The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十九章 明けない闇‐advance‐(17)
「さっみぃ……おいターヤ、何とかしろよ!」
それでも寒いものは寒い訳で、アクセルは八つ当たり気味に支援魔術の使えるターヤへと声をかける。
「む、むりっ! 寒いっ!」
だがしかし、一行の中で最も寒がっている上、ニルヴァーナを喚んだ事で一人疲労を溜めている彼女には、無茶振り以外の何物でもなかった。故に白い息を吐き出しながら、どうしても途切れがちになってしまう言葉を、何とか震える唇より押し出す。
だが、すっかり寒さに嫌気が差していたアクセルは、ついつい逆切れしてしまう。
「ついさっき任せろつったのは、どこのどいつだよ!」
「それはっ、クレッソンの、事だよっ!」
理不尽な相手に反論しつつ、彼女は以前よりも疲労の度合いが低い事にも気付いていた。ルツィーナが力を貸してくれているのだと判り、自然と頬が緩んでしまう。
それを目敏く見逃さなかった彼は、眉根を寄せていた。
「だいたい、何でおまえ、そんなに露出の多いブーツを使ってるんだよ!?」
何とも滅茶苦茶な発展模様には、周囲の仲間達が呆れ顔を覗かせる。
しかしその瞬間、ターヤが悪事を指摘された悪餓鬼のような気分になったのは言うまでもない。別に怒られるような事ではないのだが、何だかいけない事をしたような罪悪感に襲われたのだ。確かにターヤのブーツは前面が大きく露出したデザインであり、そのような格好で寒い寒いとのたまうのは、馬鹿と言われても仕方が無い。
それでも、言いがかりを付けてくるアクセルに少々怒りを覚えつつあったターヤは、思わず反論していた。ただし、相変わらず動かしにくい口で。
「だ、だって、な、何か変えたら、いけない気がっ、したんだもん!」
「ブーツの下に何か履くくらいなら良いだろうが! その帽子だって後から付け足したんだろ!?」
即座に彼が思うがままに言い返した瞬間、彼女は明らかに目をあらぬ方向へと泳がせてしまった。
「そっ……そ、それはっ……わっ、わたしにも、い、いろいろと考えがあるんだよ!」
「思いっきり動揺してんのバレバレだからな!?」
決して寒さのせいだけではない言葉の揺れっぷりに、怒りを塗り潰すくらい呆れ、即座にツッコミを入れるアクセルである。
アシュレイはそんな二人へと呆れ顔で視線を寄越し、同じように意識を傾けていたスラヴィと図らずとも視線を合わせた。
一方で、マンスはモナトへと声をかけている。相変わらずその手は繋がれているが、昨日に比べれば、彼女は自らの力で歩けているようだった。
「モナト、だいじょぶ? 寒くない?」
「いえ、モナトは大丈夫です。元々精霊なので、皆さまよりは感覚が鈍いんです」
「そうなんだ。……ってことは、ぼくも精霊になってるから、そんなに寒くないの?」
会話が聞こえていた皆と同じく驚いたところで、マンスは自らもまた条件は同じ事に気付いた。
こくりとモナトが頷く。
「そうかもしれないです。オベロンさまは、ゆっくり着実に精霊になってますから」
この極寒地帯において、少年少女のほのぼのとした会話は仄かな癒しであった。
後方で行われるその会話を微笑ましく思いながら、レオンスは自身の剥き出しの右肩に触れる。
「それにしても、流石に北大陸ともなると寒いな」
瞬間、嘘吐け、と彼の後方にいた面々が同時に思った事は言うまでもない。正直、この面子の中で最も寒そうな格好なのは、肩と臍を露出している彼だからだ。
「そうですね。すみません、やはり温度も上げるべきでした」
だが、一連の会話を訊いていたオーラはそう言うが否や、現状は維持したまま更に魔術を使用する。
途端に寒さが益々薄れて暖かさが増していき、ターヤは顔に花を咲かせた。
「オーラ、ありがとう!」
「いえ」
