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三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(3)

「あら、そもそも、あたくしは〔同盟〕に入るなんて一言も言ってなくてよ?」
「けど、借りを返してくれるんでしょう?」
 それ故に、これに対して揚げ足を取ろうとしたヌアークだったが、相手に反論された途端に黙ってしまう。
「でも、元々〔同盟〕は〔軍〕あってこそのものだったから、ちゃんとした機関になっている訳でもないし、そういう意味では、最初から無かったも同然だよね」
 そこに鋭い指摘を入れたのはスラヴィである。やはり彼は、いろいろと容赦が無い。
 尤もなこの発言には、アシュレイが誤魔化すかのように鼻を鳴らし、レオンスが肩を竦めてみせた。
 彼らの反応については触れず、続けてスラヴィは自らの見解を述べる。
「ともかく、これからはちゃんと〔同盟〕を機能させる必要があるよね。幸か不幸か、〔騎士団〕も〔ウロボロス〕も、もう居ないと言えるし」
 同意するには充分すぎる内容だった為、皆はその事について思考を動かし、自然と口を閉ざしていく。確かに〔同盟〕が現状のままでは、何も変わらないと思ったのだ。
「なぁ、ちょっと良いか?」
 そして区切りが良いと見たアクセルは申し訳無いとは感じつつも、自らの決意を流さない為に口を挟んでいた。皆の意識が自らに向いたのを確認してから本題に入る。
「俺は一度、調停者一族に戻ってみようかと思うんだ」
「いえ、まずは聖都シントイスモに向かわれた方が宜しいかと」
 彼のこの発言にはユベールが弾かれたように表情を変えるが、即座にオーラが否定にも似た返答を行っていた。
 彼女の言葉に制止される形となった彼は、怪訝そうな顔付きへと変わる。
「何でだよ? ……まさか〔教会〕が何かしようとしてるのか?」
 しかし、すぐに思い浮かぶものがあったので、まさかとは思いながらも訊いてみる事にした。
 すると案の定、オーラは頷いてみせる。
「はい。どうやら〔騎士団〕の壊滅を知ったフェルゼッティさんが、この機に首都を制圧するべく動こうとしているようです」
「「!」」
 予想通りの内容には、一行もその他の面々も驚くと同時に呆れもする。
 特にアシュレイは阿呆らしいと言わんばかりに脱力し、顔を手で覆い隠してしまった。
「そうよね、〔騎士団〕壊滅の話を聞いた《教皇》が動かない筈が無いわよね」
「あれだけクレッソンを敵視しているクライド・ファン・フェルゼッティだからな、今頃、必死になって戦力をかき集めているんじゃないのか?」
 レオンスは再び両肩を竦める事で、彼女へと同意してみせる。
 ターヤもまた最後に見たエルシリアとクライド、そしてソニアのことを思い出していた。もう〔騎士団〕が背後に居る訳ではなかったが、それでもエルシリアに対するクライドの扱いを忘れられずにいたのだ。
(エルシリアのことも、気になるし)
「わたしは、行った方が良いと思う。今のクライドは、何をするか解らないから」
 最初の部分のみ脳内での呟きに留めながら、彼女は正直なところを吐露した。
「そうだな。行こうぜ、みんな」
 状況故に彼女に賛成したアクセルが声をかければ、一行全員が頷く事で同様だという意を示す。
 そして、アシュレイの首肯を確認した事で、ユベールはすんなりと選択できていた。
「僕は戦力にはならなさそうですから、首都に残って事後処理をします。拘束されていた一般人の保護も行った方が良いですから」
 自らの足の状態を考えた彼が最適な選択を取れば、ヌアークもまた口を開く。
「なら、あたくしが手伝ってあげるわ。お父様の同僚達も巻き込まれてしまったようだし、彼らが心配だもの」
 あくまで彼女の基準は『お父様』であったが、それは彼女なりの誤魔化し方なのではないかとターヤは感じていた。
「そういう訳だ。悪いな、おまえら。ここは頼んだぜ」
「ええ。こっちが片付いたら、〔屋形船〕もすぐに聖都に向かうわ」
 彼女の言葉を継ぐように信頼を寄せたレオンスに対しては、〔屋形船〕を代表してファニーが応える。

