The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十六章 崩れゆく柱‐father‐(5)
「あの《腹話術師》と《暗殺者》を倒せる相手なんて、それこそ……クレッソンしか考えられないわ」
その状況から犯人を推測できたアシュレイは、やられたと言わんばかりに悔しげな声を出す。
皆もまた、まさかクレッソンがフローランとエディットを切り捨てるなどとは思ってもいなかった為、出し抜かれたような気分になっていた。
そのような中で、スラヴィは小首を傾げていた。
「でも、あの二人を切り捨てるって事は、何かクレッソンにとって都合の悪い事でもあったのかな?」
「多分そうなんだろうな。それが何なんかまでは判らねぇけどよ」
アクセルが苦々しげな顔でそう応えたところで、オーラが報告を次の内容へと移す。
「それから、〔騎士団〕壊滅の報せを受けた〔軍〕が本日未明、首都ハウプトシュタットの制圧にも乗り出したようです。現在の時刻は午前七時ですから……おそらく、〔騎士団〕の居ない首都は、既に制圧されているものかと思われます」
「「!」」
こちらにも一行は驚きを露わにするしかなかった。
アシュレイが、途端に動きを止める。
そして、これを聞いたターヤは思い出す事があった。
「そう言えば〔屋形船〕を襲ってきた後は、特にギルドを襲撃したって話は聞いてないよね。……昨日の朝、乗り込んだばっかりだし」
「その事についてなのですが、どうやら一昨日の昼頃〔PSG〕をも襲撃していたようです。無論、ヴァンサンさんが〈結界〉により追い返されたそうですが。その時はいろいろとありましたので、すっかり御伝えするのが遅くなってしまい、申し訳ございません」
気を使ってオーラはなるべくぼかすようにする。一昨日の昼頃と言えば、エマが正体を露わにして離反した頃だったからだ。
一方、まさか〔PSG〕――世界樹の街をも標的にしていたとは知らず、皆は呆気に取られてしまう。とは言え、彼らが〔PSG〕が世界樹の街と繋がっている事を知らなかった可能性もあるのだが。
「話を元に戻させていただきますが、ニールソンさんは先代《元帥》のように、獣人や動物の方を強制的に働かせているようでしたので、制圧も早いかと思われます。また、現在の彼は、自らの目的の為ならば手段を選ばなくなってもいるようですから、首都も大変な状況になっているかと」
淡々と言葉を紡ぐ居オーラだったが、努めてそうしようとしている事は一行の誰もが見抜いていた。次いで、自然とその場に居る全員の視線がアシュレイに集中する。
その目は僅かに見開かれていたものの、彼女はすぐに大きく息を吐き出してから全員を見回す。まるで自分の事は心配しなくても良いと告げるかのように。
「大丈夫。今度は必ずとどめを刺すわ。元部下のけじめとして、あたしがニールソン・ドゥーリフを倒す」
今度は、という部分を強調して自身に言い聞かせるかのように宣言したアシュレイの顔にあったのは、強い決意の色だけだった。
この表情を見たターヤは思わず安堵する。同時に、ニールソンはメイジェルと同じように殺さなければ止められないのだろうか、という不安と恐怖も覚えていた。
(やっぱり、人が死ぬのは凄く嫌だ。フローランもエディットもオッフェンバックもニールソンも、笑って人を殺せるような人だったけど……でも、それでも、死んでほしいなんて思ってなかった)
そう思えば、アクセルに対するエマの憎悪に満ちた顔が浮かび、そして他ならぬ自分を最愛の人の仇として認識していたメイジェルの形相を思い出す。再び心臓を突き刺されたような心地がした。
そんな彼女に気付きつつも、あえて誰もそこには触れない。
「ともかく、これで俺達のやるべき事も決まった訳だ」
自分を含めた全員に言い聞かせるようにして紡がれたレオンスの言葉に、その場に居る全員がしっかりと各々の動作で同意を示した。〔騎士団〕の方も気にはなるが、まずは〔軍〕の横行を止める事が先決だと思っていたからだ。
「それと……《鉱精霊》さんが居なくなられてしまった為、〈鉱〉の元素が急激にバランスを崩し、その影響が魔術にも鉱物自体にも現れています」
