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三十六章 崩れゆく柱‐father‐(4)

「――なるほど、君もただの女であった訳か、アスロウム氏」
 そこに割って入ってくる、彼女の心境を顧みる気など微塵も無い声。
 それが誰のものであるかなど、彼女には一発で解ってしまった。緩慢な動きで背後を振り向けば、少し離れた場所には案の定クレッソンが立っていた。
「《団長》……」
「君が裏で、私の計画を妨害しようと動いていた事は既に知り得ている。……後は、言わなくとも解るだろう?」
 下されたのは、紛れも無い死刑宣告だった。
 それでもセレスは、その場から一歩たりとも動けそうにはなかった。


 そこから時間は進んで、その翌朝。
 すぐにでもこの場を発てる準備のできていた一行は、オーラから重要な話があるとして集められていた。彼女はその手に武器である筈の魔導書を、真ん中くらいの頁を開いた状態で持っている。その真剣且つ苦々しげな表情から、あまり喜ばしくはない内容なのだろうと皆は察していた。
 彼女は全員を見回すと、表情はそのままに口を開く。
「まず先に、昨日の未明〔月夜騎士団〕においてアンティガ派が一掃されたそうです」
「「!」」
 予想していた方向とは若干ベクトルが違ったものの、告げられたのは充分衝撃的な内容であった。たった一日前に《団長》直々に宣戦布告してきたばかりだというのに、と全員が思ってしまった程だ。
「え、でもセレスは? だって、昨日――」
「セレスさんは、元々クレッソン派のスパイとしてアンティガ派に潜入していたようです」
 即座に疑問を生じさせたターヤだったが、これに対する返答もまた衝撃的なものだった。
 他の面々の中には、呆気に取られたような顔をしている者も居る。言わずもがな、その筆頭はアシュレイだ。
「ですが、可能な限り裏で手を回して、彼らを助けようとはしていたようでした」
 付け足された言葉にターヤは胸を撫で下ろした。彼女が殺人を犯した事があるのか否かまでは知らないが、〔騎士団〕内ではブレーズの次くらいに、根は優しい人物なのではないかと感じてきていたからだ。メイジェルの親友である彼女を信じたかったというのもある。
「けど、あのクレッソンが裏切りに全く気付かないでいるとも思えないわ。あいつは目がどこにでもあるのかってくらい目敏いもの」
「ええ、彼は実に疑り深く慎重な人ですから。無論、セレスさんの裏切りにも気付いていたようです」
 アシュレイの経験談を含んだ指摘は、手元の本に視線を落としたオーラによって肯定される。
「そして、ここからが本題なのですが、昨日の夕刻頃〔騎士団〕の本部が火の海に包まれて崩壊、一時間後には完全に焼け落ちたそうです。焼け跡からは幾つもの死体が発見されており、ここにはアンティガ派の方も含まれているものかと。……今のところ、生存者は居ないようです」
「「!」」
 続けられたのは、皆にとってはまさかの事実だった。てっきりクレッソン派が完全に〔月夜騎士団〕というギルドを掌握したものだとばかり認識していただけに、受けた衝撃も先程のものよりも大きい。
 そして、ターヤはこの一連の話の流れに嫌な予感を覚え、恐る恐る口を開いていた。
「じゃあ、まさかセレスも……?」
「彼女らしき遺体が発見された様子はありませんが、先日私達と別れた後セレスさんは〔騎士団〕の本部に戻ったようですし、ちょうど、そのくらいの時刻に本部で爆発が起こったようなので……」
 そこでオーラの言葉は途切れた。
 ここから、〔月夜騎士団〕は壊滅したと断言しても良いくらいの状態なのだと、皆は知る。

「それにしても、このタイミングで壊滅とは……アンティガ派による反乱という線は薄そうだな。クレッソンの事だ、幾らセレスが裏で手を回していたとしても、不穏分子は一人残らず殲滅していそうだからな」
 顎に手を添えて熟考し始めたレオンスの言葉にアシュレイは頷く。
「そうね、あの男ならそれくらいしてみせるわ。でも壊滅って言ったって、クレッソンとその側近くらいは生きてそうよね。と言うか、これもあいつの仕業なんじゃないの?」
「え、何で?」
 彼女の発言にはマンスが首を傾げた。
 ターヤも同意見だった。対立する派閥を徹底的に排除しておきながら、完全に掌握した筈のギルドを自ら捨てる意味が解らない。
「あいつ、昨日北大陸に行くって言ってたでしょ? だからそのついでにギルドごと、〔ウロボロス〕との繋がりを示す証拠になりそうなものとか、とにかくいろいろと都合の悪いものを消去しようとしたんじゃないかと思ったからよ」
 突然だった事は理解していたらしく、アシュレイは答えた。
 言われてみれば確かにとターヤは納得したが、同時に更なる疑問も生じてきた。
「でも、だからってギルドごと抹消しようとするかな……? だって、戻ってくる所が無くなっちゃうよね?」
 マンスも同じことを思っていたらしく、うんうんと頷いている。
「そもそも、戻ってくる気が無いんじゃないかとあたしは読んでるわ。――違う?」
 これに対し、アシュレイは持論を述べる。そして、そう言いながら他ならぬオーラへと視線を移した。
 それを肯定するかのように彼女は首肯する。
「おそらくは、アシュレイさんの推測通りかと。《世界樹》さんを掌握すると仰っていましたから、彼にとって〔月夜騎士団〕というギルドは、もう不必要なのでしょう」
 アシュレイとオーラの意見を聞き、ターヤは納得できた。言われてみれば確かに、この世界の最重要部である《世界樹》を掌握できたのならば、そのまま世界樹の街に居座れば良い。世界そのものにとっての脅威など、殆ど無いのだから。そうなれば計画が最終段階に入っている現在、余分なものと共に〔騎士団〕自体を捨てても何らおかしくはないだろう。
「あのギルド自体も、クレッソンにとっては〔ウロボロス〕と同じように駒の一つだったんだね」
 そしてそこに続けられた為か、スラヴィの言葉は的確であるようにターヤは感じた。
 皆もまた同意見らしく肯定の顔になっている。
「けど、オッフェンバックもセレスももう居ねぇって事は、あと〔騎士団〕に残っている幹部は、フローランとエディット……それに、ブレーズって事になるのか」
 そこでふと気になったアクセルは、呟きながら指を折り出した。
「あとは……エマ様も、ね」
 主に自分自身に言い聞かせるかのようにアシュレイがその名を付け足した瞬間、皆の表情が動く。表情を強張らせた者、視線を逸らした者、小さく反応しただけの者と、まさに多種多様だった。
 特にターヤは、思わず唇を噛みそうになっていた。
「いえ……焼け跡からは、アズナブールさんとヴェルヌさんらしき遺体も発見されたそうです」
「「!」」
 けれどもオーラが告げた更なる衝撃により、皆の意識はほぼ完全にそちらへと持っていかれる。それ程までに予想外すぎる内容だったのだ。
「フローランとエディットが……!?」
 例え敵であったとしても、人が死んだという事実はターヤにとって重すぎた。驚きよりも強い痛みに胸部を襲われてしまい、反射的にそこを押さえる。
 他の面々は驚愕の方が大きいらしく、顔をほぼそれ一色にしていた。
「別人じゃないの?」
「いえ、間違いなくあの御二人でした」
 確かめるようにスラヴィが発した疑問には、即座にオーラが否定を返す。
 そして彼女がそう言ったとなれば、誰もこの話の信憑性を疑おうとはしなかった。

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