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三十九章 明けない闇‐advance‐(13)

「えっ、何で分かったの?」
 これにはマンスが驚き声を上げ、ターヤやモナト達もまた目を丸くする。
 逆にアシュレイやスラヴィ達は、まさか、と言いたげにオーラを見ていた。
『既に《神器》より、北大陸の〈マナ〉の流れを確認するよう依頼されていのだ。否、この場合は〈マナ〉の流れを掴む事により、構築されているであろう魔術が、どの程度の規模かを確認する為であったのだが』
「いつの間に……」
 既にとんとん拍子で進められていた話に、ターヤは驚くしかない。
 確かに、魔術の具現化にはそれに見合った量の〈マナ〉も必要とされるので、〈マナ〉の流れを知る事で、どのような規模の魔術が構築されているかという事が判るのだが。
「幾ら《世界樹》さんと言えども特定の、しかも複雑に組まれた〈マナ〉の流れを掴むには、少しばかり時間がかかるかもしれないと思いまして、ここに来る以前に御願い申し上げていた次第です」

​ 具体的にいつ頃なのかは判らなかったが、どうやらオーラは早い段階で手を回していたらしい。

「ここ最近〈星水晶〉を頻繁に利用しているところから推測するに、ニスラは何らかの魔術を構築しようとしているのではないかと思えましたので。実際に〈世界図書館〉にて調べてみたところ、クラウディアさんに成長させた〈星水晶〉を用いて、大規模な魔術を構築しているようでした」
 何とも用意の良いオーラに、ターヤ達は呆気に取られるしかない。既にそこまで掴んでいたのかと驚く反面、また一人で動いていた事に呆れもしたからだ。
『だが、そのおかげで、詳細に流れを掴む事ができた』
 けれども《世界樹》の言葉により、一行は意識をそちらに向けて気を引き締める事となった。
『どうやら先日より、北大陸の中央部に位置する[フィデース雪山]周辺で、〈マナ〉が異様な流れを見せているようだ。やはり何らかの魔術が組まれているようだが、上級魔術など比較にもならない規模であった。おそらくは、古代魔術だろう』
 オーラの依頼に対する回答が、これであった。
 通常使用可能な範囲では最大級の魔術である『上級魔術』など比較対象にすらならないと言われた為、皆はいかにその魔術が強大なものであるか、感覚的に理解する。
 大樹の言葉には、依頼主自身が神妙な面持ちで頷いてみせる。
「フィデース雪山の地下には、聖地の一つである古代地底湖がありますからね」

 聞き覚えのある単語に、あっ、とターヤは内心で声を上げる。オーラが口にした地名は、確かにクレッソン自らが告げてきた場所でもあったからだ。

「その場所ならば〈星水晶〉の効力は更に引き上げられるでしょうし、時間をかければ専門家が居なくとも、魔術を構築するくらいでしたら可能でしょう。何より、聖地に〈星水晶〉という、確固たる基盤と軸があるのですから」
 かの《世界樹》と《神器》の言葉を疑う者など、この場には居なかった。
「本当に、北大陸に居るんだ……」
 まさか真実を告げられていたとは思ってもいなかった為、これに対してもターヤは目を丸くする。
 皆もまた驚きつつも、それ程までに相手には余裕があり、準備も万端なのだと知って警戒心を更に強めていた。
「しっかし、おおよその手の内は明かされてるけどよ、思いっきりあいつらのテリトリーって事じゃねぇかよ」
「その為に、わざわざ場所を明かしたんじゃないかな」
 面倒だと言いたげな様子で後頭部を掻いたアクセルには、スラヴィが自らの予測をもって答える。
 そこで、モナトが遠慮がちに声を紡いだ。その手は未だマンスと繋がれている。
「あの、その、今から魔術の構築を止めに行く事は、できないんですか……?」
『確かに、古代魔術はその特質故、現在の魔術同様構築を止める事は可能な上、術者にリバウンドさせるという付加価値もある』
「とは言え、相手もそのリスクは充分に理解されているでしょうから、おそらくは部下に守護させるか、自らが守護するつもりかと」
 つまり《世界樹》とオーラが言うには、できる事にはできるが、簡単にはいかないという事だ。
 そしてはっきり言われずとも、その『部下』にエマが含まれている事を、ターヤは即座に悟っていた。無意識のうちに手が胸元へと伸びて、そこを押さえる。

