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三十五章 女神の騎士‐idea‐(3)

 だが、サンダーバードが全身から雷を放電した為、マフデトは瞬時に攻撃を諦めて下方へと退避した。地上よりも融通の利かない空中での急な行動だったのでその分負荷もかかるが、地面まで落ちてきた一部の雷がそこを抉っているのを見て、その判断が間違いではなかった事をマフデトは知る。
 そして他の面々もまた、サンダーバードに接近するのは危険だと悟り、高度の問題もあって接近戦はマフデトに一任する他無い。
 故に、スラヴィは後衛組と自らの周囲に〈結界〉を構築してその維持に努める事とし、その必要が無くなったオーラはヌアークを標的として魔術を放り始めた。
 ターヤとマンスは詠唱に集中しており、アクセルとレオンスはエフレムとグランガチと交戦している。
「〈突風〉」
 しかし、ヌアークの腰かけるズラトロクが俊敏な動きで避けてしまうのでオーラの魔術は当たらず、相手は魔術の詠唱に集中したままでいられるという構図になった。
「〈地割れ〉」
 それならばと今度は広範囲の魔術で足場を崩そうとしたオーラだったが、こちらもまたズラトロクが俊足とも言える動きで範囲内から脱出していた。
 オーラは決して動きが速い訳ではないズラトロクの俊敏さを不審に思うが、そこで、その足に魔道具が取り付けられている事に気付く。それは〈高速脚〉という名の、瞬発力を高める魔道具だった。無論、装着した者の体力が続く限りではあるのだが。
「――〈稲妻〉!」
 その隙に詠唱を完成させたヌアークは、まずアクセルとレオンス目がけて雷を落とした。
「〈消去〉」
 だが、こちらはオーラによって消滅させられた。
「――〈麻痺付加〉!」
 そこでターヤの魔術が完成し、ズラトロクを襲う。
 突如として全身を麻痺させられたズラトロクは硬直し、その体勢を崩す。
「ズラトロク!」
 だがヌアークに叱咤されると、何事も無かったかのように体勢を直した。
 何事かと目を見張った一行だったが、オーラはズラトロクの首に付けられた首輪のコアが点滅している事に気付く。どうやらあの魔道具には、例え大怪我を負っていようとも、本人の意思とは関係無く強制的に動かす効果があるようだった。
「ヌアークさんも、それだけ必死という事ですか」
 その事には気付けなかった面々も、彼女の言葉と状況からだいたいの予想は付いていた。
 今現在のヌアークは、ようやく回ってきた〔ウロボロス〕殲滅のチャンスに目が眩んでいるらしく、それをなしえる為ならば多少の非人道的な行為に手を染めていてもおかしくはない。元より、少なからずその気はあったようなのだが。
 それならば、尚の事この戦闘を制さねばと一行は決心する。
 その為にもまずは眼前の相手を倒さねばならないとして、アクセルはグランガチへと意識を戻す。以前、ずっと前に戦った時はその硬さにてこずらされたので、今回は未発達で他よりは軟らかそうな後ろ足に狙いを定めていた。
 けれども、流石に相手も自身の弱点を把握しているようで、簡単には後ろ側にも横側にも回り込ませてはくれない。
 故に一人と一匹は、互いに攻撃する訳でもなく、じりじりと相手との距離を測り合っていた。
 このままでは埒が明かないと踏んだアクセルは、彼なりにすばやく逆側へと方向転換する事で勝負に出る。
 予想外だったらしく、グランガチの動きが一瞬固まった。
「――〈攻撃上昇〉!」
 しかもタイミング良く、ターヤの支援魔術がアクセルを包み込んでいた。
「――そこだぁっ!」
 その利点と相手の隙を見逃さず、アクセルは相手の後ろ足を狙って大剣を振るう。

 しかし、攻撃が当たる直前、その間には相手の尾が割り込んでいた。
「!」
 硬い尾に阻まれて、大剣は傷の一つも付けられずに弾かれる。それによりアクセルには大きな隙ができるが、そこに対して当の本人には何の焦りも心配も無かった。なぜなら、いつも通りエマが助太刀してくれるだろうと高を括っていたからである。
(! いや、あいつはもう居な――)
 だが即座に現実を思い出し、アクセルは一瞬にして余裕から焦燥へと転じる。相棒はもう居らず、武器の特性上隙のできやすい彼の背中を護ってくれる者もまた、もうそこには居ないのだから。
 そんなアクセルの隙を狙って繰り出された噛み付き攻撃はしかし、命中する事は無かった。
「全く、気を付けてほしいな」
 なぜなら、エフレムの相手をしていたレオンスがこちらに気付いて即座に戦線を離脱し、間一髪間に割り込んで、短剣を身代りにしてくれていたのだから。
「……わりぃ」
 助けてくれた事と迷惑をかけた事への謝罪を零し、すぐさまアクセルは無防備になった相手の腹部へと刃を叩き付けた。
 グランガチは悲鳴と共に口を離し、後方へと仰向けに倒れる。やはり腹部も弱点のようだ。
 すかさず畳みかけようとしたアクセルとレオンスだったが、それを許さないエフレムが幾つもの小石を弾丸の如く、一直線にかなりの速度で投げ付けてきた。
「――〈火精霊〉!」
 ちょうど召喚された《火精霊》が作り出した炎の盾により、それが二人まで届く事は無かったが、その間に起き上がったグランガチは元の体勢に戻ってしまっていた。
 一方、サンダーバードを狙うマフデトは、未だ攻撃を当てられずにいた。俊敏さにおいては彼女の方が明らかに格上なのだが、相手は空中というハンデを有する上、接近すると全身から放電する事でマフデトを遠ざけるのだ。初回のもの程強力ではなかったが、それでも掠る事すら危険な威力ではあった。攻撃が当てられないのならばいっそ放置しようかとも考えたが、そうすると今度は地上に居る仲間が危なくなる事も考えられた為、このまま彼女は相手の注意を引き付ける事にしていた。
 故に接近攻撃しかないマフデトには、現状では有効な打開策が無かったのである。
 オーラは未だヌアークと相対している。彼女の実力ならば、例え相手が詠唱中の移動を可能とした術師だろうが御せるだろうに、どうにも手加減しているようであった。
(ったく、何を考えてるのよ、あいつは)
 内心では舌打ちを零しながらも、マフデトはサンダーバードの隙を窺いつつ、同時に弱点を探してもいた。魔導機械兵ならば、どこかに必ずコアが埋められている筈だからだ。
 しかし一向に見当たらない。魔道具や魔導機械にはさして詳しくもない彼女には、相手の構造を見抜く事すらできなかったのだ。危険だが、ターヤに探してもらう他は無いかもしれないと彼女は決断する。
『ターヤ!』
 突如として切羽詰まったような声で呼びかけられた為、ターヤは詠唱の手を止める。
『お願い、手伝って!』
「うん、解った!」
 向けられた必死な声へと即座にそう答えれば、マフデトが一瞬で跳んできた。〈結界〉の中まで伸びてきた腕に掴んでもらい、その背に乗せてもらう。
 いきなりの事にマンスと相手方は驚いているようでもあったが、無論そちらは放置だ。
『しっかりと掴まってなさい!』
 忠告するや否や、マフデトは再びサンダーバートの方へと駆け出した。
 そこでようやくマンスも狙いを理解し、不安と心配を覚えながらも制限の解放へと戻る。
 逆に〔暴君〕側は、益々呆気に取られているようだった。彼らはターヤが機械に詳しい事を知らない為、ただでさえ危険な前線に後衛《職業》を連れていく意図が解らないのだ。

ガスト

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