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三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(13)

「エル、シー……貴殿、はっ……!」
 しかし、言葉の途中で刃を引き抜かれた為、彼は口から大量に吐血する。そして軌道上に居たエルシリアを巻き込みながら、膝からその場に崩れ落ちてうつ伏せに倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「ふふ、クライド……ああ、クライド――」
 壊れたように呟きながら、彼女もまたゆっくりと目を閉じていったのだった。


 一方、クライドを追いかけて地下通路へと足を踏み入れた一行は、駆け足で進んでいた。
「ここって、わたし達が使ったのとは別みたいだね」
「多分、大聖堂の地下には、大量の通路が通っているんだろうね」
 ターヤが零した疑問にスラヴィが応じたところで、唐突に先頭のアシュレイが速度を落とした為、皆もまた次第に普段の歩みへと戻っていく。
「血の、臭いがするわ」
「「!」」
 躊躇いがちに落とされた彼女の言葉には、皆が顔色を一変させて緊張を強める。
 そのまま歩いていけば、エルシリアを下敷きにするように倒れているクライドの姿が見えてきた。二人とも既に事切れているらしい上、彼の背中には大きく赤が滲んでいる。彼に隠れて見えないが、おそらくは彼女も似たような状態なのだろう。そして、彼らの傍には地に濡れた大鎌も落ちていた。
 この光景を目にした皆は苦々しげな顔付きとなり、マンスは目を逸らしてしまう。

 アクセルは、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「エルシリア……そっか」
 そしてターヤは、そこから彼女の思考が何となく読めた気がして、無意識のうちに呟いていた。とは言え、やはり死体を見てはいられなくて、視線は少年同様すぐに背けてしまったが。
「御二人のことも、埋葬いたしましょうか」
「うん」
 何とも後味の悪い空気に穴を開けようと提案したオーラに、ターヤは頷く。
 他の面々も異論は無いらしく、頷くか無言かのどちらかだった。
「おかげさまで大分回復しましたので、御二人は私が御連れします。皆さんも、どうぞこちらへ」
 オーラはそう言って二人の遺体を魔術で持ち上げ、皆を自身の周囲へと呼び集めた。
 全員が近くに寄ると、彼女は魔術を使用して《教皇》の間の直前の広間へと転移する。そこでソニアの遺体も回収してから再び移動した先は、大聖堂の裏手に位置すると思しき墓地だった。その空いている場所に三人を埋葬し終えてから、一行は大聖堂の表側へと回る事にする。ただし僧侶や僧兵が待ち構えているかもしれなかった為、警戒も忘れない。
 けれども目的地に到達した一行が目にしたのは、一人残らず気絶して拘束されている僧兵や僧侶達の姿だった。
「これは……」
「おそらく、《山羊座》が言っていたように〔十二星座〕の仕業なんでしょうね」
 レオンスは目を何度か瞬かせ、地下通路での会話を思い出したアシュレイは納得のいった表情となる。
「ハーディとリクが来てたのかな」
 ターヤが独り言のつもりで口にした言葉に対しては、弾かれたようにオーラの両肩が跳ね上がっていた。それを見た彼女は、まだあの二人とは顔を合わせにくいのだと知る。
 だが、幸いな事に、周囲には〔十二星座〕の者らしき姿は見当たらなかった。
「――おーい!」
 その時、聞き覚えのある声がかけられる。思わずそちらを見上げた一行が目にしたのは、一頭の龍だった。
「! テレル!」
「という事は、さっきの声はスコットだね」
 マンスが名を呼んだ事で声の主は判ったが、なぜ彼がここに来たのかは一行には解らない。
 その間にも龍は大聖堂の庭に下り立ち、その背中からはユベールと〔盗賊達の屋形船〕メンバー、そして予想通りの青年が降りてきた。

