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三十九章 明けない闇‐advance‐(1)

 隠れ里ユーバリーファルングにて無事に目的を果たした一行は、マンスと召喚士一族の皆の話が終わるのを待ってから、オーラの空間魔術によって、今度はヴァルハラ樹海へと足を踏み入れていた。
 目的はただ一つ、アクセルが調停者一族の族長の証として受け継ぐ事になった〈大剣グラム〉の回収である。使い手を選ぶらしきそれは、未だ所有者を見出さぬまま、ヴァルハラ樹海で眠り続けているそうだった。
「しっかし、何で俺の先祖は、その剣をこんな所に隠したんだろうな」
 相変わらず現実味の無い空間を進みながら、アクセルはかねてからの疑問を口にする。
 無論、このような問いかけに応えてくれるのは、基本的にオーラを除いて他には居ない。
「それは、その剣の元々の持ち主が、現在もこの場所にいらっしゃるからですよ」
 瞬間、アシュレイの肩がびくりと飛び跳ねた。とうに彼女の苦手なものを知り得ているターヤ達は、彼女もまた同じものを連想していたのだと知る。
「えっと、それってつまり、死者の魂か、エ……エイン……何とか、って事?」
 彼女には悪いが気になってしまった為、ターヤは思い付く限りの選択肢を上げてみる。以前、ここに集められているという人々についても話された気がしたのだが、そちらは一度しか聞かなかったので名前が思い出せなかった。
 予想は見事的中したようで、オーラは首肯してみせる。
「ええ、その方は《死せる戦士達》の御一人です」
 死せる戦士達。それは来たるべき時の為に、《世界樹》によって集められた死者達の魂を指し示す。そして、その『来たるべき時』とは、無論《魔王》が復活してしまった時の事である。
 再度の説明でターヤはようやく思い出すと同時、最初に自分が抱いていた予想が当たっていた事をも知った。
(やっぱり、ユグドラシルは《魔王》をかなり警戒してるんだ)
 まだ四神自体とは相対した事の無かったターヤだが、神ともなれば、その力は類を見ない程に圧倒的なのだろう。
「つー事は、そいつの一人が俺の先祖なのか?」
「それは御本人と御逢いしてみれば、理解していただけるかと」
 続くアクセルの問いに、けれどオーラは、どことなく悪戯っぽい笑みを向けてみせるだけだった。
 何だそりゃとアクセルは呟き、ターヤはそこで遠慮がちに口を開いた。
「ところでオーラ、アルテミシアとベルナルダンに、会いに行かなくても良いの?」
 ぴたりとオーラの足が止まる。
 皆もまたつられるようにして歩みを止めば、其処はちょうど、今回の目的地とウルズ庭園のどちらに行くかを選択する分岐路であった。
 確かに、オーラはウルズ庭園でオッフェンバックに連れていかれてから、一度もこちらには来ていないのだ。彼女の事なので無事を伝えてはいるのだろうが、会いに行った方が二人も本当の意味で安堵できる事だろう。
 だが、オーラはあまり乗り気な様子ではない。
「いえ、今はまだ、止めておきます。寄り道になってしまうのでしょうから」
 何とも歯切れの悪い声であった。まるで何かに追われ、焦っているかのようでもある。
「オーラ、本当に良いのかい?」
 確かめるようにレオンスが問いかけても、やはり彼女の表情は変わらなかった。
「はい。行きましょう」
 しっかりと頷いてみせたオーラには誰も何も言えず、自然と無言になった一行は、再び目的地へと向けて歩き出す。
(オーラ、どうしたんだろう。もしかして、最近調子が悪い事と関係があるのかな? 世界樹の街にも行きたがってたし)
 ターヤが思考を廻している間にも、一行は目的地へと到着する。
 そこは、ウルズ庭園に向かう道からは外れた場所に位置する、少しだけ開けた小さな空間であった。その最奥には随分と古ぼけてしまった墓標があり、その前には一振りの大剣が突き刺さっている。まるで、そこに眠る誰かへと捧げるかのように。
「もしかして、あれが〈大剣グラム〉か?」

「はい。どうぞ、手に取ってみてくださいな」
 オーラが肯定して促してきた為、何も考えずにアクセルは墓標の前へと向かう。そこに書かれている文字はすっかり解読できなくなっていたが、おそらくは先祖の墓だろうと彼は考え、大剣へと手を伸ばす。
「ただし、貴方に取れるものでしたら」
 は? と挑発するように続けられた声でアクセルの手が停止し、反射的に振り向いた時の事だった。
「「!」」
 突如として、その大剣が輝き出したのだ。
 その眩さに思わずターヤ達は腕で目元を隠し、すぐ傍に居たアクセルもまた、同じように両目を護ろうとする。
『――なるほどな、ようやく使えそうな奴が現れたって訳かよ』
「! 誰だ!」
 突如として聞こえてきた男性の声へと、反射的にアクセルは叫び返す。
 ターヤ達もまた、初めて耳にする声によって、一気に警戒心を引き上げられていた。
 そしてアシュレイは、その声が生身の生命のものには思えない事と、相手の気配が全く感じられない事に違和感を覚え、次いで浮かんだ予想で自らの背筋に悪寒を走らせる。
「もしかして、これが《死せる戦士達》さまの声なんですか?」
「じゃあ、この声のおにーちゃんが、おねーちゃんの言ってた剣の持ち主?」
 精霊であるモナトとマンスは何かしら感じられているのか、首を四方八方へと動かし、その姿を探そうとしている。
「はい、この声の方が〈大剣グラム〉の所有者です」
「あ」
 そしてオーラが答えている隙に、真っ先に声の主らしき姿を見付けたのはターヤだった。彼女の視線の先――墓標の上には、いつの間にか一人の青年が立っていたのだ。ただしその姿は透明なので、向こう側が透けて見えている。
 彼の姿を目にして、ターヤ達は思わず驚きを露わにしてしまう。
「アク、セル?」
 訝しげな表情でアシュレイが零した声こそが、全てだった。
 顔立ちや髪と目の色こそ異なるものの、その青年が纏う雰囲気や体型は、アクセルと実に酷似しているのだ。
 青年は答えず、大剣の前へと飛び降りる。ついつい後方へと退避したアクセルを真正面から見つめ、そして彼は視線を逸らさぬまま口を開いた。
『ニコ』
『はい、シグ様』
 途端に、青年の傍に一人の少女が姿を現す。小柄で華奢な彼女は、しっかりとした声で答えたかと思えば、その場で胸の前で両手を組み顔を俯かせる。まるで祈りを捧げるかのような姿勢であった。
 その瞬間、今度は青年が光に包まれた。
「――構えろよ」
 事態についていけずに立ち尽くしてしまう一行の目の前で、青年の声に、身体に色が宿っていく。そうして見る見るうちに、彼の身体は生者と何ら謙遜の無い姿になっていた。
 この一連の流れには、スラヴィでさえも目を丸くしていた。
「この剣が欲しけりゃ、俺を倒してみろってんだ」
 こうして魂だけの存在とは思えなくなった青年は不敵な笑みを浮かべ、足元の大剣を引き抜く。そうして、肩口で何度か軽く叩いてみせた。口調も動作も、青年はその殆どがアクセルとよく似ていた。
 どうやら〈大剣グラム〉自体が使い手を選ぶという事ではなく、所有者たるこの青年に認めてもらわなければならないという事らしい。つまり今までの族長達は、この青年には敵わなかったという事だ。
 煽るような声に、アクセルもまた好戦的な表情となる。同時に、父親ですら敵わなかったらしき相手に対する闘争心に、燃えてもいた。

エインヘリャル

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