The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(3)
「さて、どうなんだろうな。それと、俺はなかなかできた叔父だとは思うんだけどな」
しかし当のレオンスは、あっけらかんとした様子で肩を竦めてみせるだけだ。明らかに彼はふざけていた。
そんな彼に対してあからさまに溜め息をついてみせてから、オーラはスラヴィへと話しかける。
「スラヴィさんは、マンスールさんが抱えていた恐怖を払拭しようとされたのですね」
「さて、どうなんだろうね」
確認するような言葉にスラヴィは、レオンスと同じく肩を竦めてみせたのだった。
自ら嫌がられやすい役割を買って出る彼に、アシュレイと同じくその意図を察していた彼女は、思わず困った笑みを零してしまう。それからすぐ何事も無かったかのように、普段通りのポーカーフェイスを取り繕った。
そうこうしながら歩いていた一行だったが、目的地まであと少しの距離となったところで、先頭を行くオーラがゆっくりと速度を落としてから足を止める。
同時にアシュレイもまたそれを知っていたかのように自然と停止し、それに続いてアクセルやレオンスもまた、その場で立ち止まった。
何事かと思ったターヤだったが、皆の視線の先を見た事で理解する。
一行の眼前では、巨大なハリネズミが宙に浮かんだ状態で彼らを――否、その中のたった一人を待ち構えていたのだ。
「アシヒー」
最初から解っていたかのように、マンスはその名を呼んだ。
隠れ里ユーバリーファルングは目と鼻の先という所で、一行は《鋼精霊》と遭遇していた。
彼らはこの人工精霊との邂逅を久々に感じていたが、すぐ最後に会った時――《鉄精霊》の一件から、それ程時間は経っていない事を思い出す。
そして、マンスは何かしら言葉を続けたかったのだが、いざ口を開こうとすれば何と言えば良いのか解らなくなり、結局は黙り込む形となってしまっていた。ここで会うとは思っていなかったからだ。
そして他の面々は彼に一任していたので、その場に沈黙が漂う。
『俺の「親」が……《鉱精霊ミネラーリ》が、あの《精霊使い》を赦したらしいと、《精霊女王》から聞いた』
そのような中で、口火を切ったのは《鋼精霊》の方だった。苦々しげだが、受け入れてはいるような声である。《鋼精霊》にとって《精霊使い》という存在は、自らを道具として無理矢理使役した上、仲間を死に追いやった憎き存在なのだ。だからこそ、簡単に許す事などできない筈だった。
けれども一行の予想に反して、ハリネズミはその憎悪を何とか消火できているようだ。
『無論、おまえが《精霊王》の器として、四精霊に認められた事も』
この言葉で、マンスの表情が僅かに強張る。今まで強い不信感を向けられる事の多かった相手にそこを触れられた為、緊張しているのだ。
『俺は、まだ《精霊使い》も奴らに組する者も、赦せそうにはない』
相手が告げたのは、想定内の内容だった。
『だが、残っている奴らをこの手で消そうと思った時、それを知ったおまえがどのような顔をするのかと、考えてしまった。そのうちに、奴らの本拠をおまえ達が潰したとも聞かされた。俺はその事を悔しがると同時に、奴らを殺さずに済んだ事に安堵を覚えてもいた』
だがしかし、そこに続けられた更なる予想外の告白に対し、マンスは驚きに見舞われるしかない。
ターヤ達もまた、当初と比べれば《鋼精霊》が随分と丸くなってきている事に驚いていた。しかし、すぐそれがマンスの影響なのだという事を理解し、彼へと暖かな色を含んだ視線を送る。
当の本人はそれが自らの功績でもあると解っていなかったが、ハリネズミの変わりように嬉しそうな表情を零していた。
「そっか、アシヒーが思い止まってくれて、本当に良かったよ。だって、ぼくは精霊に人殺しなんてしてほしくないもん」
『そうだな。おまえは、そういう奴だ』
