top of page

三十九章 明けない闇‐advance‐(18)

「こいつらを追い払って、《火精霊》」
『承知した』
 すっかりと威厳を感じさせるくらい冷静ではっきりとした声を受けて、《火精霊》は〈結界〉周囲を中心とした炎の輪で白熊の群れを追い払う。すぐさま意図的に消火されるが、その後に残ったのは元々の地面を表出させるくらいの焦げ跡だった。
 マンスの声を合図に戦線を離脱していたアクセル達は、その圧倒的な火力と少年へと称賛の表情を向ける。
 これによりポーラーベアの大半は恐れをなして逃げ出したが、それでも久々の食糧にあり付こうという執念から留まる白熊も幾許かは存在した。
 しかし、彼らは距離を取る以前にマフデトにより急所を切り裂かれていたのだった。
 気付けば、数十体は居た筈のポーラーベアは今や一体たりとも動いてはいなかった。その殆どは逃げ帰り、その場に伏している数体もまた息の根を止められている。
 眼前に散らばる屍達をモナトはじっと見つめていた。まるで自らの記憶回路どころか網膜にも焼き付けようとするかのように。
 彼女の様子に気付いたマンスは、そっと窺うように声をかけた。
「モナト、だいじょぶ?」
「はい。ついていきたいと言ったのは、モナトですから」
 彼の問いかけに振り向いた彼女は、落ち着いた様子で答える。
 当初、戦闘能力が無いに等しい上、ただでさえ危ない足取りの彼女は身を護る為にも精霊界に行くか、世界樹の街に残るべきなのではないかと皆が考えていた。だが、それを断ったのは他ならぬ彼女であった。足手纏いにならないように頑張るからマンスの傍に居させてほしいと言う彼女の決意を、一行は受け入れたのである。
『では失礼する』
「うん。ありがと、サラマンダー」
 もう敵は居ないと見た《火精霊》はマンスとモナトに一礼してから姿を消す。まるで彼女の意志を確認しにきたようでもあった。
 皆もまた問題が無い事を知れば歩みを再開する。
 その道中、レオンスは感嘆したような声を甥へとかけていた。
「それにしても、四精霊を無詠唱で喚び出すとは……あれが《精霊王》の力なのか。これなら向かうところ敵無しだな」
 どこか誇らしげな叔父の声に、マンスの鼻は高くなっていく。
「えへへ、ぼくだっていつまでも守られてばかりじゃないんだよ!」
「そうやって慢心してると、いつか簡単に足元を掬われちまうぜ?」
 腰に両手を当てそうな様子の少年には、意地悪気にアクセルが私的を入れる。
 途端に彼は気分を急降下させて眉尻を吊り上げ、頬を膨らませた。
「赤にだけは言われたくないよ!」
「何だと!?」
 そこで余裕のある態度でもってかわせば良いものの、案の定青年は言い返されてむきになってしまう。
 かくしてアクセルと子ども染みた口論を始めたマンスから先程の威厳は最早感じられず、残りの面々は呆れたり苦笑したりするしかない。成長した面もあるとは言え、やはり彼の中にはまだ『子ども』の部分が残っていたのだ。
 そうして時おりモンスターと遭遇しながらも、オーラの魔術のおかげで寒さという大きなハンデに足を取られる事も無く一行は進んでいった。
「気を付けて。前方に何かあるわ」
 そのような中、唐突に向けられたアシュレイの言葉で皆は即座に警戒を強めた。足が止まる事は無かったが、自然と口数も激減する。
 ターヤは無意識のうちに両肩に力を入れながら慎重に進んでいく。
 けれども、見えてきたものの正体におおよその見当を付けた瞬間、彼女は一転して間の抜けた顔と化していた。

「……あれって、村?」
 一行の視界の先に見えていたのは、小さな村らしき場所だったのだ。しかも、どうにも廃村という雰囲気ではなく、全体を薄い膜が覆っているようにも見える。
 アシュレイもまた訝しげにそちらを見つめていた。
「どこからどう見ても村ね」
「とりあえず、あそこに行ってみようよ!」
 そこに何かを感じ取ったマンスは思わず声を上げていた。
 少年の提案に反論する者は居らず、一行はその村らしき場所を目指して進んでいく。そうして辿り着いたそこを視認できた時、特定の面子を覗く誰もが驚きに襲われる他無かった。
「本当に村だった……」
 目を丸くしながら呟くターヤの目は、来訪者に気付いた何人かの村民がこちらに向かってくる様子を捉えていた。


 どこかで、誰かが、恍惚とした声で呟く。
「あぁ、これでようやく、貴女に会える――もう暫し、待っていてください、私のルーデ」

  2014.08.25
  2014.10.19改訂

​  2018.03.19加筆修正

ページ下部
bottom of page