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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(9)

「〈月精霊〉!」
 マンスがモナトを喚び出すと同時、《精霊女王》は魔術を使用していた。火の球が一直線に彼を襲う。
 しかし、事前にスラヴィが構築していた〈結界〉がそれを通さない。
 その間にも《精霊女王》の足元で跳躍したアシュレイは、相手目がけて突撃していた。これは〈盾〉で防がれるも、元より攻撃する気の無い彼女は時間を稼ぐ事に専念する。マンスがモナトと話したい事に気付いていたのだ。
 一方、そのマンスは、久しぶりに会えたような気のするモナトへと声をかけている。
「モナト、だいじょぶ!?」
『え、あ、はい。モナトは大丈夫ですけど……』
 切羽詰まったような様子で問われた白猫はと言えば、予想外だともで言うかのように目を丸くしていた。
 それを見て取り越し苦労だったと解ったマンスは、安堵の息をつく。
「そっか、それなら良かった」
『あの、オベロンさま、何かあったんですか?』
 先程のマンスの様子から良くない予想をしたのか、恐る恐るといった様子でモナトが訪ねてくる。
 相棒に何事も無ければ、マンスにはもう心配事は無いに等しい。故に、彼は首を横に振った。
「ううん、だいじょぶ。それでね、今、ぼくは《精霊王》になるために《精霊女王》の試練を受けてるんだ。だから、ぼくに力を貸してほしいんだ、モナト」
『! は、はい!』
 そこで現状を理解したモナトは更に目を見開くも、すぐ引き締まった表情に変わり、喜びを覗かせながらも気合いを入れて返答した。それからマンスと共に《精霊女王》を向く。
 彼女は、それを待っていたかのように風を放った。
「「!」」
 今まさに跳躍しようとしていたアシュレイはそれに捕らえられ、その場から動けなくなってしまう。
 また、先のアシヒーとの戦闘から、自分達が援護する必要性は無いのではないかと考えていた面々は、これにより一筋縄ではいかなさそうな相手だと即座に認識を改めた。自然と武器を持つ手には力が籠り、緊張が増す。
 これは動くべきだと考えたアクセルとレオンスは互いに視線で会話するも、それを察知した《精霊女王》は先に魔術を差し向けてきていた。
「「!」」
 思考を先読みされたような形となった事に二人が驚くと同時、前方の上空から〈彗星〉が襲いかかってくる。幸い後方に居たので〈結界〉により事無きは得たものの、次から次へと魔術が飛んでくるので動く事は儘ならず、スラヴィも〈結界〉の意地で精一杯だった。
 相手の狙いが後衛以外の攻撃手段を封じる事なのだと、皆はすぐに気付けたが、現状では打つ手立てが無い。
「――〈詠唱加速〉!」
 とりあえず詠唱していた支援魔術を一応は発動してから、ターヤはすぐ次の詠唱へと移る。前衛組が攻撃できないと解れば、選ぶのは攻撃魔術しかなかった。
「――〈火精霊〉!」
 マンスもまた、やはり自分がやるしかないのだという決意を強める。そして直前の支援魔術により時間を半減された事で、すぐ詠唱を終えられたので、気合いを入れ直しながら《火精霊》を召喚した。
 顕れた火龍は即座に容赦無く炎を《精霊女王》へと差し向けたが、それは水の盾により消火されてしまう。しかも相手は、間髪入れずに水による砲撃――〈水大砲〉を差し向けてきた為、火龍は防戦一方となってしまった。幾ら火属性のエキスパートとは言え、苦手な水属性の攻撃が相手ではなす術が無いに等しい。しかも、現在それを使用しているのは精霊達の女王なのである。
「『火の化身よ』――」
 このままではいずれ《火精霊》が押し負けると踏み、マンスはすばやく次の詠唱に移った。制限を解く為の詠唱である。

 しかし、無詠唱どころか涼しい顔で上級魔術を連発、あるいは併用してくる《精霊女王》相手には、誰もその場から動けずにいた。加えて、精霊は魔術を使う際に名称を口にする必要が無いらしく、発動してくるタイミングはすぐには掴めそうにはなかった。