「何でおまえは、この寒さの中でもいつも通りなんだよ……超人め」
普段通りの表情で応えた彼女へとアクセルの矛先が移るが、そこには先程以下の勢いしかない。
「御褒めに預かり光栄です」
「いや褒めてねぇから」
しかもオーラは普段通りの調子で微笑み返してくるだけだったので、結局彼はツッコミに回らざるを得なかった。ちょっとした嫌味にすらならなかったのだ。
「それにしても、中央大陸だと今は初冬だって言われても全然ぴんとこなかったけど、やっぱり北大陸は雪が凄いねぇ」
「すげぇってレベルじゃねぇけどな」
感嘆の声を零したターヤには、アクセルから呆れ交じりの指摘が入った。
マンスもまた、一向に治まる気配の無い吹雪を眺めながら呟く。
「それにしても、すごい雪だよね」
「ここは〈竜神の逆鱗〉で、〈マナ〉の流れが狂ってしまいましたからね……」
精霊としては思うところがあるらしく、モナトは少々暗めに答える。
ずきり、とターヤは胸の奥が強く痛んだ気がした。
「確かに、ここはもう、人の住めない地域になってるからね」
そんな彼女を一瞥しながらスラヴィが続ける。
元々雪の多い地域だった北大陸は〈竜神の逆鱗〉によって更なる豪雪地帯と化し、最早〈結界〉やそれに代わる代替品なくしては住めない地域へと、変貌を遂げてしまったのだ。モンスターには適応できた者も居たようだが、適応できなかった人々は凍えて死ぬか、他の大陸に渡るかのどちらかを選ぶしかなかったのである。
重くなり始めた空気から逃げるように話題を変えようとして、けれども次の瞬間アクセルは立ち止まり、戦闘体勢へと転じていた。
アシュレイ達も同時に武器を構えていたのでターヤとマンスもまた身を固くし、モナトは彼の背に庇われるように下がる。自力で歩く事さえまだ儘ならぬ彼女に、戦闘などもってのほかであった。
一行を取り囲むようにして姿を現したのは、白熊のモンスター《ポーラーベア》だった。しかも単体ではなく、何十という数にもなる集合体だ。その眼は血走っており、剥き出しにされた歯と歯の間からは低い唸り声が轟いてきている。
明らかに友好的とは言えない雰囲気には、弾かれたようにターヤの全身が強張る。
「どうやら、あたし達を餌だと思ってるみたいね」
「十年前から、この場の環境は悪化の一途を辿るばかりですし、食料も乏しいのでしょう。ですから、彼らも真剣なのですよ」
「いや、そんな同情したように解説する場面じゃねぇだろ。そんな事してたら、俺らが食われるっての」
アシュレイの言を肯定し補足したオーラには、アクセルからツッコミが入る。
雑魚認識らしく緊張感の無いやり取りに呆れつつ、ターヤは先程の感覚が捕食者に対する本能的な恐怖なのだと知った。
けれども、前線組は気にした様子も見せない。寧ろアシュレイに至っては、相手側から恐れられているようでもあった。流石は獣、本能的に相手の方が格上であると感じ取っているのだろう。
「面倒だし、とっとと終わらせるわよ」
個駑馬通りの様子で言うが否やその姿形が変貌し、次の瞬間には巨大な豹と化していた。
「ったく、おまえも容赦ねぇよ――なぁっ!」
呆れたようなポーズを取りつつ、マフデトに怯んだ相手の隙を狙ってアクセルは一気に大剣を抜刀、その勢いで眼前の数体を沈黙させる。
それを合図として、レオンスとスラヴィもまた前線へと飛び出していく。
既にオーラは自らと残り三人の周囲を〈結界〉で覆っていたが、ターヤは詠唱を紡ぐ事も無く傍観に徹していた。
「《火精霊》!」
なぜなら、完全でないとは言え《精霊王》となったマンスが、ただの一言で四精霊の一角を喚び出していたからである。その顔からはもう、少年らしきあどけなさは取り払われていた。
すぐ傍で成長した彼を見ていたモナトは目を輝かせる。
周囲に散らせた火花で益々ポーラーベアを後退させた火龍は、眼下の少年へと一言。
『命令を、我が主』