 ふとそこで、思い付いたとばかりにアシュレイが話題を変えた。
「ところで気になってたんだけど、どうしてあんたはあいつを呼び捨てで、しかも愛称にしてる訳?」
「嫌がらせです」
 即座にオーラは回答した。その顔は、恐いくらいの無表情と化している。
 いきなり何を訊くんだろうかと思いながらアシュレイに視線を寄越しつつ、誰も口を挟む事はしなかった。
「そもそも『ニスラ』というのは、彼の父親が使用していた愛称です」

 その呼称が愛称である事は誰もが気付いていたが、その語源は予想外だった為、思わず目を丸くしたターヤである。

「彼は確かに私の力を欲してもいますが、その反面、父親を殺害した私を、ひどく憎んでもいらっしゃいます。ですから、それを私が使う事により、嫌がらせとしての効果が期待できるという訳です。とは言え、顔にはなかなか出さない方なので、判りにくいかとは思いますが」
 という事はつまり、オーラ言うところの『嫌がらせ』としての効果は発揮できているという事なのだろう、と皆は推測する。
 しかし、クレッソンが『ニスラ』と呼ばれて顔を顰めたところなど見た事が無かった為、特にアシュレイは懐疑的な様子であった。それでも何も言わないところを見ると、特段この話題を重要視していた訳でもないようだ。
(でも、これでクレッソンを止めに行ける。ユグドラシルを――世界を掌握して何をするつもりなのかは知らないけど、あの人に、そんな事をさせちゃいけない)
 絶対視している訳ではないが、ターヤは自分の直感を信じていた。今まで聴いてきた話や、自ら対面して得た際の情報から察するに、クレッソンは決して善人ではない。寧ろ、自らの目的の為ならば何を犠牲にしても良い、という思考の持ち主だとも言えた。そのような人物に世界を掌握させて良いなどとは、決して思えないのだ。
 とにかく、これで目的地も定まったのだと改めて思えば、自然と気合が入ってくるのをターヤは感じた。そして皆に声をかけようとしたところで、周囲がすっかりと暗くなっていた事に気付き、間の抜けた声が出た。
「あ、もう夜なんだ」
「流石に、この時間に動き出すのも微妙だよなぁ」
「でしたら、今夜はこちらに泊まっていかれてはどうでしょう?」
 アクセルが少々困ったように後頭部を掻けば、それまで黙っていたリチャードが提案してくる。
 けれども相手が相手だけに、ターヤ達は内心警戒を覚えずにはいられなかった。
「建物は、殆ど空いてる。布団も、キッチンも、ある」
 しかしそこに、ヴァンサンが助け船の如き声をかけてきてくれる。相変わらず理解しにくい口調ではあったが、市街地の建物は殆ど無人なので好きに使って良いという旨を言われている事が、何となく解った一行である。
「なら、そうしよう。どうせなら布団で寝たいし」
 これ幸いとばかりにスラヴィが彼の発言に乗っかれば、皆もまた動作や声で同意を示す。
 ターヤは《世界樹》を振り返って声をかけた。
「じゃあ今日は泊まらせてもらうね、ユグドラシル」
『ゆっくりしていくと良い』
 完全に了解を得たと知るや否や、アクセルは先陣を切って丘を下りていこうとする。
「なら、とっとと行こうぜ。里で食った昼飯は遅かったし、今日もハードワークだったしな」
 言われてみれば確かに、一行は皆空腹だった。確かに、つい数時間程前に調停者一族の住む隠れ里オロローゾにて昼食を御馳走になってはいたが、考えてみれば朝から奔走しまくりなのである。しかも〔軍〕に〔教会〕に《精霊女王》といった手強い相手と戦ってきたのだから、疲労も溜まっていない筈が無かった。
 言葉にされて初めて気付いたとばかりに腹部に手を当てたターヤの視界では、マンスとモナトも同じ事をして互いに笑い合っていた。そんな二人が微笑ましくて、ついつい頬を緩めてしまった彼女である。

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