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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(15)

 その様子を微笑ましげに眺めてから、《精霊女王》は彼らを手招く。
『では、こちらへ。マンスも来てください』
 そうして一か所に集った三人の精霊は、《精霊女王》の指示で、それぞれ円を描くように異なる相手と手を繋ぐ。
 準備が整った事を確認してから《精霊女王》は口を開いた。
『我は精霊の女王なり。我、ここに後を継ぎし器を見定めたり。これより、我はその者へと〈鉱〉の化身の全てを継承させん』
 今度は、全員を万遍なく包み込むかのような魔方陣が出現する。
 同時にモナトの時と同様、《鋼精霊》が顔を顰める。やはり、元が人工精霊であっても、精霊となる際には身体構造が書き換えられるようだ。
 やがて魔方陣が完全に消え去れば。《精霊女王》はゆっくりと手を放した。
『これで、あなたは《鉱精霊》となりました』
 この言葉には、途端にマンスとモナトが表情を輝かせる。
「おめでと、アシヒー!」
「おめでとうございます!」
『ただ、あなたが正式に《鉱精霊》を継ぐのは、マンスが《精霊王》になるのと同時です。なので、もうしばらくは、グノームに代役をお願いしてありますから』
 ターヤ達もまた祝福の空気を醸し出していたが、少しだけ釘を刺すかのように発せられた《精霊女王》の声で、思わず苦笑してしまう。
 また、全属性を司る精霊の王たる位を受け継いだマンスや、位を継ぐ訳でもなく先代から直接継承されたモナトは例外として、アシヒーのように先代が居ない上に主がまだ完全に精霊化していない場合は、同じように時間がかかるのだとも知り得ていた。
『了解した、《精霊女王》』
 しっかりと応えてみせた《鋼精霊》に微笑んでから、やがてゆっくりと呟きを落とす。
『これで……わたしの役目も、終わり』
「「!」」
 これにより、意識と視線を彼女へと戻した一行が目にしたものは、彼女の全身が点滅するかの如く透け始め、同時に端から光の粒子へと化していっている光景だった。しかも、その速度は《鋼精霊》やモナトと比べると、格段に速い。
 予想外の事態にターヤは混乱してしまう。
「人工精霊と同じ……? でも、精霊なのに何で――」
『位を譲った精霊は、こうなるのが定めですから。それに知っているとは思いますが、元々わたしは長くありませんでしたから』
 気にするなと言外に告げる前《精霊女王》には、誰も、何も言えなかった。
 おそらく、彼女は今の今まで、この現象を何らかの方法で隠し通していたのだろう。だからこそ現在こうして、かなりの速度で〈マナ〉への乖離が進んでいるのだ。
 四精霊はこうなる事を最初から知っていたらしく、無言で今までの主を見送っている。それでも、この中では最も感情表現の豊かな《風精霊》は、瞳に涙を溜めながら唇を噛み締めて全身を震わせていた。そんな彼女に服の端を掴まれている《土精霊》もまた、正直に眉尻を下げている。《火精霊》と《水精霊》は、眉一つ動かしてはいなかった。
 まず《精霊女王》は、そんな彼らへと別れの言葉をかける。余計な言葉は付けず、簡潔に。
『これまで、本当にありがとうございました。これからは、新たな《精霊王》と《精霊女王》を宜しくお願いしますね』
『『しかと承りました――我らが精霊の女王よ』』
 それが最後の頼みだと解っているからこそ、四精霊はきっちりと跪いて頭を垂れた。
 側近達の返答を受け取った証として満足げに小さく頷いてから、《精霊女王》は《鋼精霊》を見る。
『あなたも、頑張ってくださいね』
『心得ている。……あなたにも、心からの感謝を。命の恩人よ』
 肯定と共にハリネズミが返したのは、少々気恥ずかしげに紡がれた謝辞だった。

 予期してはいなかった彼の反応に、一瞬目を丸くしてしまった《精霊女王》だが、笑みを浮かべる事で返答にしてみせる。それから、既に両足を消失してしまっている彼女は、マンスとモナトに視線を戻した。
 彼らは、既に立ち上がって先代を見上げている。
 その手が繋がれている事に気付いた彼女は、やはりこの二人を選んで正解だったと思った。自分でも漠然としている事は承知していたが、それでも直感を信じたかったのだ。
『マンス、モナト。いえ――次代の《精霊王オベロン》と《精霊女王タイターニア》よ、後の事は頼みます』
「うん、任せて!」
『はい、モナトは――タイターニアは、頑張ります!』
 気合いの籠った二人の答えをも充分だとばかりに受け取ると、次に彼女が見たのはマリサだった。
 それまではずっと出入り口付近で、口を開かず成り行きを見守っていた彼女は、ここで初めて壁から背を離した。そのまま《精霊女王》の許まで近付いていくと、それまでは決して動かす事の無かった表情を崩し、口の端に笑みを乗せる。
「おつかれさまでした、エリナおばあ様」
 マリサが笑みを湛える事は滅多に無いらしく、どうやら二人が血縁関係だったらしい事と合わせて、ターヤ達どころかマンスとレオンス、並びに召喚士一族の面々の間までにも、一瞬のうちに驚きが蔓延していた。
『はい、マリサ』
 周囲に構わず労いに応えた彼女は、そして最後にターヤと目を合わせる。
「え……?」
 まさか自分にも何かあるとは思っていなかった彼女は、両目を瞬かせるしかない。
 相手の反応は予想の範疇だったらしく、《精霊女王》は残った顔に申し訳無さそうな色を浮かべる。
『今代の《ケテル》さん、あの人に……ラタトスクに、ありがとう、わたしは幸せでした、と、伝えて――』
 そこで相手の返事を聞く事無く、彼女は――先代《精霊女王タイターニア》は完全に〈マナ〉へと乖離した。完全に結び付きを失って単なる〈マナ〉と化した彼女だったものは、導かれるようにゆっくり天へと昇っていく。
 その光景をある者は涙ぐみながら、ある者は胸を手で押さえながら、ある者は祈るように手を組み合わせながら、ある者はただ見上げるだけに止めながら見送った。
 そしてターヤは、自然と組み合わせた両手に額を押し当てるような姿勢となり、祈るように『エリナ』と呼ばれた《精霊女王》の魂を見送る。最期の言葉の内容から、彼女が本当に申し訳なく思っていたのは、自分に伝言を頼む事ではないのだとは気付けていた。
(ちゃんと返事はできなかったけど、大丈夫です。ちゃんと、ラタトスクに伝えますから)
 故に、声には出さずに手に力を込める事で、その頼みを引き受けた証とする。
 乖離した〈マナ〉全てが昇り終えるまで待ってから、マンスは首を下ろしてモナトと目を合わせる。図ったかのように互いに頷き合ってから、揃って背後の四精霊を振り返った。
 彼らは新たな主の言葉を、今か今かと待ち望んでいる。
 かける言葉は、マンスの中ではとうに決まっていた。
「これからも宜しくね、みんな」
 まだ幼さは残るものの、新たな《精霊王》となった少年へと、四精霊は忠誠の意を表すべく、しっかりと跪いてみせたのだった。
『『しかと承りました、我らが精霊の王よ』』

 

  2014.06.24
  2018.03.19加筆修正

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