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三十七章 聖なる悪夢‐convertimini‐(11)

「ええ、偶然発見したもので。いっその事、私に使用してみようかとも思いましたが、生憎、適合する闇魔は既に〈禁書〉からは居なくなってしまっていましたから、代わりにヴェルニー司祭を選んだのですよ。ちょうど、適合するようでしたから」
 肯定しながらクライドは膝に乗っていた一冊の本を手に取り、一行にも見えるように持つ。
 ターヤと同じく、そこから微量ではあるものの闇魔の気配を感じ取れたアクセルは、激情に突き動かされてクライドへと食ってかかっていた。
「てめぇのせいでソニアが……!」
 しかし相手が怯む事は無く、寧ろ彼の痛いところを突いてきた程だ。
「おや、彼女をそこまで追い詰めてしまったのは、他ならぬ貴殿ではなかったのですか?」
「っ……!」
「反論できないという事は図星なのですね。ならば、貴殿に私を責める権利などありませんよ」
 反論できずに声を詰まらせてしまった彼をここぞとばかりに嘲笑ってから、クライドはようやく重い腰を上げた。
「さて、私の野望の為にも、貴殿らには消えていただかなければなりません」
 これに対して皆は、すばやく戦闘体勢を取る。武器を手にし、各々の立ち位置に動き始めた。
 だが、この言葉に反応したターヤは一人、弾かれたように叫んでいた。
「そうやって、目先の事だけしか見えてないから、本当に大切なものが何なのかも判らなくなっちゃうんだよ!」
 瞬間、クライドの表情から笑みが消える。その冷えた視線が彼女を捉えた。
「何が、言いたのですか?」
「自分の事にも周りの事にも気付けずに、一人で空回りしてるあなたって、本当に可哀想」
 問いかけられた内容には答えず、ターヤは自分なりの皮肉を込めて、相手へと真正面からぶつけてやる。
 少々予想外の事態には皆が目を丸くすると同時、クライドが憤怒の形相となっていた。
「私をそのような言葉で言い表すとは……格下風情が調子に乗るな!」
 椅子の脇から〈聖書〉を取り出すや否や、彼はある頁を開く。
 それを受けて、一行もまた前方に飛び出したり〈結界〉を構築したり詠唱を始めたりと、それぞれの行動に移った。
「させるとでも思ってる訳?」
 そして彼の狙いを知ったアシュレイは、ターヤの前に躍り出ると同時、獣化して《マフデト》と化す。
 その光景を目にしたクライドは、これでもかとばかりに両目を見開いた。これにより集中力が散漫したらしく、ターヤの頭上に浮かびかけていた魔法陣も消える。
「それが、貴殿の正体だという事なのですね……獣風情が……!」
「わざわざ、あんたの目の前で獣化してやる為に温存しといたんだから、感謝しないさいよね。結構疲れるのよ、魔物の姿になるのは」
 嫌悪感を剥き出しにした相手に対し、アシュレイは彼女らしい挑発を返す。
 十年以上も前より〔教会〕は魔物を嫌う傾向にあった。その言い分としては、魔物は神の使いである《聖獣》と対比される邪悪な存在だから、だそうだ。無論そのような事実など無いのだが、魔物への恐怖心もあって、一般人には信じられていた。
 無論、それは現《教皇》たるクライドも例外ではなく、その意識は眼前の魔物に釘付けとなる。
 ちょろいと内心ほくそ笑みながら、アシュレイは真っすぐ相手へと向かっていった。
「〈天罰〉!」
 しかし、クライドもそこまで愚かではない為、接近してくる一匹と三人、並びに後方に陣取っている三人へと向けて魔術を放つ。
 上空から降り注いできた光の雨を、マフデトとスラヴィとレオンスは自らの身体能力を駆使して避け、アクセルは大剣で、後衛組はオーラの張った〈結界〉で防いだ。
 今と言い先程と言い、無詠唱で魔術を使用してきたところを見るに、どうやら〈聖書〉は魔道具故に詠唱を必要としないらしい。
 それならば魔術を使う隙を与えなければ良いと考え、マフデトは相手の眼前へと迫る。