「ファニー達も連れてきてくれたのか」
「ああ。《女王陛下》にキミらを手伝ってやれって言われたからな、ついでにこいつらも乗せてきたんだが……どうやら、その必要な無かったみてぇだな」
 少々驚いたような顔になったレオンスには、セアドが説明がてら応える。それから他の面々と同じく周囲を見回し、逆に驚きを顔に覗かせる。
 話すと長くなりそうだったので、一行は〔十二星座〕の仕業である事は黙っておく事にした。
 そこで、テレルが軽く鳴いた。
 何事だとそちらを向く前に、皆はざわめきが起きている事に気付く。見れば、聖都の住民達が窓から顔を覗かせたり、外に出てきたりしていた。先程までは〔教会〕が不穏な雰囲気だった為、家や店などに閉じ籠っていたのだろう。
 彼らは龍が間近に居る事に驚いているようだったが、〔教会〕の敷地内に居るという事もあってか、すぐに何やら勘違いをしたらしく、熱心に拝み始めていた。庭に植えられている背の高い樹木やテレルの巨体にでも隠されているのか、どうやら彼らにはターヤ達の姿は見えていないようだ。
 これはこれで結果オーライなのかもしれないと思いつつも、事情を知っている身としては苦笑いを浮かざるを得ないターヤである。
「それで、〔軍〕の方はどうなった訳?」
 害が無いと解ればアシュレイはそちらを視界の外に追いやり、ユベールへと問いかける。
「その事なんですが、僕が暫定《元帥》となって〔軍〕を建て直し、二度と同じ過ちを繰り返さないよう《元帥》の権利を減らし、補佐の人数を増やす事に決まりました。また、〔盗賊達の屋形船〕並びに〔君臨する女神〕との提携についても同意を得ました」
「おっ、暫定とは言え《元帥》だなんて、すげぇじゃねぇかよ、ユベール!」
 彼の回答にターヤ達は驚きで目を丸くし、アクセルはまるで自分の事のように嬉しそうな様子となる。
 逆にアシュレイは、どこか感慨深そうな表情となっていた。
「あいつを尊敬していたあんたが、次の《元帥》、か。そうね、せいぜい頑張りなさいよ」
「おまえなぁ、そういう言い方をするから誤解されるんだよ」
 アクセルの呆れ声には、ターヤもまた苦笑いで同意する。アシュレイは一言余計であったり、相手の怒らせるような言い方をしてしまったりするので、敵を作りやすいのだと思っていたからだ。
 この内容には呆れたような仕草を取ってみせてから、レオンスはファニー達に声をかける。
「ところで、おまえ達は〔軍〕に協力する事に対して、異論は無いのか?」
 彼としてはすっかりと忘れていた重要な内容だったのだが、今度は彼らが何を今更とばかりの呆れ顔になっていた。
「なーに言ってんですかい、お頭。嫌だったら、とっくにそう言ってますって」
「そうそう。お頭にもそう言われちまったし、何たってユベールは、ファニーのこれだからな!」
「ち、違うわよ!」
 〔屋形船〕の一人がふざけた調子で小指をしっかりと立ててみせた為、弾かれるようにしてファニーは叫んでいた。
 逆に、ユベールは困ったような笑みを浮かべている。
(……ん?)
 そのような光景を微笑ましさ半分苦笑半分で眺めていたターヤは、そこでふと、ざわめきがほんの少しだけ戻りつつある事に気付く。気になってそちらに視線を動かせば、レジナルドが民衆へと何事かを呼びかけていた。しばらくすると、彼らは納得したように元の仕事や生活などへ戻っていき、テレルに向けられていた視線は消え去る。
 見事な手際に目を丸くしていたターヤは、レジナルドがこちらを振り向いてウィンクしてきた事で更に驚いた。だが、すぐに表情を正して頭を下げる。
 他の面々もまた、各々の動作で礼を表していた。
 それら全てに対して気にするなとばかりに軽く振ってから、レジナルドは再びどこかへと去っていった。
 そしてアクセルは思い出した事があった為、再びユベールと目を合わせる。
「そうだ、ユベール。さっきの続きなんだけどな、俺は一旦調停者一族に戻ろうと思ってるんだ。おまえも行くだろ?」

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