 ただ、時間だけが刻々と過ぎていく。
 これには、アクセル達も舌を巻くしかない。
「流石に、《精霊女王》ともなると、手加減とか中途半端な事はやってらんねぇな……!」
 反撃に出る機会を窺いながらも出られずにいる彼の言葉は、一行の総意でもあった。
 そして、マンスの焦燥は更に肥大していく。自分がやらなければ、という思いは加速の一途を辿っていた。
「マンス!」
 そこにかけられた鋭い声で弾かれるように彼がそちらを見れば、風に囚われたままのアシュレイが一瞥を寄越してくる。
「援護の域を超えるかもしれないから、先に謝っとくわよ!」
 それは先のアクセルの言葉通り、《精霊女王》が相手では、生半可な事をしてはいられないという事実の証明でもあった。
 アシュレイとしては、自分達も居るのだから焦るなという意味合いも込めていたのだが、強い自責に囚われかけているマンスは、それを自分の力が足りないと言われているのだと受け取ってしまう。その為、次なる詠唱に移った彼は、既に半減されている詠唱時間を早口にする事で更に縮めた。
 明らかに悪い方向へと転がり始めている彼を見て、仲間達が不可解な面持ちになった事にも気付かず、本人は次なる精霊を召喚する。
「――〈水精霊〉!」
 喚び出された巨魚もまた、怪訝そうに契約者を肩越しに見下ろすも、次の瞬間には意識を眼前に移し、《火精霊》を襲う水の砲撃を自らの支配下へと置いていた。
 けれども、その直前に《精霊女王》はその管理権限を放棄し、次の魔術を発動させている。今度は、戦闘圏域全体に無数の流れ星を降らせる上級魔術――〈流星群〉だ。
〈水大砲〉が消えた事で《火精霊》と《水精霊》は自らの防衛に全力を注げていたが、《精霊女王》はその内の一つを自ら操り、火と水の盾にできていたほんの僅かな隙間を狙う。それは、一直線に巨魚へと襲いかかった。
(間に合わな――)
「――〈聖なる断罪〉!」
 最悪の事態を想定して顔色を変えたマンスだったが、間一髪のところでターヤが振り下ろした光の剣がそれと衝突し、相殺する。
「――〈水精霊〉!」
 数秒遅れて、巨魚の制限も解除できた。二重の意味で安堵を覚えつつ、彼女へと軽く頷いてみせ、二人の精霊に再び攻撃を任せてから、マンスは視線を足元の相棒へと落とした。首肯が返されれば、彼はすぐに目を《精霊女王》へと戻して機会を伺う。
 その間、相手はまたも広範囲対象の攻撃魔術を使用していた。ただし先程と同じものではなく、現在は〈天罰〉という光の雨を降らせる光属性の魔術である。それらを何とか防ぎきって魔術が終了すると同時、相手が次に移ろうとした時だった。
「〈鋼精霊〉!」
 マンスの叫びに呼応した《鋼精霊》が、いつの間にか《精霊女王》の背後に陣取っていたのだ。
『! 《月精霊》の力ですか――』
 表情は判らないものの声に驚きを滲ませた彼女へと、ハリネズミは無数の針を飛ばす。
 これが突破口になるか、と皆は思った。
『ですが、「残念でした」と告げておきましょう』
 だが、《精霊女王》は間を置かずに余裕の笑みを取り戻す。
 それに皆が嫌な予感を覚えた時には遅く、彼女の背中から浮き出るかのように出現した鏡が全ての針を受け止めたかと思えば、使い手目がけて反射していた。
『っ……!』
「アシヒー!」
 吃驚を含んだ苦悶の声を上げて後方へと弾き飛ばされるハリネズミを見て、マンスは悲鳴に近い高さの叫び声を上げる。

コメット

​アリヤボスタリーニ

アクアキャノン

アシヒー

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