一挙一動が嘘っぱちに思えてきて仕方が無い。まだそうと決まった訳ではないのだから、先入観に頼りすぎるのは良くないと考えもしたのだが、自らの感覚はともかくとして、スラヴィの言葉を疑おうとは思えなかったのだ。
皆もスラヴィの一件で垣間見えた彼の人柄などから、表には出さずとも警戒心を感じずにはいられなかった。
それまでは慣れない身体や感覚などと必死に戦いながらも、物珍しそうに周囲を眺めていたモナトもまた、一行の雰囲気に呑まれ、思わずマンスの後ろに隠れるような体勢となる。そこからそっと、渦中の人たるリチャードの様子を窺った。
そんなターヤ達に気付いているのかいないのか、表情を動かさない彼へと、オーラは普段通りながらも若干強さを孕んだ声で用件を告げる。
「いえ。今回は私から《世界樹》さんに用がありまして、参りました次第です」
「おや、《神器》ともあろう者が、いったい何用ですか?」
リチャードの言葉には、誰にも即座に感じ取れるくらい、あからさまな皮肉と嘲りが含まれている。
誰よりも真っ先に冷気を纏ったレオンスは即座に口を挟もうとしたが、それを予測していたオーラ本人が腕により制止していた。彼が納得のいかない目を彼女へと向けた時、街の方から人影が一つ近付いてくるのが見えた。
「来てたんだ」
近くまで来てから、その人物――ヴァンサンは一行へと声をかける。
妹同様どことなくマイペースな彼の空気に呑まれるように慌ててお辞儀を返したところで、ターヤはエディットが亡くなったという事実を思い出してしまった。下げた頭が上げられなくなり、自分達が手を下す事になった訳でもないというのに心臓の鼓動が増す。
様子のおかしい彼女に皆は怪訝な反応を取りかけ、しかし、その理由に気付いてしまった。
「大丈夫」
だが、ターヤを宥めるような声は思わぬところからやってきた。
彼女も皆も、思わずそちらへと視線を向けるしかない。
「妹の事は、知ってるから」
他ならぬヴァンサンが、あくまで平静を装った声で、それ以上は何も言うなと言外に告げていたのだ。その目元は、相変わらず長い前髪に隠されて窺う事もできない。
この場においては誰よりも辛いのであろう彼に何も言えず、結局ターヤは、緩慢な動作で折り曲げていた腰を元に戻す事しかできなかった。その代わりとでもするかのように、何が何でもクレッソンを止めなければならないという思いが強まっていく。
「用があるなら、こっち」
この話題はここまでだとばかりにヴァンサンは踵を返し、率先するように大樹の立つ丘へと向っていく。
彼の意思を尊重した一行は、無言でその後についていく。
そこでふと、ターヤは動こうともしないリチャードが気になった。思わず振り返ってそちらを見れば、お先にどうぞと言わんばかりの視線が返される。それを見たターヤは、そっと後退するかのように首を元に戻して皆を追いかける。彼が浮かべていたのは笑顔の筈なのに、どうしてか背筋を寒さが駆け抜けたように感じられた。
全員が《世界樹》の許に集えば、大樹は自ら口を開いた。
『吾に何用だ?』
「私を、廻していただきたいのです」
間髪入れずオーラが答えた瞬間、大樹の葉が大きくざわめく。