言いにくそうな様子でオーラが口にし始めた次なる内容には、特にマンスが顔色を一変させる。
主に石や宝石など鉱物の素となる〈鉱〉――それを司る《鉱精霊ミネラーリ》が死んでしまったという事は、その辺りに異変が生じても何らおかしな事ではないのだ。
どうしてすぐその事に気付かったのだろう、とターヤは内心で自らを叱咤する。
「〈鉱〉の元素が行き渡らずに一部の鉱物が死にかけてしまうなど、以前より影響は少々見られていましたが、彼女の死をきっかけとして加速してしまったようです。現在は、《精霊女王》さんが一時的に彼女の代役をも務められていらっしゃるようですが」
オーラの言葉の後半に、思わずマンスは両手を握り締めた。
まさか既にそのような状態になってしまっていたとは思いもよらず、皆の顔は益々引き締められていく。事態は、思っていたより芳しくはない状況であったのだ。
そしてターヤには、マンスの顔付きが今までにも増して決意に満ち溢れているように見えた。
「そして《鉱精霊》さんが居なくなられたという事は、〈星水晶〉にかけられていた制限が完全に消滅してしまったという事をも意味します」
「それって、《守護龍》と同じように〈星水晶〉を護ってたりしてた、って事?」
続くオーラの言葉から思い浮かんだものを、ターヤは遠慮がちに言葉にしてみる。
すると彼女は首を軽く横に振ってみせた。
「《世界樹》さんは《守護龍》さんに代々〈星水晶〉の守護を依頼されていたように、《鉱精霊》さんにもまた代々、ある一定以上〈星水晶〉が成長しないよう制御を頼んでいらっしゃいました。元より〈星水晶〉は欠片であっても強いエネルギー源となり得る鉱物です。それ程の鉱物が巨大化してしまっては、全世界における〈鉱〉元素のバランスを崩しかねませんので」
返答された内容に驚くと同時、そこまで管理しなければならない程〈星水晶〉とは凄まじい鉱物なのだとターヤ達は改めて知る。
そこで、顎に手を添えていたアシュレイが何かを思い付いたように口を開く。
「って事は、もしかするとクレッソンの狙いはそこにあったのかもしれないわね」
「え、どういう事?」
きょとんと首を傾げたマンス達に向けて、彼女は自らの考えを述べる。
「あいつ、北で行う目的とやらに一定以上成長させた〈星水晶〉でも使うつもりなんじゃないの? だから〔ウロボロス〕を利用して《鉱精霊》を弱らせ……そして、こうなるように仕向けたんじゃないかしら?」
ただしマンスを気遣ってか、アシュレイは途中で言葉を濁した。
けれども、彼女の言い分は皆に伝わっており、なるほど確かにと思えるようなものである。クレッソンは既に一行の前で何度か〈星水晶〉を使用している上、それを求めてアウスグウェルター採掘所に部下を派遣してもいたからだ。
レオンスもまた、顎に手を当てながら呟きを零す。
「〔ウロボロス〕を陰から援助していた事には二重の意味があった、という事か」
「ええ。ニスラは、実に用意周到ですから」
肯定するオーラの声には、悔しさから滲み出たかのような棘らしきものが見え隠れしている。
「でも、その《鉱精霊》がもう居ないって事は、今頃クレッソンが〈星水晶〉を成長させようとしてるかもしれないって事だよね。もしかしたら、まだなのかもしれないけど」
「そもそも、彼が今どこに居るのかも判らないからね。〔騎士団〕を壊滅させたのが本当に彼なら、今頃は北大陸に向かってそうだけど」
少々不安を感じながらターヤが呟けば、スラヴィもまた似たような様子で続けるように考えを述べた。
他の皆もまた、この話題に関して思考を巡らせている。
「まあ、北に行くって言うあいつの言葉が、本当かどうかも怪しいところだけど。嘘をついてあたし達を惑わせようとしてる線も考えられるし、だいたいあたしが言った考え自体、憶測に過ぎないもの」
しかしアシュレイの発言から始まった話は、最終的に彼女本人によりばっさりと切られた。
皆もまた現段階では想像の域でしかない事は解っていた為、ひとまずそちらは頭の端へと追いやる事にする。
ただし、オーラだけは両方の瞼を下ろし、何事かを深く思案するような様子となっていた。
ヴェントリクイスト