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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(6)

「だっ、駄目だよそんなの!」
 我に返ったターヤが慌てて思い止まらせるべく叫べば、それにより意識を引き戻されたらしき皆もまた、口々にレオンスを止めようとする。
「そ、そうだぜ! おまえ、マンスを置いてく気かよ!」
「考え直しを、要求するよ」
「こいつらの言う通りよ。確かに、あんたがそうしなければ《鋼精霊》が危ないけど、だからって、幾らなんでもリスクが高すぎるわ」
「悪いな、もう決めた事なんだ。それに、もうあまり時間は残されていなさそうだからな」
 だが、それら全てに対し、レオンスは申し訳無さそうな顔で、遠回しに前言を撤回しないと告げるだけだ。それから《鋼精霊》へと目を向けた。
 視線を移されたハリネズミは、まるで肯定するかのように目を閉じる。しかしすぐに開け、非難の色を含んだ瞳で彼を睨み付けた。
 暗に自らの命を軽んじていると言われているようで、レオンスは肩を竦めてみせる。
 ターヤ達も同じ思いだったが、やるせない表情で彼を見るしかできなかった。
 それらから逃れるように顔を背けた先でレオンスは、マンスが今にも泣きそうな顔で自分を見ている事に気付く。魂が抜けかけているかのようでもあった。
「どうして……」
 そんな少年へと、レオンスは寂しそうに微笑んだ。

「フェルマを救えなかった時から、ずっと考えていたんだ。どうすれば、精霊を救えるのか、って。そうして考えて、ようやく思い浮かんだのが、この血筋の事だった。ミネラーリの時には間に合わなかったけど、今なら、実行できるからな」

 持ち上げた掌へと落とされていた視線が、再びマンスへと戻る。
「俺にはこれくらいしか、罪滅ぼしも、おまえの叔父らしいこともできないからな」
「っ……!」
 自らに向けられた贖罪の言葉に、マンスは今度こそ何も言えなくなってしまう。それを求めたのは、他ならぬ自分自身でもあったからだ。
 そして、彼の決意が固く揺らぎない事を感じ取ったオーラは、諦めたように《鋼精霊》を見た。それならばもう異存は無いとばかりにハリネズミが頷くのを確認してから、彼女は彼に向き直る。
「解りました。では、これから〈契約〉を始めましょう」
 オーラの言葉にレオンスは頷くと、マンスと《鋼精霊》の許に近付いていく。
「あの、オーラ、わたしに……わたし達にも、何かできる事は無い?」
 その後に続くオーラへと、ターヤは思わず声をかけていた。一瞥したアクセル達の表情を受けて、途中で言葉を訂正しながら。
 突然の申し出に驚きくも、すぐオーラは首を横に振った。
「いえ、大丈夫です。信じて、見守っていてください」
 安心させようとするかのような笑みだった。
 そうなれば、ターヤは何を言わずに見守るしかないと感じる。そして、彼女がそこまで言うのならば、それが最善ではないのかとも思えてきた。
(それなら、任せたからね、オーラ)
 届くかどうかはともかくとして、内心においても祈らずにはいられないターヤだった。ぎゅっと、既に両手は胸の前で組み合わせられている。
 四精霊は、とうに現状の采配をオーラに委ねてしまっていたようだ。
 誰からの異論も何も出なくなったところで、オーラはレオンスの隣に立つ。
「では、マンスールさんとレオンスさんは手を繋ぎ、レオンスさんはアシヒーさんに触れてください」
 彼女は座り込んでいたマンスと、しゃがみ込んでいたレオンスへと指示を出すと、まるで最後通告をするかのようにマンスと《鋼精霊》を見る。
「では、マンスールさん、アシヒーさん、〈契約〉を」
「う、うん」
 完全に納得した訳ではないものの、レオンスの決意を感じ取れていたマンスは、《鋼精霊》を救いたい一心で頷いていた。そして《鋼精霊》へと向き直る。
 一方、オーラは安心させるべくレオンスの肩に手を添えた事で、彼が実際のところは非常に緊張しているのだと知る。そうなれば、思わず子を慰めようとする親のような笑みを零していた。
「心配なさらないでください、レオンスさん。何かあれば私が助けますから」
 その言葉には緊張が解れるどころか、寧ろ内心が針で刺されたように痛んだ気がして、レオンスは困ったように笑うしかない。やはり、彼女はどこまでも残酷だと思った。