その顔を見た《鋼精霊》は、それでこそおまえだと言うかのように、常であった顔の険を取り払う。代わりにそこに浮かび上がったのは、笑みのような表情だった。
これには一行が目を瞬かせるが、ハリネズミはすぐに顔付きを険しいものに戻していた。
『俺は、今までおまえという存在を何度か見てきて、おまえならば信用に値するのではないかと、徐々に思うようになってきていた。心から精霊を愛し、四精霊にも認められた、おまえならば』
「……!」
そうなる事を願いながら、けれど《精霊王》になるまでは無理だろうと思っていた相手からその言葉を聞けたマンスは、強い衝撃に襲われる。だが、これから続けられるであろう内容を察し、すぐに表情を正して引き締めた。
そんな彼へと、《鋼精霊》は本題を告げる。
『ようやく、決心がついた。もう一度、俺におまえを認めさせてみせろ、マンスール。無論《精霊女王》には待たせる許可を取っている。そいつらの手を借りても構わない』
「うん! でも、ぼくは自分の力でアシヒーに認めさせるよ!」
気合の入った声で返答すると、マンスはすぐ懐から巻物を取り出して自身の前で広げた。
同時に《鋼精霊》とターヤ達も動き出す。
「おにーちゃんおねーちゃん、ぼくに力を貸して!」
「うん、援護は任せて! 『かの者を護り給え』――」
少年の頼みにターヤは頷き、すぐさま杖を構えて詠唱を始めた。
他の面々も同意を示してから、あるいはそうしながら、それぞれの行動へと移っていく。
自身が参戦するというハンデの大きさを理解しているからなのか、今回も〈結界〉を担当したのはオーラだった。
「『火の化身よ』――」
マンスの詠唱が開始される中、アシュレイは真っ先に相手の許へと辿り着く。ただし今回、あくまで彼女の目的はマンスの支援でしかない為、武器は向けず、彼の詠唱が終わるまで注意を引き付ける事に専念しようとする。
対して《鋼精霊》は、向かってくる相手を纏めて倒すべく宙へと浮上した。これによりアシュレイを一時的に引き離してから、下方のほぼ全範囲へと向けて大量の針を発射する。
「「!」」
アシュレイは瞬時にそれら全てを避け、アクセルとレオンスは一旦、スラヴィが即座に構築した〈結界〉内に厄介になる。
無論この攻撃は後方までも及んでいたが、そちらも〈結界〉により護られていた。
だが、それまでだった。一行は相手の攻撃によるダメージを受けてはいなかったが、代わりにその場に押し止められる形となってしまっていたのだ。
最も可能性の高いアシュレイでさえも、回避が精一杯で攻撃には転じられない。
男三人もまた針を防御する事はできたものの、これからどうするのかという点についての良案は、一つも持ち合わせていなかった。一歩でも〈結界〉の外に出れば、その時点で蜂の巣にされるであろう事は安易に予想できていたからだ。
やはり精霊程ではないとは言え、以前苦戦させられた相手だけはある。幾ら今回はマンスの望みとは言え、援護するだけに収める事は果たして可能なのかと前線組は考えてもいた。
「――『我が喚び声に応えよ』!」
しかし、ここでマンスの詠唱が完成する。
「〈火精霊〉!」
瞬間、後方の〈結界〉上に巨大な火龍が姿を顕した。
続けてマンスは制限を解除する為の詠唱へと移っていたが、既に指示を受けていたらしき《火精霊》は前方へと向けて炎を発射させ、襲いかかる針を次々と燃やしていく。無論、契約者の居る〈結界〉に届かせる事すら許さない勢いだった。
これには《鋼精霊》も焦りを覗かせ始め、発射する針を増大させる。
しかし、それでも炎の勢いに追い付く事は叶わなかった。次第に炎はハリネズミへと近付いていき、そのほぼ足元に居るアクセル達三人へと向けられていた分を焼失させるまでに勢力を拡大している。
「――〈防護服〉!」
また、ターヤによる防御魔術を施されたアシュレイはこれを好機とし、今度こそ真っすぐ上空に浮かぶ巨大なハリネズミへと向かって跳躍する。そのまま当初の目的通り、攪乱行動へと移った。
ショツクライロン