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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(1)

「それで、次の行き先についてなのですが、一旦世界樹の街に寄ってはいただけないでしょうか」
 調停者一族の人々に見送られながら隠れ里オロローゾを出たところで、オーラが皆へと声をかけてきた。
 思わず足を止め、ターヤは彼女を見る。
「何か、あったの?」
 他の面々もまた、同様に足を止めて彼女に視線を向けていた。
「はい。クレッソンさんと相対する前に、どうしても清算しておかなければならない事がありま――」
『マンスール』
 だが、突如として《火精霊》が姿を顕した事で、この話は遮られてしまった。
「サラマンダー、どうしたの?」
 突然の訪問を不思議に思いながらも、名指しされたマンスは一行の先頭に出ながら問いかける。
 彼らはそこまで驚きはしなかったが、門の近くまで来ていた調停者一族には目を丸くしている者が多かった。元々精霊は人前に姿を顕す事自体が少ない為、おそらく彼らは精霊を見た事があったとしても、数えられる程度なのだろう。
 外野は気にせず、火龍は契約者へと要件を告げる。
『《精霊女王》が御前を呼んでいる。精霊の祠で待つそうだ』
「「!」」
 これには、今度こそ彼を含めた一行も驚かざるを得なかった。
《精霊女王》と言えば、言葉通り精霊の女王――つまりは、現在の統治者を指すからだ。
 マンスもまた、すっかりと驚きに襲われた様子となってしまっている。
「タイターニアが、ぼくを……?」
『そうだ。あまり待たせるような事はするな』
 それだけ言うと、用はこれだけだとばかりに《火精霊》は最初と同じく姿を消した。
 精霊を見慣れていない調停者一族からはこれに対してもざわめきが起こるが、一行の意識は《精霊女王》がマンスを呼んでいるという事に向けられていた。
「《精霊女王》っていたら、確か、今の精霊の王だったよね?」
「う、うん。でも、何でぼくに?」
 ターヤの言葉に頷きつつも、マンスは困惑しているようだった。
「あくまで推測ではありますが、次の《精霊王》候補であるマンスールさんを、《精霊女王》さんは自ら見定めようとしているのではないかと推測されます」
 オーラの発言には皆が納得の表情を見せた。以前彼は四精霊の試練を受け、全員から《精霊王》の器として認められていたからだ。
 そうなれば当の本人は、続いて強い緊張に襲われる。
「そう、なのかも。ねぇモナト、きみはどう思――」
 意見を求めて白猫を呼びかけた少年だったが、その途中で思わず言葉を切ってしまう。なぜだか、相棒は応えてくれないような気しかしなかったからだ。
 そんな彼を不審に感じつつ、ひとまずアクセルは仲間達へと声をかける。
「つー事は、次の目的地はユーバリーファルングだな。あ、そうだ、マンスとオーラの後にでも、ヴァルハラ樹海に行かせてくれよ?」
 彼はそこで、さりげなく自分の用事を告げておく事も忘れない。つい先程、族長たる父から一つの試練を与えられていたのだ。
「そうね。〔騎士団〕の方も気になるけど、《精霊女王》自ら待ってるって事は、マンスにとって重要な話である事は確かでしょうし。そういう訳で、悪いわね」
「いえ、私の件は御二人の用事を済ませた後で構いません。まだ、時間はありますので」
 アシュレイに視線を向けられたオーラは首を横に振った。自らに言い聞かせているかのような声でもあった。
「それで大丈夫か、マンスール?」
「う、うん!」
 レオンスが顔を覗き込むようにして確認すれば、マンスは表情を強張らせながらもしっかり頷いてみせる。

