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三十五章 女神の騎士‐idea‐(4)

『絶対あんたに雷は当てさせないわ! だからお願い、あいつのコアを探して!』
「うん、任せて!」
 マフデトが向けてくれた信頼へと気合いの籠った声を返し、ターヤはサンダーバードの観察だけに集中する。
 そんな彼女を支援するべく、マフデトは先程のようにサンダーバードの周囲を、けれど少し遅めの速度で跳び回る。ただし攻撃された場合は高速で避けていたが。
 彼女を信頼している為、目を凝らして観察に集中するターヤだったが、流石に伝説とも言われる魔物を模っているだけあって、コアはなかなか見当たらない。以前エフレムが連れていた魔導機械兵のように、透明で頑丈な物質で覆われている訳でもなさそうだった。
(この魔導機械兵、やっぱり変だ。コアを露出させてないと〈マナ〉の供給が上手くいかない筈だし、コアを隠しても機能するなんて技術がある筈も無いのに)
 以前機械都市ペリフェーリカに行くまでは機械と魔導機械の違いすら知らなかったターヤだったが、あの後、関連書を読んで勉強したのだ。元々機械に精通していた彼女は、魔導機械と魔道具の構造や特製についてもすぐに理解できてしまった。
 それ故に彼女には、コアと使い手の距離を極力無くさなければ、魔道具も魔導機械もまともに機能しない事が充分に解っていた。
(それに、これだけ大きな物体を宙に浮かべて、あれだけ強力な雷を使わさせられるって事は、使い手はかなりの〈マナ〉を消費している筈だけど……)
 ちらりと下方を窺う。特に目が良い訳でもないターヤにはやはり小さな人影しか見えなかったので、すぐ記憶を漁る方向に転換した。
(でも、ヌアークもエフレムもそんな様子は無かったし……それなら、いったいどこから〈マナ〉を集めてるの?)
 このせっかくの好機にもカラクリが見抜けず、その申し訳無さと難解な問題から、ターヤの思考はぐるぐると回り始めていた。そのせいか、そこに関連した違う方向へと思考が流れかけてしまう。
(それにしても、こんなに何十人も乗れるくらい大きいのが動かせるのなら、飛行機械だって――)
「!」
 そこでようやく、ターヤはサンダーバードのカラクリを理解できてしまった。それと同時に寒気すら覚える。仇敵を倒す為ならば、そこまでやるのかと思ってしまった程だ。
(まさか……まさか!)
 思い浮かんでしまった考えを振り払うかのように、もう一度ターヤは考え直そうとする。けれども、これ以外に条件に当てはまるものなど一つも無かった。そうなれば。弾かれたように彼女はマフデトへと叫ぶ。
「サンダーバードは中に入ってる人達から、無理矢理魔力を吸い上げて動いてるんだよ!」
「「!」」
 図らずとも大声で発される事となったターヤの言葉には、マフデトどころか一行もが顔色を一変させた。


 時間は少し遡って、とある室内では、通信が来た事を知らせる高めの音が鳴り響いていた。
 その音を耳にした青年は作業を中断して机まで駆け寄ると、そこに置いてあった通信用魔道具を手に取って通話状態に変更する。
「――ほいほい、誰や? ……何や、ヴォルトかいな」
 テンションの高めな声はしかし、通話の相手を特定した瞬間にがくりと下がった。
「こちとら、ラウルに頼まれた調べものを片付けてたんやで? ……そや、それや。それだっちゅうのに、何が悲しくてあんさんの声何ぞ聞かなあかんのや。しかもあんさん、〔軍〕への潜入戦作に失敗したんやろ? ……怒るんやないわ、冗談に決まってんやろ。そんで、何の用なん?」
 親しい間柄故にできるぎりぎりのジョークをかましてから、青年は本題へと促す。最初は真剣みを帯びただけだった顔が、徐々に強張っていく。
「……それ、本当なんか? ……せやな、イヴとルディが掴んだっちゅうんなら間違いないわな。解ったわ、わいも調べてみとくわ。ほな、ありがとな、ヴォルト」
 そうして通話が終了しても、青年はその姿勢のまま動けずにいた。やがて力が抜けたかのようにゆっくりと腕が下がれば、必然的に通信用魔道具もまた耳から離れる。

