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三十五章 女神の騎士‐idea‐(7)

 彼女は応えを寄越さなかったが、構わずオーラは続ける。
「貴女に、どうしても会っていただきたい方が居るのです」
 その言葉に、ヌアークは拒否を示さなかった。


 かくしてオーラが皆を連れて向かった先は、首都ハウプトシュタットのミーミル報道本社であった。
 当の本人以外は、入り口近くの隅で、その意図が全く解らずに困惑するばかりだ。
 ちなみに二匹の魔物は、建物の外――その裏手で待機させられている。
 ヌアークもまた徐々にプライドが顔を覗かせてきたらしく、道中は最初と同じようにズラトロクの背に腰かけ、建物内では自らの足で歩いていた。
 それから、サンダーバードへの〈マナ〉供給源として使われていた〔君臨する女神〕の男達は、アリアネと彼女が連れてきた動物達によって連れて帰られた。
 そして彼らを二重の意味合いで置き去りにしたまま、オーラは受付に居た女性に何事かを話している。どこか切羽詰まっているかのような、真剣な表情だった。受付の女性は困ったように対応しており、オーラが無茶を口にしている事を窺わせる。
 オーラにしては珍しい様子に一行が驚いている間にも、やがて話がついたらしく彼女は戻ってきた。そしてヌアークを真正面から見据える。
「ヌアークさん、きっと貴女にとっても、彼にとっても――」
「スミマセン、お待たせしマシタ!」
 彼女が全て言い終える前に、どたどたと慌てたような足音と共に一人の男性が姿を現した。その特徴的なアクセントから、ユルハだと即座に一行は理解する。
 だが、ユルハの足と声はそこで止まった。その両目は、驚愕の色を持ってヌアークへと向けられている。
「……ヌアー、ク?」
「おとう、さま……?」
 少女もまた男性を目にして、呆気にとられていた。
 そして一行は、彼女がユルハに対して使った呼称に意識を奪われる事となる。
「ユルハさんが、ヌアークのお父さん……」
「あまり似ていないな」
 ターヤはぽかんと口を半開きにして固まり、レオンスはついつい本音を口から零してしまう。
 けれども外野の声など耳に届いていないらしく、ふらりとユルハはヌアークへと近付いていく。まるで花に引き寄せられる蝶のように。
 ヌアークもまた、よろりと両足を動かして彼へと近付いていく。
 そうして互いに触れ合える位置まで来た男性と幼女は、互いを真っすぐに見つめた。夢を見ているかのような驚き顔のままなのは二人ともだったが、手を伸ばしたのは男性の方だった。ゆっくりと遠慮がちに伸ばされた掌が、そっと幼女の頬に触れる。壊れ物でも扱うかのように優しい手付きでそこを撫でてから、ようやく彼は意識が現実に戻ってきたようだった。
「――ヌアークっ!」
 そのまま上から覆い被さるかのように、ぎゅっとユルハはヌアークを抱き締める。
「お父様っ……!」
 彼女もまた、それにより父と再会できたのだと頭が理解でき、弾かれるようにしてその抱擁に応じた。その瞑られた目から、涙が滴り落ちる。
 まさに感動の再会と言うべき光景に、思わずターヤは貰い泣きしそうになってしまった。
「やっと、やっと……!」
 そこで聞こえてきた嬉しそうな声に視線を動かせば、斜め前ではオーラが胸元で両手を重ね合わせて、心の底から安堵したような顔をしていた。この場においては最も感慨深そうな様子である。彼らが親子であると知っていた事と言い、彼女は二人をずっと会わせたかったのだろうか、とターヤはふと思った。
 エフレムもまた主君とその父親を見つめながら、無表情を崩していた。仄かな笑みが、そこには浮かべられていたのである。

