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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(4)

「――〈水精霊〉!」
 けれども、ここで一行と《鋼精霊》、そして《火精霊》もが驚愕に見舞われる事となった。なぜなら、てっきり《火精霊》の制限を解除する為の詠唱をしていたと思しきマンスが、二人目の四精霊を召喚していたのだから。
 火龍と並ぶように現れた巨魚もまた、驚き顔で同僚と少年を見るも、すぐに意識を切り替えたらしく、同僚と共に針を駆逐していく。そうなれば、簡単にハリネズミは打つ手無しという状況に追い込まれていた。
 同時に、一行はまさかという思いにも襲われてもいた。少年の行おうとしている事に、予想が付いてしまったのだ。
(もしかしてマンスは、四精霊全員を召喚するつもりなんじゃ――)
「『風の化身よ』――」
 ターヤの予測を肯定するかのようなタイミングで、マンスは次なる詠唱を紡ぐ。そちらに意識を向ければ、彼が唱えていたのは、やはり《風精霊》を召喚する為の文言であった。
 彼の狙いを知ったアシュレイはすぐさま行為を中断し、同じく〈結界〉を解いていたスラヴィ達と共に後衛組の許へと向かう。この場には既に四精霊が二人も居る為、これ以上自分達が援護する必要は無いだろう、という考えによるものである。
 ターヤも同じ事を考えてはいたが、先程自らが行った支援は不発に終わってしまったと言っても過言ではない事と、マンスの狙いとを踏まえ、一つだけ詠唱を始めた。
「『汝が重荷を解き放つ』――」
 そして《鋼精霊》の敗北は明らかに確定していたが、当の本人の眼と意識は、詠唱を続ける少年へと釘付けになっていた。その様子からは、これを最終的な判断材料にしようとしている事が窺える。
 それに気付いているからこそ、《火精霊》と《水精霊》もまた、攻撃はもう行わずに契約者へと視線を落としていた。
「――〈風精霊〉!」
 巨魚の隣に喚び出された巨鳥も最初は戸惑いを見せたが、すぐ事態を飲み込んで見守る。
 しかし、流石に四精霊を三人も同時に召喚し続けるのは負担が大きすぎるらしく、次の詠唱に移ろうとしたところで少年の身体がぐらりと傾く。
「マンス!」
「――〈活力全開〉!」
 弾かれるようにレオンスが名を呼ぶが、そこでタイミング良くターヤの治癒魔術が発動していた。その優しい光は瞬く間に少年の全身を包み込んだかと思えば、即座にその小さな身体に圧しかかっていた重荷を全て、持ち去るようにどこへともなく消えていく。
 忽ち疲労が消えた事には目を丸くしたマンスだったが、気付いたらしくすぐにターヤを見た。彼女が笑みを覗かせながらも真剣な表情で頷いてやれば、彼はすぐに理解したらしく大きく首を縦に振りかえす。それから、詠唱の続きへと移った。
 誰もが固唾を呑んで見守る中、彼は最後の一人を召喚する。
「――〈土精霊〉!」
 火龍の隣に姿を顕した土竜もまた怪訝そうな顔で同僚達を見回すも、こちらを見上げる契約者と目が合えば、即座に頷き返して視線を前方へと動かす。
 かくして、その場に四精霊全員が揃ったのであった。
 その圧巻な光景に一行もが思わず見惚れてしまう中、マンスは《鋼精霊》へと向き直り、しっかりと目と目を合わせる。一度疲労が完全に回復したとは言え、現在進行形で負担がかかっている為、再び疲労が蓄積している事には変わりなかったのだ。故に、その顔には汗がびっしょりと髪ごと貼り付いていたが、彼の意識はそちらには全く向いていなかった。
「アシヒー」
 ゆっくりと、まるで噛み締めるようにマンスは相手の名を呼ぶ。
「ぼくは《精霊王》になるよ」
 それは、強固な決意に裏付けされた宣言だった。
 相手の様子と現状を目にしながら、《鋼精霊》は以前、アルトゥータム砂漠で四精霊を二人召喚するという覚悟をこの少年に見せられた事を思い出していた。そして、あの時から既に、自分は心の奥底では彼を認めていたのだろうという事をも自覚する。そうなれば、もう意固地になる必要は無かった。

