top of page

三十六章 崩れゆく柱‐father‐(10)

「「!」」
「あれは……!」
 彼らを目にした皆は驚き、アシュレイとユベールは苦々しげに表情を歪める。〔屋形船〕の面々もまた、現《元帥》が先代のように強制的に従わせていると知っていたのだ。
「首都の制圧はやらせてなかったんだな。道理で、ここに来てから一回も見かけなかった訳だぜ」
 アクセルがそう呟けば、アシュレイが即座にユベールを見る。
「あれは五年前と同じ物なの!?」
「は、はい!」
 若干の焦燥が滲み出た鋭い問いだったが、慌ててユベールは答えた。
「改良されているようですが、構造は同じです。ですから、魔道具に強制的に動かされている状態なので、あれを破壊すれば、彼らを解放すると同時に眠らせる事ができます!」
「了解したわ!」
 回答を受けたアシュレイは、爆発的な瞬発力を持って彼らの許を目指す。難無く狼の懐に潜り込むや否や、レイピアでコアを突き刺して破壊した。そうすればユベールの言った通り、相手は気を失ってその場に倒れ伏した。
 遅れて動き出した面々も、彼らを傷付けないよう注意しながら魔道具だけを狙って壊していく。上手くいかずに攻撃を受けてしまう者も居たが、その場合は近くに居た者が援護したり庇ったりして、互いに助け合っていた。
 足を負傷しており思うように動けないユベールは、目を凝らしながら全体の状況を把握して指示や忠告を出す事に努める。
 ヌアークは彼らを従わせる事で攻撃の手を止めさせていたが、一度に服従させられる範囲が決まっている上、中にはその能力を受け付けない強い魔物も居たので、思うようにいっていないようだった。
 けれども前述のように強力な魔物も居り、思っていた以上に数が多かった為、すぐには終わりそうになかった。
「ったく、あの馬鹿しら……《元帥》の奴、いったいどこから、これだけの子達を集めてきたのよ!」
 自分と同じ境遇にされてしまっている者が居る事への苛立ちもあって、アシュレイが叫ぶように悪態をつきながら魔道具を壊す。最初ニールソンを『白髪』と呼びかけたのは、決してターヤの気のせいなどではないだろう。
「お頭、皆さんと行ってくだせぇ!」
 このままでは埒が明かないと踏んだらしく、〔屋形船〕の一人がレオンスへと声を放った。
 そうなれば、そうですぜ、俺達の分も頼んます、などという声が続いて上がる。
「だが――」
「まさか、お頭は俺達が信じられないとでも言うんですかい?」
 思わず反論しかけたレオンスだったが、そう言われてしまっては返す言葉も無かった。
 そんな彼へと、〔屋形船〕のメンバーは背中を押すように声をかけていく。
「ここは俺達だけで何とかなりますって!」
「ちゃんと住民の皆さんも助けてみせますよ!」
「そうそう! それに《女王陛下》の嬢ちゃんも居るんだしよ。なぁ?」 
 先程あれだけ偉そうにしておいて、まさか逃げるような事はしないよな、とでも言いたげな視線だった。
 試すかのように向けられるそれを受けて、ヌアークは上等だとばかりに笑みを湛えてみせる。それからレオンスと一行に視線を寄越した。
「そうよ、あたくしとこの子達も居る事を忘れていて? 正直脇役というのは気に入らないのだけれど、借りを返すと言った手前、そんな事も言ってられないもの。だから、あなた達は《元帥》をちゃんと止めてきなさいな」
 暗にここは任せておけと、彼女もまた告げていた。
 彼らの好意に甘える事にした一行は、次々と戦線から離脱して〔軍〕本部へと向かって駆けていく。

「《元帥》のことを、お願いします、スタントンさん」
「ええ、あんたの分も、あいつを殴っといてやるわ」
 横を通り抜ける際かけられたユベールの声に、そちらを見ずにアシュレイは応えた。
 そしてファニーもまた、レオンスへと声をかけている。
「行ってらっしゃい、レオン!」
「ああ。街中は任せたからな、おまえら!」
「「おぉ!」」
 気合いの籠った声を背中に感じながら、一行は〔軍〕本部へと突入していったのだった。


 殆どの人員が街中に出ており、動物や魔物もまた出払ってしまった〔軍〕本部の警備は、実に手薄な状態となっていた。正門はどうぞ入ってくださいとばかりに開け放たれており、警備など一人も居ない。勿論、建物の正面扉にも施錠はされていなかった。
 簡単に中に入れてしまった一行は、その呆気無さに寧ろ呆然としてしまう。
「……随分と不用心ね」
「それとも、もう警備を必要が無いと思ってるのかな」
 呆れ顔になったアシュレイには、スラヴィがちらりと視線を寄越した。
 彼女は首を動かしてそれを受け止め、ご尤もと言いたげな表情になる。
「そうね、ニールのことだからありえそうだわ。ここまで堂々としてるって事は、きっと何かしらの勝算があるのよ、あいつには。あたし達を惑わせようとしてるのも、あるかもしれないけど」
「それなら、いっそう警戒しないといけないね」
「ええ」
 ターヤの言葉には頷きが返された。
 そのまま奥へと進んでいけば軍人達と接触する事になったが、その数は以前侵入した時と比べれば圧倒的に少なかった。しかも気配を感じる度に速攻で飛び出していったアシュレイが全員を一撃で昏倒させ、オーラが魔術で拘束してしまったので、一行は戦う事無くして目的地の前に辿り着けてしまったのだった。
 一方〔軍〕本部に足を踏み入れてから生じて徐々に強くなっていき、そして目的地を目前にしたところで身体に不調を起こさせ始めている鼓動を、オーラは何とか押さえ込んでいた。それでも〈星水晶〉の術式程では無いにしろ、それと同様に戦闘には少しばかり支障を来たしそうなレベルではある。
(これは……やはり、ケルベロスと共鳴しているのでしょうね)
「オーラ、大丈夫?」
 彼女の顔色が徐々に悪くなっている事に何となく気付いていたターヤは、強敵と対面する前に声をかけておく事にした。
 オーラは隠し通していたつもりで実際にはできていなかったと知って驚くと同時、自身に嘆息する。
「はい、今のところは大丈夫です。御心配をおかけして、申し訳ありません」
 それからすまなさそうな笑みとなってターヤに応え、続いてスラヴィを振り向いた。
「スラヴィさん、申し訳ありませんが、今回は私に〈結界〉の方を任せてはいただけませんか? 足手纏いになるつもりはありませんが、おそらくこの体調では、魔術を使ったところで的確に命中させる自信がありませんので」
 つまるところ、広範囲攻撃魔術を使用した際に味方にも当ててしまう恐れがある、という事だった。
 広範囲を対象とした攻撃魔術の範囲内に味方も居た場合、術者は自らの命中ステータスの限りで、彼らに当てないようにする事が可能だ。ただし、それは万全の状態であるのが前提な為、術者が異常状態になっていたり体調不良になっていたり怪我を負っていたりと集中力に難がある場合、敵味方の区別が上手くできなくなる可能性が浮上してくるのである。
「うん、解った。君に俺の代わりを任せるから、君の変わりは俺に任せといてよ」
「はい、宜しく御願いします」
 即座に頷いてみせたスラヴィに、オーラは深々と頭を下げる。それからもう大丈夫だと示すように、一行の眼前に位置する扉へと向き直った。

ページ下部
bottom of page