 そして彼と一行どころか、その場に居た〔自動筆記〕のメンバーと、いつの間にか現れていたメンバーもまたこの光景を温かい目で見守っていた。皆ユルハの事情を知っていたのか、中には喜びながら涙ぐんでいる者すら居る。空気の読めない者など、この場にはただの一人として居なかったのだ。
 しばらくしてから、ユルハとヌアークはゆっくりと離れた。前者は周囲の変わりように驚いてから困ったように微笑み、後者は顔を真っ赤にして父親の陰に隠れてしまう。
 それすらも微笑ましく見つめてから、一人の〔自動筆記〕メンバーがユルハへと声をかけた。
「ユルハさん、今日はもう上がっても良いよ」
「え、デスガ……」
 躊躇うユルハを遮るかのようにその男性は続ける。
「せっかく娘さんと再会できたんだ、今日くらい仕事をしなくたって誰も咎めないさ。なぁ、みんな?」
 周囲へと肩越しに視線を飛ばしながら彼が同意を求めれば、口々に〔自動筆記〕のメンバー達が同意する。
 その様子を見たユルハは、感極まったらしく両肩を震わせ始めた。
「皆サン、アリガトウゴザイマス、アリガトウゴザイマス……!」
「ユルハさんは、いつも良い仕事をしてくれるしね」
 気にするなと言うように片手を振ってから、その男性を筆頭として、集っていた〔自動筆記〕のメンバーは皆持ち場へと戻っていった。どうやらあの男性は、このギルドにおいては偉い地位に立っている者のようだ。
 彼らを見送ってから、ユルハは一行へと向き直るや深々と頭を下げた。
「皆サンも、本当に、アリガトウゴザイマシタ」
「ううん、ユルハさんが娘さんと再会できて、本当に良かったです」
 首を横に振り、ターヤは彼へと微笑みかける。それから、未だその陰に隠れているヌアークへも。
 彼女は面食らったような顔をするも、すぐに懐かしそうな表情へと変わる。
「……あなたは、あの少女に何となく似ているわ」
「え?」
 聞き取れなかったターヤは首を傾げてしまうが、その時には既に、ヌアークは照れ隠しのように明後日の方向を向いていた。
「な、何でもなくてよ」
 その様子が寧ろ可愛らしくて、本来のヌアークはこんな子だったんだな、とターヤは思った。
「それにしても、〔君臨する女神〕の《女王陛下》が自分の娘だとは思わなかったの?」
 少しばかり踏み込んだ疑問をスラヴィが向ければ、途端にユルハは目を丸くした。
「え、〔君臨する女神〕って……えっ!?」
 その反応から、どうやら初耳だったらしいと一行は知る。
 質問主であるスラヴィもまた、やらかしてしまったと言うかのような顔をしていた。
 ヌアークは僅かに顔を強張らせ始めていた。今まで自分が行ってきた事や、そこにまつわる噂に対する父親の反応がどうなるのか、もしも嫌われてしまったらどうしようかと恐れているのだろう。
「ヌアーク」
 だが、先に彼女の名を呼んだのはアシュレイであった。
 その今までと変わらぬ冷たい声に、自然とヌアークは身構える。
「悪いけど、あたしはターヤとは違って、あんたの所業を許容した訳じゃないわよ」
 流石はアシュレイと言うべきか、ユルハの娘であるヌアークと〔君臨する女神〕の《女王陛下》であるヌアークは、彼女の中では別に位置づけられているようだ。
 当の本人もまた重々承知してはいるらしく、何か言いたげな顔ではあるものの、口は固く引き結んでいる。
「けど、あんたの生き別れた親に会いたかった思いと、自分を助けてくれた人達を護りたかった思いを否定する事は、あたしなんかにはできないわ。それに、あたしも軍人だった時にいろいろとやらかしてきてるから、人の事は言えないし。だから、これからは人助けギルドにでもなってみたら? あんた、自分もまだ子どものくせに、子どもは好きみたいなんだから」
 しかし、アシュレイが続けたのはヌアークにとっては予想外で、一行にとっては解りやすい言葉だった。

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