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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(5)

 まさかの四精霊集合という事態には、一行だけではなくマンスもが目を丸くした。彼らはつい先程、戦闘が終了した後に精霊界へと戻っていったばかりであったからだ。また、マンスも別に呼ぶ事も喚ぶ事もしていなかった筈だ。
「みんな、どうしたの?」
『精霊界に戻ってから、一つ言い忘れていた事があったのを思い出したんだよ』
『そしたらマンスくんが無茶しようとしてたから、止めに来たんだよ!』
 驚き声による問いかけには、《土精霊》と《風精霊》が心配と怒りとを混ぜたような声を返す。ただし、態度への表出には大きな差があったが。
 対して、訳が解らないマンスは更に怪訝そうな顔となる。
「え、どういう事?」
『あ、えっと、それは……』
『あなたは《鋼精霊》と〈契約〉しては駄目という事よ』
 途端に言葉に詰まる様子を見せた《風精霊》を、不審な顔でじっと見つめるマンスだったが、横から《水精霊》が声を割り込ませてきていた。しかも、その内容が自身の考えを否定しているかのようなものであった為、弾かれるように彼は叫ぶ。
「何でさ!」
 だが、あくまで《水精霊》は冷静且つ真剣な表情のままだった。彼女は聞き分けの悪い子どもを宥めようとするかのように、ゆっくりと同じ内容を繰り返す。
『とにかく、今のあなたは、これ以上の〈契約〉を結んでは駄目なのよ』
「何で? 何でだめなの?」
 納得のいかなかったマンスは、子ども特有の押しの強さと疑問の並べ立てを発揮する。それは、あくまでも無意識下での言動であり、彼本人は冷静さを欠いている事には気付けていなかった。
 眼前のこの光景を、ターヤはまるで親子喧嘩のようだと感じてしまう。
『それは……』
『今の御前の力量では、荷が重いという事だ』
 流石の《水精霊》もが言いにくそうに口を噤む中、ただ一人《火精霊》だけが淡々と告げていた。
『サラマンダー』
 瞬間、静かながらも迫力のある声で《水精霊》が非難の色を表す。それは、マンスはおろか、他の四精霊でさえも見た事の無いような表情だった。
 しかし、その程度で怯むような《火精霊》ではない。
『事実だ。御前は我ら四精霊どころか、《月精霊》とも契約を交わしている。故に、それ以上の契約は御前の身を滅ぼす。そもそも、その齢で四精霊と契約できるだけでも異例の事態だ』
 マンスの力量を認めてはいるようだが、あくまでも火龍は現実的であった。
 そして正論を突き付けられたマンスは、途端に冷水を浴びせられたかのように我に返って黙り込む。彼の言う通りだと思ったからだ。
 心の底から悔しげな契約者の様子に申し訳無さを覚えながらも、次の《精霊王》候補である彼を失う訳にはいかない四精霊には、これ以上の〈契約〉を許容してやる事はできなかった。
《鋼精霊》もまた、最初からそれが解っていたかのような顔で彼を見ていた。
 そんなハリネズミを目にしてしまった途端、マンスの中で再び強い感情が渦巻く。例えそれが現実だとしても、やはりこのまま、みすみすと精霊を死なせたくはなかったのだ。
「でも! それでも、ぼくは諦めたくなんかない! もう、あんな悲しい思いはしたくないんだよ……!」
「マンス……」
 必死な様子で声の限りに叫ぶ少年には、その場に居る誰もが口を閉ざすしか無い。誰とはなしに彼の名を呟く声も聞こえてきた。本当は皆が彼の気持ちに応えたい、あるいは何かしらの言葉をかけてやりたいと思っているのだ。
 それでも、誰一人として何も言えそうにはなかった。無論、この事実を突き付けた四精霊でさえも。


 かくして、その場は重苦しいまでの沈黙に支配されていた。

「オーラ」
 だが、それはすぐ何かを決心したようなレオンスの声により破られる。
 自然と彼に視線が集う。殆どの者が直感的に、嫌な予感や不安などといった悪い想像を覚えてしまっていた。
 ターヤもまた、レオンスが危うい位置に立っているように感じた。
 そしてオーラは、彼の言わんとしている事を察していた。けれども、無駄な足掻きとばかりに知らない振りをする。話の内容についても、そのようなものは存在しないと言いきる選択も一応は視野に入れてはいた。
「はい、何でしょうか、レオンスさん?」
「俺には《召喚士》としての才能は無かったけれど、その血は引いている。何とか、ならないかな?」
 精霊達が、何かに気付いたように各々の反応を見せる。
 レオンスの問いかけから予想通りであった事を確信したオーラは、反射的に否定したくなった。その反面、彼の甥を助けたいという思いも理解していた為、結局は渋りながらも答える他無い。
「一つだけ、あると言えば、ありますが……」
 そこで彼女は口を噤んだ。珍しく、真一文字に引き結ぶような形で。
 つまりは、よほど推奨したくない内容なのだろう、とそこから皆は察する。だからこそ、今まで口にしようともしなかったのだろう、とも。
 それでもレオンスは引かず、寧ろそれに食い付いていった。
「それは、いったいどのような方法なんだい?」
「レオン!」
 瞬間、咎めるようにターヤは叫んでいた。マンスが何としてでも《鋼精霊》を助けたいと思っている事も、そんな彼の力になりたいとレオンスが思っている事も知っている。それでも、オーラが口にしかけた方法は、命に関わるような内容ではないかと思ったのだ。何せ彼女は、ひどく言いよどんでいるのだから。
「頼むよ、オーラ」
 その声を無視して、レオンスはオーラへと真っすぐに懇願する。
 たった一つだけ方法があると示してしまったからには決して逃れられないと悟り、彼女は誤魔化す事を放棄する。解りました、と呟くような声がそこから零れ落ちた。
 他ならぬオーラがそうと決断してしまえば、ターヤはもう何も言えそうにない。
 同じく黙り込んだ面々の前で、オーラは深刻さの滲み出た顔と忠告するような声で説明し始める。
「レオンスさんを『媒介』として――つまりは中継して〈契約〉を行えば、今のマンスールさんでしたら、難無くアシヒーさんと〈契約〉できるかと思われます」
 途端にマンスは良くない想像をは一旦忘れ、弾かれるように喜色を浮かべた。
「ほんと!? なら――」
「ですが、その場合〈契約〉における負担は全て、レオンスさんが負う事になってしまいます」
 それを遮るように、あるいは咎めるかのようにオーラは続ける。
「ですから、術師と《召喚士》としての素質を持たないレオンスさんは……おそらく、高確率で、精霊化を起こしてしまうかと」
「「!」」
 この内容には、ターヤ達の顔から一瞬にして血の気が失せた。それはつまり、レオンスの消滅を意味しているからだ。
 マンスは、良い面だけを見て即決しようとしていた先程までの自分に戦慄していた。
「解った。なら、その方法で頼むよ」
 しかし、当の本人である筈のレオンスだけは、あっさりとその条件を呑んでしまう。
 これには、オーラでさえもが愕然とした表情を見せた。あまりに強い衝撃のせいなのか、何一つとして言葉は出てこない。
 四精霊も《鋼精霊》も、彼の即決には驚きを隠せないようだった。

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