top of page

三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(15)

「そこでな、お前さんを、時期族長に推薦しようと思うておる。これは既に話し合われた事であり、儂ら皆の総意でもあるのだ」
 その間にも長老が告げていたのは、一行側は誰一人として予想してもいなかった事態だった。
 瞬間、アクセルとユベールは目を丸くしてしまう。
「俺が、次の族長に……?」
 アクセルが驚き顔のまま零した声は、やはり驚愕に満ちていた。
 逆に、ユベールはすぐに驚きから回復し、弾かれたように、憧れの色を含んだ瞳で隣に座る彼を見る。
「そうだ。ここに居る全員で話し合った結果、お前さんになった。無論、反対意見が出なかった訳ではないがな。最後は、満場一致であった」
 長老はこれが現実であると告げるように頷いてみせたが、アクセルは夢を見ているような感覚からは抜け出せなかった。信じられない、と幼い頃から奥底に居る卑屈な自分自身が叫んでいる。
「けど、俺は、どれだけ虚勢を張っても強くなんかなれなくて、逃げる為に調停者一族を捨てて、その名に泥を塗るような事をして、しかも、光属性の魔術も使えなくて……だから、俺はやっぱり、族長の器なんかじゃないです」
 故に彼は、否定の言葉を並べ立てた。自ら言っておきながらその言葉に突き刺され、アクセルは内心で自嘲する。
 これには父親が動きかけたが、それは長老によって制された。
「それでも、お前さんは強くなっておる。昔のお前さんならば、ここに戻ってこようなどとは思わなかった筈だからのう。まだまだ卑屈なところは残っておるようだが、お前さんは確実に成長しておるよ」
 ここで長老は、すまなさそうに表情を変えていた。
「元より、時期族長であったお前さんに、儂らは厳しくしすぎたからのう、戻ってきてくれるかも、あの日より成長しているかどうかも判らなかったが、今のお前さんならば、問題は無いと儂は思っておる。のう、皆よ」
 同意を求めるように長老が一族の者達を見回せば、彼らはしっかりと首肯する事で肯定の意を表してみせた。それは父親も例外ではない。
 それでも信じられずに口を半開きにしていたアクセルだったが、そこでぽんと軽く肩を叩かれる。反射的にそちらを振り向けば、アシュレイが大丈夫だと言うかのような笑みを浮かべていた。それにより、彼はようやく、これが夢ではないのだと実感する。自分が調停者一族の族長になれるという事に感極まったアクセルは、自らの涙腺が緩んだ事にも気付く。
「……ありがとう、ございます」
 そして、それを隠す意図もあって、今度こそ深々と頭を下げたのだった。
 これを承諾と受け取った長老は満足げに頷いてから、続いてユベールへと視線を移す。
「ユベールも、よく帰ってきたのう。……おまえさんの両親の事は、儂らも持て余しておってのう……お前さんに全部背負わせて、辛い思いをさせて、本当にすまなかった」
 反射的に背筋を伸ばして固まりかけてしまっていた彼だが、申し訳無さそうな長老の声により現実へと戻ってきた。それから、慌てて首を横に振る。
「い、いえ! 僕も、本意でなかったとは言え、自分の手で両親を……殺めてしまいました。これは、赦されない事なんです。ですから、長老が謝られる事ではありません」
 先程のアクセルと奇しくも同じように、膝の上で両手を握り締めながら、ユベールは絞り出すように罪を告白していた。視線は、あくまでも逸らさずに長老と合わせている。
 対して、長老は悲しげに眉尻を下げながら首を横に振った。
「いや、これは何も手を打たなかった儂らの責任でもあるのだよ。お前さんが一人で気負う必要は無い」
 けれども、ユベールが納得する様子は無い。
 責任感の強い彼にはこれ以上何を言っても無駄だろうと悟り、長老は不自然さも気にせず話題を変える事にした。
「そうそう、それでな、儂らとしては、お前さんにも一族に戻ってきてほしいと思っておる。勿論お前さんが守ろうとしておった、あの娘子も一緒に、のう」
 この言葉で、ようやくユベールは表情を動かしていた。ファニーのことをも考えてくれていたとは、思ってもいなかったのだ。

