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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(2)

 瞬間、マンスの顔が眼に見えて強張る。
 また、レオンスも表情を変化させていた。
 予想通り、召喚士一族では知られている話であり、好き好んで話したくはない内容なのだと判ったが、それでもターヤにすぐ引く気は無かった。無論、本当に駄目ならば諦めるつもりではいたが。
「確かに、それは気になってたところだよな」
「そうね。マンス、それはどうしても、あたし達には話せない事なの?」
 アクセル達もまたターヤに同意してみせ、アシュレイは彼女にしては優しく尋ねる。
 けれども、当の本人は顔を俯け気味にして視線を落としていた。
「それは今――」
「その前に、一つ訊いても良い?」
 すかさずレオンスがこの話題を終わらせようとするが、寧ろそれを遮るように、マンス本人が顔を持ち上げて口を開いている。
「おねーちゃんとおにーちゃん達は、ぼくがどんな存在になっちゃっても、ずっと仲間で居てくれる?」
 不安げな声と、相手の顔色を窺うような表情だった。
 これにより、ターヤは彼が話す事を渋っていた理由を、完全ではないにしても理解できた気がした。
「うん、勿論だよ。だって、マンスはマンスなんだから。それにマンスは、わたしが異邦人だって知っても態度を変えたりしなかったよね。だから、わたし達だって同じだよ」
 だからこそ、彼女は満面の笑みで応えてみせる。精神的に大人びているようでいて、まだまだ年相応だからこそ生じてしまった彼の不安を取り払うべく。
 彼女の言葉にはオーラ達が次々と頷く。
「ターヤさんの仰る通りですよ、マンスールさん。私も、いえ、私達は貴方のことを、大切な仲間だと思っています」
「まさか、カスタは俺達がそんな薄情者だとでも思ってたの?」
 スラヴィなどは解った上で、おどけてみせてもいた。
 自らの心配とは裏腹な態度の皆に目を丸くするマンスへと、レオンスはこれは現実なのだと理解させる為に声をかける。
「良かったな、マンスール。おまえには、こんなにも信じ合い頼り合える仲間が居るんだ」
「うん!」
 途端に嬉しさ全開と言わんばかりの笑顔となった少年は、元気よく頷き返す。そして仕切り直すかのように少し間を置いてから、本題へと入った。
「えっと、精霊は元々人間とかモンスターとか、生命だったって事は、もう知ってたよね? じゃあ、生命がどうやって精霊になるかは知ってる?」
 皆が頷くのを確認せず、マンスは更に問いを重ねた。
 まさか質問に質問で返されるとは思っていなかった上、ぴんとは来なかったターヤは困惑顔になってしまう。
「どうやって、って……」
「もしかして、〈精霊化〉?」
 逆にスラヴィは思い当たる節があったらしく、口にしてみていた。
「うん、その通りだよ」
「「!」」
 マンスが神妙な顔で肯定してみせれば、即座に皆の顔色が一変する。
 精霊化。それは人間やモンスターなどの生命が高密度マナ濃縮体へと化した後、その〈マナ〉が乖離していき、最終的には消滅するという現象だ。主な原因としては今のところ、魔力酔いになっても無理に魔術を使う事などが挙げられている。一時的とは言え、精霊のような存在となってしまうところから、この名がつけられたようだ。
 その場の空気は一気に重苦しさを増しており、それを見たマンスは慌てる。
「で、でも、次の《精霊王》になる時には、その前の王か女王が消滅しないようにしてくれるらしいから、別に命の危機は無いんだよ?」
「それに精霊化すると言っても、一旦〈マナ〉として分解される訳でもないからな。君達が目にするのは、マンスが〈マナ〉に全身を包まれる光景くらいの筈だよ」
 続けてレオンスが補足してくれた為、全員が一気に安心感で包まれた。

