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三十八章 我らが王よ‐Mansour‐(14)

 そうして次に《精霊女王》の視線が移された先には、ようやく拘束を解いたマンスが居た。
『そして、彼の伴侶にも』
 ちょっぴり意地の悪い言葉が紡がれた瞬間、ここで初めて、その言葉の意味するところを把握したらしきモナトの全身が真っ赤に染まり、湯気が噴き上がる。どうやら、彼女は今の今まで、その事に気付けないくらい頭が機能していなかったようだ。
 この反応を目にしたターヤは、ふと思い当たる事があった。
(もしかして、モナトって、実はマンスが『特別』だったのかな?)
 これまでは、単なる相棒以上の『自らの王』としての想いだったのかと認識していたが、この様子では少なからず好意を寄せていたように思える。当の本人に自覚があったのかどうかは定かではないが。
『そ、そんなこと、モナトには恐れ多いです……!』
 やはり解らぬままに承諾したらしく、途端にモナトは慌て出す。
 そんな往生際の悪い彼女に対しては、マンスが頬を膨らませた。
「モナトは、そんなにぼくのお嫁さんになるのは嫌なの?」
『い、いえ! そういう訳じゃ、ないんですけど……』
 慌てて否定するモナトだったが、その声はすぐに萎んでいく。同時に顔も俯きがちになっていった。
「もしかして、精霊だからって理由で遠慮してたりする?」
 それを見かねたスラヴィが問いを投げかければ、図星だと言わんばかりにモナトの肩が飛び上がった。
 予想通りの反応と理由を受けて、彼は無表情の端に呆れを覗かせる。
「それだったら何も問題無いよね。カスタは《精霊王》になるんだから、もう君と同じ精霊だよ」

 まさに正論である。互いに精霊となった今、その理由は理由たりえないのだ。

「それに、たかだか種族如きで諦めるくらいの想いなら、俺はどうなるの? 俺は一度死んでて、その魂を使って造り直されたようなものなんだよ? それなら、君達人工精霊とそんなに違いは無いよね? しかも、相手は千年以上も生きてる老婆なんだよ?」
 何とも失礼な箇所を含んだ物言いではあったが、内容については正論と言えた。
「スラヴィの言う通りよ。モナト、あんたの言い分に則るのなら、あたしも魔物だから、この想いを捨てなくちゃいけなくなるわね。……まぁ、あたしはそんなの真っ平御免だけど」
 アシュレイの言葉にはアクセルがショックを受け動揺しかけるが、すぐ安心したように息を吐き出す。その代わりか、即座に彼女から若干咎めるような視線を差し向けられていた。
 他の面々もまた、全員が大きく首肯してみせる事で彼女の背中を後押ししようとする。
 かくして大きな援護を受けたモナトだったが、元々の遠慮がちな性格が災いしてか、それでも素直に受け入れられなかった。
『で、でも、やっぱりモナトは人工精霊でしたし……その、猫です。人型には、なれないんです』
「ううん、そんなの関係無いよ」
 マンスは最後の一押しとばかりに、はっきりと首を振ってみせる。それから満面の笑みのままモナトへと手を差し出し、優しく微笑みかけた。
「モナト、これからは、ぼくのお嫁さんになってよ」
『は、はい』
 本人に真正面から申し込まれてしまえば、モナトにはもう断れる筈が無かった。羞恥心で真っ赤になりながらも、そこに泣き出してしまいそうなくらいの嬉しさを見せて、差し伸べられた手へと前足を伸ばす。
「――っ!」
 触れた瞬間、モナトの全身が眩い程の光に包まれたかと思いきや、次にその場に居たのは白猫ではなかった。二つ結びにした髪を靡かせた、マンスと同じくらいの背格好の少女だ。彼女は彼の膝の上に座り込み、その手は彼の手を取っている。
「……モナト?」
『オベロン、さま……?』
 何が起こったのか解らないという顔をした少女は、まっすぐにマンスを見つめていた。