「……〔騎士団〕のアンティガ派が一掃されたっちゅう事は、セレスも――」
 そこまで呟くも、すぐに首を横に振って思考を強制的に変え、青年は先程まで行っていた作業へと戻っていった。


 ターヤが自らの目による観察と持ちうる知識から導き出したのは、非人道的且つ《女王陛下》ならば平気で行いそうな予測だった。
 これにより、ヌアークへとこの場に居る大半の視線が集中する。
 対してヌアークは、残念そうに肩を竦めてみせただけだ。
「あら、気付かれてしまったのね。褒めてあげた方が良いのかしら?」
 この言葉が決定打となり、ターヤは今度こそ顔を蒼白にした。つまり彼女の予測通り、あの巨大な魔導機械兵の内部にはコアと、〈マナ〉の供給源にされた多数の人々が収められているという訳である。
 一行もまた、驚愕に目を見開いたり苦々しげな顔となっていたりしている。
「きみは、そこまで落ちてたんだね……」
 呆れたような、けれど悲しそうな顔でマンスが震える声を零す。
 彼の上空では、制限を開放された《火精霊》もまた、どことなく眉を寄せているようでもあった。
 瞬間、ヌアークの顔から笑みが消えて目が細められる。
「あなたには解らないわ。解ってほしくも、ない」
 続いて眉間に寄せられたしわが、強い怒りを表していた。どうやら逆鱗に触れられたようだ。
 そして、その反応を目にしたオーラは反射的に口を開いていた。
「ヌアークさん! 貴女に――」
「『我は中心』――」
 だが、それすらも振り切るかのようにヌアークは詠唱を開始する。
 これを受けて、オーラもまた瞬時に意識を戦闘へと戻した。
「〈蔦〉」
 先手を取って足手の動きを封じようとするが、これもまた結局は当てられなかった。相手の事情を知り、尚且つ関わっている彼女は、攻撃しようとすると、どうしても無意識のうちに手加減してしまうのだ。
 オーラの様子に皆は気付いていたが、眼前の敵を優先していたので助太刀はしない。
 ターヤはターヤで、まずはサンダーバードを無効化するべく、マフデトにしがみ付いたまま詠唱を試みていた。即急に内部に囚われている人々を助けなければと思ったのだ。
「――『其が敵は眼前』――」
 彼女を振り落さないように気をつけながらも、マフデトは動き回って相手の隙を探す。そしてやはり攻撃後が最適だろうと踏み、詠唱の完成を待つ。
「――〈放電〉!」
 その前にヌアークの魔術が発動していたが、これは《火精霊》がすばやく彼女の周囲を炎で取り囲む事で相殺していた。
 この間にも、ターヤの詠唱が最後まで到達する。
「――『汝すなわち一振りの刃』!」
 今だ、とマフデトはサンダーバードへと突っ込んでいく。迎撃すべく放出された雷を、今まで通り俊敏に方向を転換して避ける。
「――〈光槍〉!」
 その隙を狙い、ターヤは出現させた光で形作られた槍を、下方から相手の中心部目がけて真っすぐにぶつけていた。外れるかもしれないと危惧もしたが、それは一直線に狙った場所へと突き刺さってくれた。そこまで硬くなかったのか、それとも術系の攻撃には弱かったのか、とにもかくにも、そこからぼろぼろと装甲が崩れ落ちていく。
 そうして見えてきたのは光の槍が突き刺さった大きなコアと、できた穴から落下し始めた、その周囲に居たであろう何十人もの男達だった。おそらくは〔暴君〕のメンバーか、彼女らが捕縛していた〔ウロボロス〕のメンバーなのだろう。

アパライギ

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