top of page

三十九章 明けない闇‐advance‐(2)

「上等だ、後悔すんなよ!」
 言うや否やアクセルは抜刀し、青年目がけて振り下ろす。
 青年は受けて立つとばかりに下から切り上げたので、二つの大剣はぶつかり合って火花と金属音を散らした。
「「他の奴らは手出しすんなよ!」」
 二人は同時にターヤ達へと釘を打ってから、その事に気付き、互いに楽しげな笑みを向け合う。それから、互いに大剣を思いきり振ってぶつけ合った。再び甲高い音と、何かが軽く爆ぜたかのような音が鳴り響く。
「へぇ、やるな、おまえ!」
「おまえこそな!」
 思わぬところで好敵手を見付けたと言わんばかりに瞳を輝かせながら、続いて二人はすばやく互いに剣をぶつけ合う。大剣などという重い武器を扱っている事を考慮すれば、その速度は実に驚異的であった。
 眼前で繰り広げられる光景を目にして、改めてターヤは、アクセルの実力を思い知らされたような気がした。
「へえ、あの青年もかなりの使い手のようだな」
「す、凄いです……」
 レオンスもまた口笛を吹いて賞賛しており、モナトやマンスは元から丸い目を更に大きくしている。
「それにしても、トリフォノフとそっくりだね」
 そしてスラヴィの言う通り、アクセルと青年は、まるで合わせ鏡のように戦闘スタイルまでもが瓜二つであった。片方が大剣を振るえばもう片方が大剣で防ぎ、また同じように攻撃し返しては阻み返される。
 少女は、祈りの姿勢を取ったまま微動だにもしていない。
 まるでもう一人の自分と戦っているかのように、アクセルと青年は、互いに一歩も退かぬ互角の勝負を繰り広げていた。最早二人は互いを倒す事ではなく、どこまで斬り結べるかという方向にシフトしたようでもあった。
 しかし、その斬り合いに勝負がつく様子も無く、やがて息を切らした二人は、自然と引き分けを選択していた。座り込む事こそしかなかったものの、二人は武器を支えにしてから大きく息を吐き出す。
「ふぅ、意外とつえぇな、おまえ」
「おまえもな」
 青年とアクセルが互いへの賞賛を口にしたところで、青年の身体から色が一瞬で失せた。元の幽霊のような姿へと戻った為、再びアシュレイの両肩が跳ね上がる。
 思わず皆が視線を動かせば、少女が肩で息を切らしていた。こちらの疲労の方が大きいようだ。
『す、すみません、シグ様』
『いや、ありがとな、ニコ』
 申し訳無さそうに謝った少女の傍まで行って、青年はその頭を愛おしげに撫でる。
 少女は疲労の色を覗かせつつも、嬉しそうに頬を染めた。
 何とも判りやすい二人を見て、彼と彼女は互いが『特別』なのだと知ったターヤは微笑ましくなる。
 しばらく少女を撫でてから、青年は一行へと向き直ってきた。
『言い忘れてたけどよ、俺はシグルズ・ジークフリート・フェーレンシルトっつーんだ。おまえらが言うところの、初代《龍殺しの英雄》ってところだな』
『あ、私は、二コラコプールールー・ブリュンヒルデ・ルンガルディエールと申します。長いので、ニコラで大丈夫です』
 大分回復したらしき少女もまた、遅れてぺこりと頭を下げる。
 ようやく明かされた青年の正体に、ターヤ達は目を瞬かせた。
 初代《龍殺しの英雄》。それは、かつて龍が世界を支配していた際、たった一人で龍に立ち向かったとされる人物だ。聖獣界アースガルズで出逢った龍のジーンも彼のことを知っていたので、実在する事は解っていたが、まさか出逢う事になるとは、誰も思っていなかったのである。

「って事は、ジーンと知り合いなの?」
 ターヤが何気なく問うてみれば、途端にシグルズの表情が変わる。懐かしむようでいて、どこか苦々しげな顔付きでもあった。
『懐かしい名前を聞いたもんだな』
『そうですね』
 逆に、二コラは穏やかな様子で追憶している。
 ジーンは、シグルズと一人の女を巡って争ったなどという話をしていたので、もしかすると二コラがその彼女なのだろうか、とターヤは思った。それにしては、彼はまだ若干引きずっているようで、彼女はとっくに吹っ切れてしまったようだが。
「ところで、おにーちゃんは、赤のひいひいひい……おじーちゃんなの?」
 マンスは抱えていた疑問をシグルズへとぶつけるが、どこまで遡れば良いのか判らず、結局は途中で諦めてしまう。
 けれども、この問いに答えたのは本人ではなくオーラであった。
「あら、シグルズさんはアクセルさんの祖先ではありませんし、そもそも血が繋がってすらいませんよ?」
 えっ、と声を上げたのはマンスだけではなかった。
 寧ろ、シグルズと二コラも目を丸くしている程だ。どうしてそのような話に、などと言いたげな様子である。
 すっかりとそちらの方向に傾いていたターヤ達もまた、事実を知って驚いていた。
「そもそも私は一言も、彼が貴方の祖先であるとは申しておりませんが?」
「おまえなぁ」
 悪戯っ子のように目を細めてみせるオーラに、アクセルは溜め息を零す。
『おっ、そうそう、これを渡さねぇといけなかったんだよな』
 そこで大事な要件を思い出したらしく、シグルズはアクセルへと向き直ってきた。そして、手にしていた大剣を差し出してくる。
『おまえなら扱えそうだしな、くれてやるよ。こいつを貰いに来たんだろ?』
 差し出されたそれを――〈大剣グラム〉を、アクセルはまじまじと見つめてしまう。少し迷ったようにシグルズに視線を戻せば、自信に満ち溢れた笑みが返ってきた。これにより不安を一掃されたアクセルは、迷う事無く大剣の柄を掴む。
「「!」」
 その瞬間、それを待っていたかのように、大剣が彼の掌へと吸い込まれていった。
 突然の事態にはターヤ達も慌てる他無い。
「えっちょっ……何だよこれ!?」
 混乱して助けを求めるように四方八方を見回すアクセルとは反対に、シグルズと二コラ、オーラは全く動じていない。寧ろ最初から、そうなる事を知っていたかのようだ。
 この間にも、〈大剣グラム〉は完全にアクセルの体内へと消えていった。
『あぁ、それな、えーっと……何だったっけなぁ?』
「時属性の魔術を応用する事で、別空間に保管している物質を、所定の場所に刻んだ魔法陣からのみ取り出せるという技術です」
 説明しようとして結局頭を抱え出したシグルズに代わり、解説はオーラが請け負った。
 それを聞いたシグルズは途端に表情を明るくし、拳を掌に打ち付ける。
『おぉ、それそれ。メローラの奴が使ってた奴なんだけどよ、俺にはよく解らねぇんだよな。まぁとにかく、俺がルニルの奴に預けた剣を、レギンの奴が何やかんやで改造して、メローラの奴がその魔法陣を刻んだみてぇなんだよな。あいつらの子孫で必要になる奴が出てきた時に、使わせてやる為にな。あ、ちなみに仕舞えるようにしたのは、普通に持ち歩くのがめんどいかららしいぜ?』
 初めて聞く名がぽんぽん出てくるも、そこに気を取られていると混乱しそうなので、何だか申し訳無い気もするがターヤは聞き流す事にした。そして、収納用の魔法陣が施されている理由には同感を覚える。確かに大剣は、一つ持ち歩くだけでも嵩張るからだ。

ページ下部
bottom of page