「精霊になると、人の姿になれるようになるんだ」
 精霊を除く面子も訳が解らないという顔をしていたが、ターヤが零した言葉で察する。
 それを肯定するかのように《精霊女王》は、まるで母親のような優しさを込めてモナトへと笑いかけていた。
『これで、あなたは今代《精霊王オベロン》の伴侶《精霊女王タイターニア》です。おめでとうございます、良かったですね』
 状況を正確に理解できれば、途端に一行は驚いたり顔を赤らめたり揶揄するような表情になったりと、さまざまな反応を取る。ただし、そこに共通しているのはマンスとモナトを祝福する気持ちだった。
「おめでとう、マンス、モナト!」
 反射的にターヤが上げた声を皮切りに、この光景を共有していた皆は口々に祝辞を述べていく。主に召喚士一族の歓声によって殆ど掻き消されてしまっていたが、四精霊と《鋼精霊》もまた祝いの言を述べていたようだ。
「まさか、先に甥の方が結婚するなんてな」
「確かに、こいつが一番先っていうのが……何か、悔しいよな」
「けど、トリフォノフも、いずれはスタントンと結婚するんだよね?」
「ちょ、ちょっと! 何でそこであたしが出てくるのよ! い、いや、別に出てくるのが悪いって訳じゃないんだけど……」
「何はともあれ、本当におめでとうございます、マンスールさん、モナトさん」
 そして、レオンスの羨望を含んだ発言から始まった会話により話は途中で脱線しかけるも、オーラにより軌道上へと戻されて、綺麗に纏められる。
 彼らを微笑ましげに眺めていた《精霊女王》は、続いて《鋼精霊》を見た。
『アシヒー。これからは、《鉱精霊ミネラーリ》として彼らを支えてあげてくださいね』
『!』
 予想だにもしていなかった言葉には、皆だけではなく当の本人もが目を見開く。
 特にマンスは、《精霊女王》と《鋼精霊》を交互に見比べていた。
『先代の《鉱精霊ミネラーリ》が居なくなった今、全世界で〈鉱〉の元素がそのバランスを崩し、魔術にも鉱物にも影響が出てきています。その為にも、即急に新たな《鉱精霊》が必要なのです』
《精霊女王》が告げる内容を、一行は既に知っていた。今朝、オーラから話されたばかりだからである。
 渦中の人物たる《鋼精霊》は、夢を見ているかのような、信じきれない様子で固まってしまっている。全くもって思いもしていなかった話であり、そもそも彼は内心『精霊』である事に憧れを抱いていたからだ。
『俺が、精霊に……?』
『ミネラーリが遺したあなたに、彼女の後を継いでほしいのです。マンスも、そう思っていますよね?』
「やっぱり、気付いてたんだ……ですね」
 確認するように視線を向けられたマンスは思わず苦笑しつつ、慌てて敬語を付け足す。やはり彼女とは、精霊に関する考え方がとても類似しているのだと少年は実感した。
 自らの主もまた同じように考えていたと知った《鋼精霊》は、彼を見る。
『我が《精霊王》も、そう思っていたのか』
『だって、ミネラーリはアシヒーを子どものように思ってたから、ずっと〈マナ〉を供給してたんだよ? だから、次の《鉱精霊》はアシヒーになってほしいって思ってたんだ。人工精霊から精霊になれるのかは分からなかったけど、《精霊女王》が言うってことは、そうなんだって分かったたし』
 嬉しそうにマンスが見上げれば、《精霊女王》は同意せんばかりの微笑みを返してくれる。それから再度《鋼精霊》へと向き直った。
『それでアシヒー、どうしますか? 強制はしたくないですから、最後はあなたが決めてください』
『応じよう』
 即答だった。
『我が《精霊王》と、《精霊女王》にそう思ってもらえたのならば、異論など無い』
 心の底からそう思っている事がよく解る声に、マンスは胸が熱くなる。ここまで《鋼精霊》に信頼してもらえるようになった事は、やはり彼の中では《精霊王》になる事と同じくらい嬉しい事態だったのだ。

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