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三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(14)

 視線を向けられた少年は一瞬驚き顔になるも、すぐさま表情を引き締めて頷いた。
「……行きます」
 だが、すぐに表情を変える。
「ですが、まだ〔教会〕への処分も決まっていませんし、これに関する支部への連絡も完了していませんから、アクセルさん達は先に――」
「行ってきなさいよ、ヒュー」
 彼に最後まで言わせず、ファニーはその言葉を遮っていた。
 これにはユベールが怪訝そうな顔となる。
「フアナ?」
「良い機会なんだから、ちゃんと一族に戻って清算してきなさいよ。あんたが戻ってくるまでは、あたし達に任せておけば良いんだから。それとも、あたし達〔屋形船〕は信用できないとでも言うの?」
 どことなく挑発するかのような含みを持った声に、思わず彼は否定の意思を示していた。
「いや、そんな事は無い。……宜しく御願いします、〔屋形船〕の皆さん」
「ええ、任せておきなさいよ」
 ユベールがしっかりと頭を下げれば、言葉通りファニーは胸を張ってみせる。
 それを確認してから、アクセルはもう一度同じよう内容を持ちかけた。
「彼女からのお許しも出た事だし、里に行こうぜ、ユベール」
「は、はい!」
 彼の言葉の前半部分と再度真っ赤になったファニーには戸惑いつつも、今度こそ気を引き締めて、ユベールはしっかりとした声で返答したのだった。


 そうしてアクセルの先導の下、一行とユベールが辿り着いたのは、リンクシャンヌ山脈の中腹だった。そこから少し登った所には門らしき物が設置されており、それが調停者一族の里への出入口なのだろうと皆は察する。
 ここまで連れてきてくれたテレルとセアドに礼を述べ、彼らが帰っていくのを確認してから、アクセルは口を開いた。
「あそこが調停者一族の里、[隠れ里オロローゾ]って言うんだ。とりあえず、まずは族長と長老に会いにいかねぇとな。話はそれからだ」
 そう言って彼は、そちらを見上げる。
「族長?」
「調停者一族における長は『族長』と呼ばれ、その大半が男性から選ばれます。そして、その族長を補佐すると言いますか、実質的な権力を握っているのが、『長老』と呼ばれる一族で最も高齢な男性なんです」
「へえ、男性社会なんだな」
「そう言われると言い返せねぇな」
 マンスの疑問にはユベールが答え、レオンスの皮肉にはアクセルが苦笑する。
「ともかく、今は参りましょうか」
 けれどもオーラが口を挟めば、表情はそのままながらも彼は素直に従った。
 これには今度はターヤが苦笑いを浮かべてしまうが、門の前まで辿り着けば、自然と視線も意識もそちらに移っていく。
 それは首都や聖都などのような建造物とは異なり、寧ろ召喚士一族に近い雰囲気を感じさせる、木でできた巨大な門扉だった。
 そして、その上に設置された見張り台に居た門番らしき一人の男性は、突然の訪問者に警戒の色を見せるものの、すぐにアクセルとユベールを見付けて驚愕の表情と化す。
「ただいま、戻りました」
 向けられる視線から逃げず、アクセルは緊張を押し隠そうとしながら、はっきりとそう告げた。
 ユベールもまた、同じような顔で門番を見上げている。
 驚きに襲われたらしく固まっていた門番だったが、我に返ると、慌てて門の中を振り向いて声を上げた。
「か、開門! 開門せよ! 族長の息子と分家の息子が帰還されたし!」
 そうなれば、一行の目の前に聳え立つ門が、ゆっくりと内側から開かれていく。

 かくして、彼らは門の中――里でも最大の屋敷の一室へと通されたのであった。そこには既に何人もの大人達が集っており、部屋の壁に沿うようにして正座しながら一行を見ている。そして最奥には、一行と向き合うようにして、初老の男性と中年男性が居た。その顔立ちから、後者はアクセルの父ではないかと一行は予想する。
 正面と左右から向けられる幾つもの視線に、ターヤは思わず姿勢を正されてもいた。彼らの表情からは今のところ、何を考えているのかは読み取れそうにはない。
「ただいま戻りました、長老、族長」
 どことなく重苦しい空気の中、アクセルはゆっくりと、正面に座る二人へと向かって頭を下げていた。
 それにユベールが続いた為、ついついターヤは倣いそうになって寸前で我に返った。羞恥に襲われながらも何事も無かったかのように振る舞っていると、隣のアシュレイから視線を感じたが、気付かなかった事にする。
「アクセルよ、お前は今まで何をしておったのだ?」
 その間にも、中年男性こと『族長』の口からゆっくりと紡ぎ出されたのは、強い圧力と怒気とを伴った声だった。
 彼の迫力にターヤは一瞬前までの羞恥を吹き飛ばされ、思わず気圧されそうになってしまう。
 それは他の面々も同様で、それぞれ威圧感を覚えていた。
 アクセルは皆以上にその覇気に襲われていたが、ゆっくりと頭を持ち上げる。そうすれば必然的に長老や大人達と目が合ってしまうが、それでももう逃げないと彼は決めていた。故に恐れは飲み込んで、意地でも視線は逸らさず、ぐっと膝に置いた両手で拳を形作る事で耐える。それから、覚悟を決めて答えた。
「調停者一族を飛び出した後は、既に知っているかとは思いますが、魔導術学院クレプスクルムに居ました。それから、問題を起こしてそこを自主退学した後は、当ても無く世界中を旅していました」
 隠す事無く話せば、父親から発せられる圧力が強まった。
「今は、何をしている」
「今は……自分にできる事を、しているところです」
 最後までアクセルは逃げる選択をしなかった。怒鳴られたり暴力を振るわれたりしても良いように、とうに心の準備はできていたのだから。
「そうか、ならばその志を忘れるな」
 だが、予想に反してあっさりと父親は引いていた。
「……え?」
 瞬間、緊張感がどこへともなく吹き飛んでいき、間の抜けた声を出してしまうくらいの驚きにアクセルは襲われる。あの厳格な父親が、こうも簡単に追及の手を止めるとは思いもしなかったのである。
 無論、それはユベールと一行もまた同じ事だった。
 そんな彼らを眺めながら、今度は長老が話の続きを受け持つ。
「実は、お前さん達全員が出てしまっていったのをきっかけに、儂らは話し合ってな、このままの制度ではいけないという結論に至ったのだよ。今までのように家の順列で族長を決めるのではなく、実力のある者を族長にする方針に変えたのだ」
 予想外すぎる内容を告げられて、アクセルもユベールも言葉を失ってしまっていた。勘当される覚悟でここまで来たというのに、実際そんな事は全く無かったからだ。
 気付けば、周囲に座る大人達の雰囲気も和らいでいた。
「ところで、アクセルよ」
「は、はい」
 長老に改まって声をかけられた為、アクセルは思わず背を伸ばす。
「お前さんの父は、お前さんが帰ってくると同時に、族長の座を退いておってな」
 その言葉で、弾かれたように彼は父親を見た。
 彼の父親である元族長は、依然として、両方の瞼を下ろして両腕を組んだ姿勢のままだ。微動だにもしていない。

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