『!』
 だが、振り下ろした前脚は、見えない何かに阻まれて標的までは届かなかった。
「まさか、私が自らの力量を測れていないとでも思っていたのですか? 貴殿らが手練れ揃いである事など、最初から百も承知ですよ。何より、ここは私の庭でもあるのですから」
 相手の驚き顔が見られた事でクライドは余裕を取り戻し始める。
「――〈技攻上昇〉!」
 そこでターヤの支援魔術が発動し、マフデトを包み込んだ。
 上昇したパラメータで再度攻撃を仕かけるマフデトだが、やはり不可視の防護壁はびくともしなかった。通常ならば一行随一の火力を誇るアクセルが加勢しても、それは揺るがぬ事実のままだ。
「どうやら、なす術も無いようですね。――〈昇天する光〉」
 すっかり落ち着きを取り戻したクライドは、余裕たっぷりに次の魔術を差し向ける。
 自らの足元に魔法陣が浮かび上がった事を察したマフデトは、アクセルの首根っこを掴んで即座にその範囲内から離脱した。
 それを追撃するように、クライドは更に魔術を続ける。
「〈聖なる断罪〉」
「――〈火精霊〉!」
 けれども、同時に召喚された《火精霊》が、光の剣を繰り出した炎で相殺していた。
 体制は整いつつある一行だったが、相手を護る不可視の防護壁をどうするかという点には、まだ解決策が無かった。今回も〈結界〉の構築を担当しているところを見るに、オーラに頼む訳にはいかなさそうなので、〈反魔術〉を試してみる事もできない。
 ともかく相手の注意を引き付けておくべく、アクセルを下ろしたマフデトはまた前方へと向かっていった。
 火龍もまた豹をサポートするべく前の方に出る。
「――〈睡眠付加〉!」
 ターヤはクライドを眠らせようと試みるが、不可視の防護壁には〈反魔術〉のような効果でもあるのか、効果は無いようだった。それでも彼女は引きずらず、すぐ次の詠唱に入る。
 一方、クライドは徐々に気分を高揚させ始めていた。
「無駄な足掻きですよ。この防護壁は、どのような攻撃や魔術であろうとも通しません。――〈天啓〉」
 彼はここでも上級魔術を使い、相手をそれぞれ光で包み込んで攻撃する。回避はほぼ不可能な魔術であった。
「くっ……!」
 獣化によりステータスが二倍になっているマフデトと、高密度マナ圧縮体故に魔術には殊更に耐性のある《火精霊》はともかくとして、受け身を取っていても生身のアクセルが受けたダメージは実に大きかった。魔術が消えると同時に彼はふらつくも、大剣を地面に突き立てた事で何とか倒れはしない。
 それを見たクライドは、様を見ろとばかりの嘲笑を浮かべる。
〈結界〉に護られていたターヤは、すぐさま治癒魔術の詠唱を始めていた。
「――〈火精霊〉!」
 ここでマンスの詠唱が終了し、《火精霊》の制限が解かれた。彼はその火力で押しきれないものかと思い、脳内で火龍に命じて相手へと炎の渦を差し向けさせる。
「〈裁きの光〉」
 だが、クライドはそれを無視するのではなく魔術で迎え撃った。
 瞬く間に光が炎の渦を浄化し、そのまま攻撃手へとカウンターの如く襲いかかる。しかし、本来の力を発揮できている《火精霊》には大した事ではなく、炎の壁で呆気無く相殺された。
「――〈治療〉!」
 マフデトと《火精霊》は大丈夫だろうと踏んでいたターヤは、アクセルの治療を優先する。
 だが、依然として相手は強固な壁の中で護られている為、手出しはできなかった。

ルパラディ

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