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三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(16)

 そこでふと気になり、彼の父親の方を窺うように見れば、ばっちりと視線が合った。
「!」
 予想できていた事ではありながらも、思わずアシュレイは動揺してしまう。それでも生来の負けず嫌いが発動した為、すぐに姿勢を戻し、寧ろ自分から視線を合わせにいっていた。
 すると、父親は仏頂面を崩して僅かに微笑んだ。
 まるで息子を彷彿とさせるかのような笑みに、図らずともアシュレイは動悸を加速させられてしまう。即座に我に返ってはいたが、それでも速度を増した鼓動は、すぐには収まってくれそうになかった。その時には既に、相手は何事も無かったかのように顔付きを元に戻していた為、何だか負けた気分になってしまったアシュレイである。
 そのようなやり取りがあった事には気付かぬアクセルと女性陣だったが、その中の一人がふと、不思議そうな表情を浮かべていた。
「けどあんた、ソニアはどうしたんだい? あんなにも、あんたに懐いてたのにねぇ」
 調停者一族の者ならば、その名を口にするのもこの場では当然の事であり、何らおかしな事ではなかった。彼らは皆、彼女が幼少期から彼を慕っている事を知っていたのだから。
 けれどもその瞬間、アクセルは鈍器で殴られたかのような顔となってしまう。
「ソニアは、もう……帰っては、きません。俺が、見届けました」
 間接的でぼかすような物言いだったが、彼が何を言いたのかは伝わったようで、途端に皆の顔色が一変した。中には、顔から血の気を失わせてしまった者も居る。
 アクセルは目を背けそうになりながらも、そこで踏ん張った。それが自らの義務だと知っていたからだ。
 アシュレイは目を逸らさなかった。ただ、凛としてその隣に座っていた。
「それに、兄ちゃんも……いえ、ザカライアス・エダレンも、俺が族長になったと判れば、益々縁を切ろうとすると思います。けど、それでも、俺は、調停者一族の次の族長になります。少しでも兄ちゃんに認めてもらえるように、見直してもらえるように、俺なりに努力します」
 一度言葉を切って、その場に集った一族、その全員を一人一人見つめていく。
「けど、俺はまだ自分が一人前だとも、強いとも思えません。だから、俺に力を貸してもらえませんか?」
 嘘も無く見栄も張らず、ただ真っすぐにアクセルは頼み込む。素直な気持ちをぶつけられたとは思っていたが、やはり頭を下げた方が誠意は伝わりやすいのだろうか、という不安が徐々に生じてくる。
 一族の者達は真剣な雰囲気を受けて笑みを引っ込めていたが、彼の言葉を受けて、再び表情を和らげた。
「何だい、そんな事か」
「ああ、あたりまえだとも。今のおまえならば大丈夫だろうさ」
 大人達が当然だと言うかのように肯定し、長老は感慨深そうにアクセルを眺める。
「随分と大きくなったもんだのう。心も、体も。……そうは思わないかね、アマデオ?」
「そうだな」
 そして同意を求められた父親までもが、一応は頷いてみせていた。
 ここから一行は、アクセルの父親の名が『アマデオ・バンヴェニスト』なのだと知る。
「っ……ま、まぁ、俺は何たって、かなりの努力家だからな! このくらい、朝飯前だぜ!」
 見るからに厳格そうな父親にまで認められて気恥ずかしくなってしまったのか、ついアクセルは顔を赤くし、随分と久方振りにナルシストモードを発動してしまっていた。ついでに敬語を使う事も忘れてしまった。
 しかし、これには途端に皆が渋い顔となる。
「だが、そのような性格になってしまったのは、いかんのう」
 呆れたように長老がそう言えば、他の者達も続々と同意を示していく。
「そうじゃな、調子に乗るようになってしまったのは直さねばならんな」
「あんた、変な方向に成長しちまったようだねぇ」
「アクセル」
 息子の名を呼んだ父親は、思いきり顔を顰めて不機嫌な様相と化している。
「馬鹿じゃないの?」

 果てには、アシュレイにも呆れ顔で頭に手を当てられてしまった為、とうとうアクセルは落ち込みながらふてくされるという何とも器用な行動を取ってしまった。

 そんな彼を見た一族の者達は、呆れつつも、仕方がないと言わんばかりの顔へと変わる。
 ただし、父親とアシュレイだけはそのままだった。
 その事を少しだけ残念に思いながらも、意外と二人の気が合いそうな事には内心満足なアクセルである。嬉しい事があった為、気分が少し落ちても、すぐに上がってくるようになっていたのだ。
 無論、目敏いアシュレイは気付いていたが、これ以上の羞恥を覚えたくはなかったので黙っておく事にする。
 そこでふとアクセルは、このままのんびりしてはいられないのだという事を思い出した。
「あの、それで、少し良いですか?」
 気持ちを引き締め直して彼が口を開けば、その場が一気に静まり返る。空気もまた真面目なものへと一変していた。
「俺はまだやる事があるので、族長になるのは、少し待っていてもらえませんか? それをしっかりとやり遂げた後、調停者一族に戻ってきます」
「それは、どうしても御前がやらねばならない事か?」
 これに対しては、試すように父親が反論してくる。彼からは、またしても威圧感が滲み出ていた。
 やはり逃げたくなるような強力さだったが、再度アクセルは踏み止まった。目を逸らす代わりとばかりに声に力を入れてやる。
「はい、どうしても、俺達がやらなければいけない事なんです」
 この言葉で、ターヤは無意識の内に彼を見つめていた。しかし驚きは、すぐに嬉しさへと変わる。心強い仲間が居る事に、彼女は勇気を貰えた気がした。
 そして父親の方は息子の答えを受けるや、肯定するように大きく頷いた。
「ならば、しっかりとそれを片付けてこい」
「はい!」
 彼自らに肯定され激励された事で、アクセルは今まで以上に感情を乗せて返答する。
 眼前で繰り広げられるその光景を微笑ましい思いで眺めながら、オーラは先刻の彼と同じく決意を固めていた。
(私も、いつまでも言い訳を並べ立てていないで、向き合わなければなりませんね。……この中に巣食う、彼が残されていった『置き土産』と)
 そう思えば、無意識のうちに、その片手は胸に添えるようにして強く握り締められていた。

 

  2014.05.25
  2018.03.19加筆修正

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