 かくして、次の目的地を召喚士一族の里――隠れ里ユーバリーファルングに決めた一行は、比較的近いという事もあって、オーラの先導の下、徒歩で向かう事にしていた。
 しかし、マンスの様子は相も変わらずの状態だ。意図せず《精霊女王》から呼ばれた事への緊張と困惑が大半なのだろうが、モナトが音信普通の状態になっている事への不安もあるのではないか、とターヤは踏んでいた。
(この前と言い今回と言い、もしかしてモナトに何かあったのかな? 人工精霊だから? それとも、四精霊とか《精霊女王》から、マンスに応えないように言われてるとか?)
 いろいろと考えてはみるが、特段精霊に詳しい訳でもない彼女には解る筈も無い。それでも、肩を落としているようにも見える彼を、放ってはおけなかったのだ。
 ここでふと、ターヤは思い浮かぶものが一つあった。マンスの中に溜まっているであろう重みを少しでも解消するきっかけになればと思い、なるべく普段通りの調子を意識しながら口を開く。
「ねぇマンス、そう言えば前から気になってた事があるんだけど、今訊いても大丈夫?」
 予想外の言葉だったようで、彼はすぐには反応できなかった。
「え……あ、うん、大丈夫だよ。おねーちゃんは、何が訊きたいの?」
「えっと、マンスは、どういう経緯で四精霊と契約する事になったのかな、って思って」
「言われてみればそうだね」
 ターヤが明かした疑問にはスラヴィもまた同意し、他の面々も頷いている。
 これまた思いもしなかったらしく、マンスは目を瞬かせていた。
「えっと……そんなのが訊きたいの?」
「うん、聞いてみたいの。勿論、マンスが嫌なら話さなくて良いから」
 忘れず逃げ道を用意しておきながらターヤが頷けば、マンスはそれなら良いかと言うかのように一息置いてから語り出す。
「えっと、ぼくは元々、召喚士一族の中でも才能を持ってたんだ、じゃなくて、持ってるらしいんだ」
 流石に自画自賛するのは気恥ずかしかったのか、マンスはすぐに訂正を入れた。
「それに生まれた時、って言うか、小さい頃から精霊の話を聞いて育ってきたから、精霊と仲良くなりたいって気持ちがすごく強かったんだ」

 そこはターヤにはよく解らなかったが、召喚士一族だからだろうと内心で結論付ける。

「だから、モナトと会った時はびっくりしたよ。人工精霊の事は知ってたけど、間近で見るのは初めてだったから。でも、あの時は嬉しさなんかよりも、今にもモナトが死んじゃいそうだったからパニックになって、慌てて〈契約〉したんだ。初めてだったから不安だったけど、成功した時はすっごく嬉しかったよ。だって精霊を助けられたし、初めての友だちにもなってくれたんだから!」
 当時を思い返しているらしく、彼は興奮した様子で語っている。
 ターヤの方はと言えば『初めての友だち』という部分が気になりつつも、目論見が成功した事に内心で安堵していた。
「それでますます自信がついて、おばーちゃんにも認めてもらえたから、精霊の祠で四精霊との契約に臨んだんだ。すっごく緊張したし、四精霊を初めて見た時は、モナトの時以上にびっくりして固まっちゃったけど、頑張って向き合ったら、認めてもらえたんだ」
「戦ったりはしなかったんだ?」
 少々意外だったのでターヤは目を白黒させた。精霊と〈契約〉するにしても、ニルヴァーナの時のように、認めてもらうべく戦闘するものかと思っていたからだ。
「うん。ぼくの人となりが見たかった、って言ってたよ」
 だがマンスの返答ですぐ、幾らモナトが居たとしても、後衛の彼一人ではハンデが大きすぎるという事に気付く。精霊は人の心を見抜くと言われているので、おそらくは彼が契約するに値する人物かどうか見定めたのだろう。
 それと同時、ターヤは以前から抱いていた疑問を思い出してもいた。
「そうなんだ。……ねぇ、マンス。もう一つ、訊いても大丈夫かな?」
 声から軽い内容ではない事を察したのか、自然とマンスの表情が引き締まっていく。
「何?」
「マンスも四精霊も、よく《精霊王》になる、って言うよね。モナトも、マンスを『オベロンさま』って呼んでるし。……もしかして、マンスは、精霊の王になろうとしてるの?」
 躊躇いがちに、けれど半分程の確信を持ってターヤは問うた。曖昧なままにしておいてはいけない内容である気がしたのだ。

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