「何だ、そうなんだ……良かった」
 安堵の息を零しながら、ターヤは胸を撫で下ろす。
 そんな彼女をマンスは見た。
「えっと、さっきおねーちゃんは、ぼくに精霊になるのかって訊いたよね? うん、その通りなんだ。《精霊王》になるって事は、精霊になるって事なんだよ」
「つまり、生命体から、高密度マナ濃縮体へと転生するという事なんだ」
 レオンスが付け加えたのは、簡潔で解りやすい説明だった。
 精霊化の話が出てきた時には既に予想できていた回答だとは言え、やはり改めて本人の口から聞くと、驚きを覚えずにはいられない内容である。
 故に、皆は少なからず驚愕を示す他無い。
 ターヤはここまで聞いて、ようやく自らの中にあった疑問の意味を理解できていた。
「じゃあ、マンスは、ずっと昔から《精霊王》になりたかったの?」
「うん。そうすれば、精霊も人工精霊もみんなを幸せにできるんだって、信じてるから」
 真っすぐな表情で自身の思いを述べるも、そこでマンスは慌てて訂正を入れる。
「あ、でも、別に今の《精霊女王》が悪いってわけじゃないよ? サラマンダー達はすごい人だって言ってたし。だから、ぼくは《精霊王》になって、今の《精霊女王》の意志を継ぎたいんだ。あと、《精霊王》になるのがずっと、ぼくの夢だったから」
 表裏の無い正直な少年の言葉からは、大きく強い決意が感じ取れた。

 そこから、これは彼にとっては自身の生涯をかけた大切な目的であり、大事な夢なのだ、とターヤは理解する。同時に、揺るぎない目標を持った彼が少し羨ましくも感じられた。
 そちらには気付かず、マンスは眉尻を僅かに下げた。
「それに……サラマンダー達が言うには、今の《精霊女王》は、そろそろ交代の時期らしいんだ」
「精霊にも交代の時期があるのかよ」
 これには皆を代表してアクセルが驚きを露わにする。
 予想できていた反応だったらしく、マンスは少々鼻が高そうな様子になっていた。
「うん。精霊も元々は寿命のある生命だから、永遠に存在してられるわけじゃないんだ。だから四精霊も他の精霊も、今までに何度も代替わりしてるんだよ。もちろん、《精霊王》も《精霊女王》も」
「つまり幾ら精霊と言っても、あたし達との違いは、寿命が長いか短いかくらいなのね」
 アシュレイの言葉にマンスは頷く。
「うん。だから、ぼくは《精霊王》になれたら、おねーちゃんやおにーちゃん達よりも、ずっとずっと長い時間を生きることになるんだ。ずっと、同じ姿のままで」
 それを皆に知られた時にどのような反応をされるのか判らない事と、その事実自体が恐かったのだと、暗に少年は告げていた。
 すかさず口を開こうとするオーラだが、それよりも先にスラヴィが口を開いている。
「ところで、カスタは何で《月精霊》が初めての友達だったの?」
 そして投下されていたのは、実に彼らしい爆弾だった。
「ス、スラヴィ!」
「あんたねぇ……」
 途端に皆が呆気に取られ、ターヤは咎めるように彼の名を呼び、アシュレイは二重の意味でも呆れ顔となって息を零す。
 無遠慮と言えば無遠慮な質問は答えにくい内容らしく、マンスは一転して困惑する。
「えっと、その……」
「マンスールは才能の塊だからな、表には出さなくても、召喚士一族の中には嫉妬する奴も多かったみたいなんだ。同時に、期待しすぎる奴もな。だから、対等であれる相手がなかなか現れなかったんだよ」
 しかし本人が答えるよりも早く、その叔父が代わりとでも言うかのように口を開いていた。誰がどう見ても過保護だと判る行動であった。
 その為、アクセルは呆れ顔のままに脱力する。
「おまえ、やっぱりマンスを甘やかしすぎなんじゃねぇのか? つーか、その辺りも本人の意思を尊重してやれよ」

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