 一方、アシュレイもまたユベールへと声をかけていた。
「ユベール、〔軍〕の方は任せたわよ」
「スタントンさんこそ、〔教会〕の方を宜しくお願いします」
 しっかりとした答えを受け取ってから、彼女は皆と共に首都を後にする。
 かくして聖都シントイスモを目指す事にした一行だったが、あまり時間が残されていないからと言うオーラの転移魔術によって、すぐに到着していた。
 ただし、ターヤだけは少しばかり浮かない顔である。
(やっぱり、ニーナに乗せてもらうよりも便利だ……)
 無論、行き先のイメージがしっかりできていないと失敗するので、基本的には知らない場所には行けないが、やはり移動手段としては転移魔術が最も便利であろう。人数や距離が増える程消費する魔力も膨大になるが、一瞬で目的地まで行けてしまう上、その術者は他ならぬオーラなのだから。
 その事にターヤは少しばかり落ち込みもしたのだが、慌てて、こうしてはいられないのだと気合いを入れ直す。とにかく、今は〔教会〕の動向を探らなければならないのだ。しかも、オーラが一行の移動の為に魔術を使用したという事は、一刻の猶予も無いと言っても過言ではない事態なのだろう。
 他の面々も同じように思っているらしく、無駄口を叩く者は居ない。
 そうして、〔聖譚教会〕の本拠地たるサンクトゥス大聖堂が見える位置まで辿り着いた一行だったが、その前庭には既に僧兵や僧侶達が総動員されているようだった。
「……多いね」
 姿を隠す為に潜んだ建物の陰からそれを目にしたマンスは、緊張感を増しながら呟く。
「裏に回るしかないよね」
 スラヴィの意見には全員が同意し、表通りには出ず、裏道を回って大聖堂の横側へと回る。だが、やはり正面以外は高い塀に覆われている上、カタフィギオ湖に面してもいるので道はそこで途切れていた。
「……駄目ね、ここからは入れそうにはないわ」
 塀に隠し扉でもないかと探していたアシュレイだったが、大聖堂の構造に詳しい訳でもないので、結局は首を横に振る。
 これに対して口を開こうとしたところで、オーラはアシュレイと共に弾かれたように背後を振り向いた。
 それと同時に、一行へと背後から声がかけられる。
「よぉ、困ってるみたいだな」
「「!」」
 反射的に振り返った残りの面々の視界にも映ったのは、〔教会〕の僧侶ローワン・サザーランド――もとい〔十二星座〕のレジナルド・オーツであった。
「あんた……」
「レジナルドさん!」
 彼の姿にアシュレイは僅かだが驚きを覗かせ、アクセルは声を潜めながらも思わずその名を呼んでいた。
 なぜここに居るのかという疑問を露わにする一行へと、彼は説明してやる。
「ついさっき《女王陛下》の嬢ちゃんから連絡があってな、おめぇさん達がこっちに向かったから、手伝ってやってくれだとよ」
 返されたのは、あまりに予想外すぎる回答であった。その為、アシュレイやスラヴィでさえもが目を丸くしてしまう。
「え、何で?」
 そして、マンスは不思議そうに小首を傾げていた。
 ターヤ達もまたヌアークとレジナルドの繋がりが解らなかったので、相手の言葉を待つ。
 するとレジナルドは勿体ぶるように答え始めた。
「うちの嫁さんはアリアネっていうんだけどな、今は〔暴君〕で働いてんだよ」
「アリアネ? アリアネって……あ! 〔機械神〕の!」
 その名にマンスは首を傾げるが、すぐに思い当たる事があった。
 《猛獣使い》アリアス・ヴィルシュテッターは、その名の通り〔機械仕掛けの神〕で動物曲芸を担当していた人物だ。世間一般的には〔機械神〕唯一の生き残りだともされている。

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