The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十五章 女神の騎士‐idea‐(13)
どうしたのかと反射的に身構えた一行は、彼女の鳩尾にトランプが半分ほど突き刺さっている事に気付く。流石に、オッフェンバックがただでやられる筈が無かったのだ。
慌ててターヤは治癒魔術の詠唱を開始する。
当の本人は引き抜いたトランプ脇へ投げ捨て、もう一方の手で患部を押さえた。
「ちっ、やっぱりそう簡単にはいかないわね」
「自分も、まさか傷を負わされるなどとは思いもしていなかったな」
同じく負傷した箇所を反対側の手で押さえながら、オッフェンバックが呟く。
相手を僅かにでも動揺させられた事にはひとまず満足しながら、アシュレイはオーラを一瞥した。
彼女は、未だにその場から動けてはいない。
やはり放っておくべきかと溜め息交じりにアシュレイが思った時だった。
「……オッフェンバックさんが使われているのは、風属性と力属性を複合した上級支援魔術〈天地自在〉です」
耳に入ってきたのは随分と掠れた声で、それがオーラのものだと皆が気付くのには少しだけ時間がかかった。次いで、彼女へと視線が集中する。
オーラは先程よりも立ち直った様子だったが、その顔にはまだ躊躇いが見え隠れしていた。
「重力をも凌駕し、対象を自らの手足のように操る――種も仕かけもある奇術です」
途端にオッフェンバックは困ったと言わんばかりに額に手を当ててみせる。
「話してしまわれるとは……ですが、それがリベラの望みならば、自分には何も言えません」
「オッフェンバックさん……貴方は――」
「今の自分に疑問を持っていないのか、と問いたいのですか?」
先回りするかのように、彼はオーラの言葉を予測して引き継いでいた。
言葉に詰まるという彼女の反応こそが、肯定だった。
「いいえ、自分は、今ここに居る自分に、何一つとして疑問など持ってはいませんよ。なぜなら、これこそが貴女の模倣であり、貴女への崇拝の証なのですから。――ああ、ただ一つだけあるとすれば、それは貴女が自分の傍に居てくださらない事だけでしょうか」
オッフェンバックは、オーラが抱いていた微かな希望を、完膚なきまでに叩きのめしてみせた。あくまでも彼としては、純粋で真摯で素直なまでに。
この言葉で、今度こそ彼女は両目を大きく見開いた。それから俯いて自嘲する。
「……そう、これが、私の罪なんですね」
愚かな過去の自分を、今にも泣き出しそうな顔で彼女は嘲笑っていた。
一方、自分の言動のどこが悪かったのか理解できないオッフェンバックは、オーラに問いかけようとするが、それを遮る声があった。
「ディオニシオ・オッフェンバック――いや、ウェイド・ディルファー」
その呼び名に珍しく彼が眉を動かし、固まっていた彼女が弾かれたようにそちらを見る。
他の面々は『ディルファー』という苗字の方に反応を示していた。それはつまり、彼がディルファー孤児院の出身だという証なのだから。
声の主であるレオンスは、不敵な笑みを浮かべてオッフェンバックを睨み付けていた。
「同じサーカスの《道化師》同士、勝負といこうか」
「……良いだろう」
彼の言わんとしている内容を知り、オッフェンバックは一騎打ちの申し出を受けて立つ。
二人の青年は互いに武器を構えて向かい合う。
「皆は手を出さないでくれよ」
仲間達へは普段の調子で釘を刺してから、レオンスは眼前の敵へと突っ込んでいった。
同時に、オッフェンバックもトランプを相手へと差し向ける。
仕方がないとばかりにアクセルとアシュレイが〈結界〉の傍まで引く頃には、両者の武器が衝突していた。
既に治療されていた患部から離した腕を反対側と組み、アシュレイは傍観の姿勢を取る。
