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三十五章 女神の騎士‐idea‐(2)

 対して、彼女は特に驚いた様子も無い。寧ろ、そうでなくてはと言わんばかりの顔になる。
「あら、流石に気付いていたのね。それにしても、流石のあたくしも、奴らの巣がこんなに近くにあるなんて思いもしなかったわ」
 しかし、他の殆どの面々には訳が判らないのが正直なところで、そんな彼らを代表するかのようにマンスはレオンスを見上げていた。
「え、何の話?」
「彼女、と言うか〔暴君〕は俺達のギルドに間者を紛れ込ませていたんだよ。それで、この前のあいつらと《精霊使い》の話をそいつに聴かれて、《女王陛下》に伝えられてしまった、という訳さ」
 どことなく大仰に肩を竦めてみせたレオンスだったが、一行としてはいろいろな意味で仰天ものである。
「あんたねぇ、それはそれで一大事でしょうが」
「よく知っててほっといたね」
 アシュレイは脱力したような呆れ顔となり、スラヴィは寧ろ感心すらしたようだ。
 他の面々の意見もまた、この二人と殆ど同じであった。故に、うんうんと何度か頷く事で同意を示す。
 だが、それでもレオンスはあっけらかんとしていた。
「別に、あいつらも俺も損や被害を受けた訳じゃないからな。放っておいても問題は無いと判断しただけだよ」
 この答えには、寧ろヌアークの方が呆気にとられたようだった。
「あたくしが言うのも何だけれど、あなた、それでもギルドリーダーなのかしら?」
「ああ、俺は〔盗賊達の屋形船〕のギルドリーダーだよ。とは言っても、その地位はあって無いようなものなんだけどな。まあ、俺達はそれでも何も問題は無いんだけどな」
 暗に彼は、自分達はそちらのような一枚岩のギルドではないのだ、と告げていた。
 しかし、挑発されてはいそうですかと黙っているような《女王陛下》ではない。受けて立つとばかりに彼女は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「あら、それはギルドリーダーとして失格なのではなくて?」
「絶対権力は、いずれ何かしらの形でガタがくるものだよ」
 負けじとレオンスも対抗するものだから、益々ヌアークの笑みは冷えていく。
「あら、随分と図に乗ってくれるものね。あなた達如きが――」
「ヌアーク様」
 だが、それは流石に火種となりえると考えたエフレムによって、彼女は制されていた。
 途端にヌアークは眉根を寄せて唇を尖らせる。
「解っていてよ、エフレム」
 言葉だけならばそうは言っているが、その声には不機嫌な色がしっかりと表れていた。流石は《女王陛下》である。
 レオンスも相手が言いかけた内容に察しはついていたが、最後までは言われなかったので触れる事はしない。
「で、まだ何か用はある訳? 無いなら失礼させてほしいんだけど?」
 マンスのことも考慮して、アシュレイは相手をしている暇は無いのだと言外に告げた。
 案の定こちらもヌアークのプライドに触れたようだったが、彼女は何とかそれを抑え込む。そして、あくまでも《女王陛下》らしく振る舞った。
「どうせ、あなた達も〔ウロボロス〕のアジトに向かうところなんでしょう? なら、互いに協力すべきではなくて?」
「嫌だよ」
 だが、即答は意外なところから飛んできた。他ならぬマンスである。彼は複雑そうな、けれど強い意志を持った顔付きと化していた。
「だって、きみたちはみんな殺そうとしちゃうんだよね? なら、ぼくたちは、きみたちなんかとは一緒に戦えないよ」
「マンス……」
 思わずターヤは少年の名を呟いていた。その成長ぶりに驚いたのではなく、どうしてか感慨深くなってしまったから。

 逆に、ヌアークは理解しがたいと言わんばかりの表情となっている。
「随分とおかしなことを言うのね。あなたも精霊の件で、あいつらには恨みがあるのではなくて? 殺してやりたいと思った事だってあったでしょうに」
「……うん、あったよ」
 ぐっと堪える様子になりながらマンスが肯定すれば、ヌアークはほら見ろと言わんばかりに余裕を取り戻す。そうして主導権を握ろうとしたが、それよりも速く少年は続きを言葉として発していた。
「でも、そんなんじゃだめなんだって、分かったから。恨みに任せたって何にもならないって、むしろ大切な人を傷付けちゃうんだって、よく分かったから。だから、ぼくはもう殺してやりたいなんてこと、絶対に思わないよ!」
 ただ純粋に、まっすぐで真摯な気持ちだった。
 一方、それを向けられたヌアークの表情は一変していた。目は細められて切れ長となり、笑みは完全に消え失せる。その冷えきった視線は、マンスを突き刺すかのように一直線に向けられていた。
 相手の様子がおかしい事に気付き、即座に彼を庇う位置に移ったレオンスの前で、ヌアークは肩を震わせ始める。
「……あなたみたいな、子どもらしい子どもが、あたくしは一番嫌いだわ!」
 そう叫んだ瞬間、彼女は鞭を手にして交戦の意思を示していた。
 同時に追従していた鰐の魔物グランガチと、エフレムが一行目がけて飛びかかってくる。
「ったく、やっぱりこうなると思ったわ!」
 ヌアークの様子が変化した時点で嫌な予感を覚えて構えていた一行は、すぐさま応戦するべく武器を手に各々の位置につく。
 そしてアシュレイは、やはり真っ先に迎え撃たんと飛び出していた。
「――!?」
「サンダーバード!」
 しかし、ヌアークが叫ぶ直前に迫りくる気配を感じ、アシュレイは即座に真横へと跳んでいた。
 その直後、彼女が居た場所に雷が落ちる。
「「!」」
 何事かと一行が視線を動かした先は、遥か上空。
 そこに浮かんでいたのは、雷を纏った巨大な鳥の魔物――否、その姿形をとった魔導機械兵だった。距離があるので実際のところは判断が付けにくいが、その全長はマフデトに匹敵しそうなくらい大きい。
「どうかしら? ペリフェーリカで発注した魔導機械兵、銘を〈サンダーバード〉というのだけれど。以前エフレムに持っていかせた型とは、比べ物にならないスペックよ」
 余裕に彩られた笑みでヌアークが発した名に、アシュレイはやはりかという感想を抱く。
 サンダーバード。それはその名の通り、雷を操る鳥の魔物だ。その全長は小舟の五倍程にもなると言われ、殆ど目撃された事が無い為に伝説化されつつある魔物でもある。
 つまり、頭上の巨大な魔導機械兵は、その魔物を模した物であるという事だ。流石にサイズまでは真似できなかったようだが。
 けれども、幾ら魔導機械とは異なり、ある程度の遠隔操作が可能な魔導機械兵とは言え、あれ程巨大であれば〈マナ〉の供給も簡単にはいかないだろう。
(つまり、何かしらの制限かカラクリがある筈なんだけど……)
 何か判らないかと眺めてみたターヤだったが、今のところ怪しい箇所は見当たらなかった。
「ったく、厄介な物を持ち出してきてくれるわね――」
 一方、このままでは不利だと踏んだアシュレイは、獣化してマフデトとなる。
 それを見たヌアークは目を瞬かせ、エフレムも僅かに眉を動かした。
「あら、あなた、魔物だったのね。その大きさなら、サンダーバードと良い勝負になってくれるのかしら?」
『マフデトをなめると痛い目に遭うわよ』
 挑発には挑発で返すや否や、マフデトは上空目がけて跳躍した。そのままサンダーバードへと向かっていき、振り上げた前脚の爪で切り裂こうとする。

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