 目論見通り彼が自責の念を隅に退けてしまった隙を、長老は見逃さない。
「お前さんを族長にする事はできないが、それでも一族に戻ってきてくれるかい?」
「はい、僕は……いえ、僕は〔軍〕に戻ります。それに、元より族長になる気もありません」
 一度は頷きかけて、けれどユベールはすぐに前言を撤回した。
「崩しかけてしまった世の中の秩序を立て直すのが、元軍人としての……いえ、暫定《元帥》としての役目だと思っていますから。ですから、今ここで、その責務を放り出す訳にはいかないんです」

 ほぼ勢いで決意とやるべき事を述べてから、急に我に返ったユベールは恐る恐るといったふうに尋ねる。

「ただ、全てやるべき事が終わったら、その時は大切な幼馴染みと一緒に、ここに戻ってきても良いですか?」
 そんな彼へと、長老は優しい顔のまま首肯してみせた。
「ああ、構わぬよ。ここはお前さんと、あの娘子の家でもあるのだからのう」
「は、はい! ありがとうございます!」
 思わず声を上ずらせながらも、今度こそユベールはしっかりと頭を下げる。
「ところで、アクセル、一緒に居る人達はどなたかな?」
 そこでようやく、長老は一行の存在に触れてきた。
 それまでは二人の後ろで事の成り行きを見守っていた一行は、ここでようやく調停者一族の面々へと頭を下げるなどして挨拶する。
「彼らは、俺がこれまでの旅の中で出会ってきた、大切な仲間達です。彼らが居たから、今の俺があると言えます」
 同時にアクセルもまた彼ら全員をしっかりと見ながら、どこかこそばゆそうに親族へと紹介していた。それから少し戻って、アシュレイで視線を止める。
 その行動にあまり宜しくない予感を覚えた彼女の眼前で、予想通り彼は爆弾発言を投下してみせた。
「それで、彼女が俺の嫁です」
「んなっ……!?」
 瞬間、素直ではないアシュレイが、これ以上無いくらい顔を真っ赤にして硬直したのは言うまでもない。何せ、両想いである事は互いに理解していたが、まだそれ以上にはなっておらず、別に結婚の約束をした訳でもなかったからだ。
 ユベールと調停者一族の面々もまた、唐突すぎる彼の発言に目を丸くしてしまっていたが、度々この二人のじれじれ具合を見せられる事となっていた一行としては、ようやくかと言うような心境であった。
(やっぱり、この二人はアクセルが主導権を握らないと、あまり進展しなさそうだなぁ)
 ターヤに至っては、脳内でこのような事を考えてもいた程だ。
「い、いきなり何を言い出してんのよ!」
 無論、次いで瞬時にアシュレイがアクセルへと食ってかかったのも、一行には簡単に予測できた事だった。
 けれども彼はあっけらかんとした様子で返す。
「けどおまえ、あの時、傷物にした責任をとれって言ってたよな?」
「そっ、それは、そうだけど……」
「まあ! 何だい、もうそんなとこまで行ってたのかい!」
 図星だったので、押されつつも反論するべく何とか言葉を紡ごうとしたアシュレイだったが、それよりも早く、彼の発言を耳にした調停者一族の者達――主に女性陣が次々と反応を示していた。
「いやぁ、まさかあのアクセルが、こんな別嬪さんを連れてくるなんてねぇ」
「しかも、もう結婚の約束まで取り付けてるなんて、あんたも随分とやるねぇ」
「はい」
 若干のからかいを込めた顔で女性の一人がアクセルを突くような動作を取ってみせれば、彼は得意げに頷いてみせる。
 あまりの羞恥に耐えきれず反論したくて堪らないアシュレイだったが、心底嬉しそうな彼らの様子に気付いてしまえば、そんな簡単な事もできなくなってしまっていた。また、普段とは異なるアクセルの様子に、少々動悸がしていたのもあったのだ。

ページ下部
bottom of page