反対にレオンスの意図がよく解らないターヤは、オーラを気にしつつも眼前の戦闘を見守る事にした。ただ、何となくレオンスが意地をかけているのだろうという事だけは、解ったような気がした。
外野が見守る中、オッフェンバックが絶え間無く差し向けてくるトランプを、レオンスは俊敏な動きで全て脇へと弾いていた。
「君は、何があっても自分を認めたくはないようだな」
唐突に、脈絡も何も無い言葉をオッフェンバックは相手へとかける。
オーラを除く一行はいきなり何を言い出すのかという顔になるが、レオンスにはその嫌味がしっかりと伝わっていた。
「俺が認めてやるのは、『お兄さん』だけだからな」
やはり彼らにはおおよそ理解できない嫌味を返し、レオンスは死角から飛んできたトランプの中央を片方の短剣で突き刺す。とは言っても、流石に武器として使用されるだけはあって、貫通はしなかったのだが。
「男の嫉妬は嫌われるとはよく言われるが、君もまた一見紳士のようでいて、その実は彼らと何ら変わりないようだ」
「おまえの過剰崇拝よりは、まともだという自覚はあるよ」
捨て台詞とばかりに言葉の応酬を行ったのを最後に、彼らは何も言わなくなった。ただ互いの武器と武器とが衝突する金属音だけが、辺り一帯に響く。
それを、渦中の人物たるオーラは苦しそうな顔で見ていた。
最初は拮抗していたぶつかり合いは、徐々にオッフェンバックが優勢になっていく。レオンスは手数をものにしているとは言え、相手の操るトランプは、一つ一つが個別の意思を持っているかの如き自立的な動きを可能とするらしく、正に『自由自在』だったからだ。
(レオン……)
思わず不安を覚えてしまったターヤだが、そこでオーラの姿が視界に入ってきて我に返る。自分よりも彼女とマンスの方が心配しているのだと察する事ができれば、自然と落ち着きが優ってきた。
「どうした、自分に牙を剥いてきた威勢は、いったいどこに消えたと言うのだ?」
一方、オッフェンバックは勢いの衰えつつある相手へと挑発を向ける。
だが、レオンスはそれに反応する事も乗る事もしなかった――否、できなかった。現在の彼は、襲いかかってくるトランプを防御する事で手一杯だったからだ。余計な事に気を割いている余裕は無いらしい。
これにはオッフェンバックが気を良くし、トランプの猛攻を加速させる。とうとうその内の一枚が腕を切り裂き、レオンスはその痛みに対して思わず片目を瞑りながら、その手に持っていた短剣を取り落とした。
オッフェンバックは口元を更に吊り上げ、けれど同時に、相手もまた寸分違わぬ行為を行っていた。その事へと脳内で警鐘が鳴らされるが、その時には既にトランプの壁を突破されて懐に潜り込まれている。先程と同じだ、と思った瞬間だった。
二人の青年を包み込むようにして、雷が弾けたのだ。
「っ……!?」
すばやくトランプを引き戻しつつ後退したオッフェンバックは、先程同様カウンターを仕かけるが、それは雷によって弾かれた。見れば相手は雷の攻撃を受けておらず、寧ろそれに護られているかのようでさえある。
「これ、は――」
『俺もまたレオンスの持つ「力」の一部だからな、反則などではないさ』
服を所々焼けこげさせたオッフェンバックの言葉に応えるかのように、レオンスの隣に姿を現したのは《雷精霊》だった。椅子に腰かけて両足を組んでいるかのような体勢で、彼女は宙に浮いている。
今度はレオンスが余裕を滲ませた顔付きとなり、アシュレイを一瞥した。
「アシュレイの攻撃から、ヒントを得させてもらったんだ」
それから《雷精霊》と視線を交し合った。
対してカラクリを理解したオッフェンバックは、先程のように笑みを消し去る。
「……やってくれたものだな」
今までのような相手を小馬鹿にした余裕の笑みではなく、それは本気の顔だった。
それを受けてレオンスは無事な方の手にある短剣を構え直し、《雷精霊》は自身の周囲にぱちぱちと音を立てる電撃を纏わせ始める。
シエンリーテ