「『我は、問う』」
 躊躇う様子も覗かせながら、けれど真剣な声でマンスが《鋼精霊》へと声をかける。
 すぐにレオンスもそちらへと視線を戻し、ごくりと唾を飲み込んでいた。
「『汝――鋼の化身よ、我と契約を結び給え』」
『応じよう』
 即答だった。
 瞬間、マンスと《鋼精霊》を中心として地面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、その全体から彼らを囲み包むようにして眩い光が立ち上る。それは、鋼色の光。
 同時に、レオンスは弾かれるようにして、前のめり気味な姿勢となっていた。突如として身体を何かに探られているような、気持ちが良いとは言えない感覚に襲われたのだ。
(これが……精霊との、〈契約〉か)
 そして〈契約〉する場面を目にするのは初めてだったターヤは、眼前の光景に驚かずにはいられなかった。また、自身とニルヴァーナとの時はかなり違うのだとも実感する。レオンスの変化も気にはなったが、オーラを信じる事にしていたので気付かない振りをした。
 円形状の光に取り囲まれる精霊と少年という光景は美しくもあったが、それにより引き起こされるであろうリスクを知っている皆は、固唾を呑んで見守るしかない。それは、何とも皮肉な光景にも思えた。
 重苦しい沈黙の中、やがて光はゆっくりと収束していく。そうして魔法陣が完全に消え失せた時、倒れ伏していた筈の《鋼精霊》は、いつの間にか再び浮上していた。
『これから、宜しく頼む。我が契約者よ』
「うん、よろしくね、アシヒー」
 ゆっくりと言葉を紡いだ《鋼精霊》へと、マンスもまた同様に頷いてみせる。
 つまりは無事に〈契約〉が終了したのだと皆が認識すると同時、レオンスは強い眩暈と意識の混濁を覚えていた。やばい、と思う暇も無く身体が横側に傾いたかと思えば、そのままオーラの居る方へと倒れていってしまう。
 気付いた皆は慌てて駆け寄ろうとするが、それよりも速く、彼女自身が両手を伸ばして彼を抱き留めていた。

 しかし、自分よりも体格の大きい彼を彼女は支えきれず、結局は二人して折り重なるように倒れ込んでしまう。
「つつ……」
 その際、鼻先並びに身体を地面にぶつけてしまったレオンスだったが、それ以外の痛みや気怠さなどは感じない事に気付いた。頭を覆っていた靄も、ゆっくりと晴れ始めている。
(〈契約〉の負担は、後から来るものなのか……?)
「いいえ、レオンスさんに〈契約〉による負担はかかっていません」
 内心を読まれたかのようなタイミングで、レオンスの下から声が発せられた。
 そう言えばオーラを圧し潰す形で倒れてしまったのだ、と気付いた彼は状態だけでも起こそうとするが、その背中に二本の腕が回っていたので起き上がれなかった。え、と間の抜けた声を零しそうになる。
 傍からみれば、オーラがレオンスを抱き締めているかのようにも、レオンスがオーラを押し倒しているようにも見える光景である。無論ターヤは両目を点にし、アクセルは弱みを握ってやったと言わんばかりの顔と化し、他の面々も各々の反応を見せていた。
 四精霊だけは何が起こったのか理解しているらしく、どことなく呆れを覗かせた顔でオーラを見ているようでもある。ただし、それは悪い意味合いではなかった。
 しかし、レオンスは周囲に気を回せないくらい混乱していた。なぜ自分に負担がかかっていないのか、なぜ彼女は圧し潰される姿勢で自分を抱き締めているのか、という二つの疑問が、彼の中でぐるぐると回っている。
「……オーラ?」
「レオンスさんを仲介してマンスールさんとアシヒーさんが〈契約〉を結んでいる間に、私とレオンスさんの間でもまた〈契約〉を結ばせていただきました」
 恐る恐るかけた声に帰ってきたのは、随分あっさりとした声だ。

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