 故に、《鋼精霊》は真っすぐ見据えた少年へと本心を告げる。
『良いだろう……おまえを認めよう、我が《精霊王》』
「!」
 耳が拾い上げた言葉を、マンスは即座には信じられずに目を丸くしてしまった。

 だが、すぐにそれを現実のものとして認識し、頬を綻ばせていく。特に精霊以外への警戒心が強かった《鋼精霊》が、自分を『我が精霊王』と呼んでくれた事が、彼にも認めてもらえた事が嬉しかったのだ。
 それを確認した四精霊は、互いに顔を見合わせてから姿を消した。
「結局、俺らが援護する必要は無かったのかもな」
 おどけた様子でアクセルが零した声には、皆が同感だと言わんばかりの表情を見せる。
 一方マンスは四精霊へと動作で礼を述べてから、《鋼精霊》に向き直って素直な気持ちをぶつけにいく。
「アシヒー、ぼくを信じても良いって思ってくれて、認めてくれて、ほんとにありがとう。きみたちの期待に応えられるように頑張るよ!」
『ああ、見ている――』
 だが、言葉の途中でハリネズミの巨体もが傾いた。
「アシヒー!?」
「「!」」
 驚き声を上げて駆け寄っていったマンスの目の前で、そのまま《鋼精霊》は地に落ちて横に伏せる。その巨体は、点滅するランプの如く透け始めているようだ。
 眼前の光景が意味するところに、ターヤは心当たりがあった。思わず声が震える。
「まさか、もう〈マナ〉が無いの!?」
「でも、アシヒーには《精霊女王》が、直々に〈マナ〉を供給してるって……!」
「え、《精霊女王》が!?」
「まじかよ……」
 反論するようにマンスが上げた声には、それを知らなかった彼女やアクセル達が更に驚きを強めた。
「ですが、今の《精霊女王》さんも、もうあまり長くはないようですから、その弊害なのかもしれません」
「しかし、ここまで悪かったのか……《精霊女王》も、限界が近いみたいだな」
 冷や汗の浮き出そうな顔でオーラが見解を述べれば、思っていた以上に深刻らしき事態にはレオンスが眉を顰める。
 そして、彼の言葉にはマンスが更に顔から血の気を引かせ、自然と答えを求めるように皆の視線は《鋼精霊》へと集っていた。
 ハリネズミは緩慢な動作ながら頷いてみせる。
『おそらくは、そうなのだろう……《羽精霊》を失った時以降と、同じような感覚だ』
 それはつまるところ、やはり〈マナ〉の供給が停止した事で、人工精霊である《鋼精霊》は存在を保てなくなり始めているという事なのだろう。
 そしてそうと解れば、マンスはすぐにこれからするべき事を定めていた。
「それなら、ぼくと契約しようよ、アシヒー。きみを、プルーマとフェルマとミネラーリの二の舞なんかには、決してさせないから」
 そう言って、彼は《鋼精霊》へと手を差し出す。
『――だめだよ、マンスくん!』
 けれども、その間にはまるで狙っていたかのようなタイミングで、人型の《風精霊》が割り込んできた。
 突如として現れた彼女により、マンスは後方に退くような体勢となって固まってしまう。
「わっ!? シルフ、いきなりどうしたの?」
『こぉら、シルフ。いきなり飛び出さないの』
 当の本人から返答を得る前に、続いて《水精霊》と《火精霊》と《土精霊》もが姿を顕していた。三人とも同じく人型になっている。

​レイスクソン

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