The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十五章 女神の騎士‐idea‐(12)
「さて、どうなのだろうな」
知りたければ倒してみせろと言わんばかりに、オッフェンバックは肩を竦めてはぐらかしてみせる。
「上等だ」
不敵な笑みを浮かべてその挑発に乗るや、レオンスは射出された弾丸の如く駆け出した。
相手が相手だけに戦闘は避けられないと悟り、アシュレイとアクセルもまた続き、ターヤとマンスは詠唱を開始、スラヴィは再び二人を護るべく〈結界〉を構築する。
ただ一人、オーラだけが動かなかった――否、動けなかった。彼を止めるには、殺すつもりで武器を向けないといけないのだと、理解してしまっていたのだから。
ほぼ同時に両側からオッフェンバックへと襲いかかったレオンスとアシュレイだったが、案の定それを阻むように、トランプが彼の周囲を覆っていた。二人の攻撃は弾かれ、同時に防御に使用されなかったトランプが鋭利な刃物の如く襲いかかる。それを瞬間的に避けたアシュレイは、追撃してくる方をも避けながら悪態をついた。
「ったく――前から気になってたんだけど、あいつはいったいどんな原理であんな芸当をしてみせてんのよ!」
「それは俺が訊きたいくらいだな」
もう片方の短剣で防御していたレオンスは、彼女へと困ったように軽く肩を竦めてみせる。
その間にも、アクセルがオッフェンバックへと襲いかかっていた。
「おらぁぁぁ!」
しかし、彼の攻撃も通る事は無い。振り下ろされた大剣は相手の手元にあったトランプの半分で防がれ、同時にもう半分が攻撃してきた。アクセルもまた大剣を盾にして反撃を弾き、そのままの体勢で相手との距離を測る。
一方、オッフェンバックは今まで通り余裕そのものだ。手元に引き戻した全てのトランプを見せつけるかのように操ってすらいる。
「――〈睡眠付加〉!」
ここでターヤの支援魔術が発動した。それは直接オッフェンバックを狙う。その直後、相手の身体がぐらりと揺れた為、ターヤは成功したと思った。
だが、すぐに彼の口元が益々吊り上がったかと思えば、次の瞬間には何事も無かったかのように姿勢を戻していた。
これにはターヤの表情が一変させられる。
「えっ……嘘!」
「残念だが、自分も用意を怠ってなどいないからな」
そう言いながらオッフェンバックが懐から取り出してみせたのは、掌で掴めるサイズの藁人形だった。
それに見覚えのあったターヤは納得すると同時、悔しさを顔に滲ませる。
「〈身代わり人形〉……!」
その名の通り、それは自分に向けられた攻撃を一度だけ肩代わりしてくれるという魔道具であった。その代わり、実に高価であり簡単には作れないそうなのだが。
「そう、君の魔術はこの魔道具が請け負ったという訳だ」
この間にもオッフェンバックはアクセルとアシュレイ、レオンスに対してトランプを差し向けており、未だいっさいの攻撃を受け付けていない状態だった。
「――『我が喚び声に応えよ』!」
そんな時、マンスの詠唱が完成する。
流石に精霊相手ではオッフェンバックも余裕ではいられないだろう、とターヤは踏んだ。
「おっと、言い忘れていたが、ここには《鉱精霊》を捕らえられる程の〈精霊壺〉があるのだろうな」
「!」
けれども意味あり気に紡がれた彼の言葉により、いよいよ精霊を喚び出そうとしていたマンスが固まる。
そうしてできた隙を狙い、オッフェンバックはトランプを一枚だけ少年目がけて一直線に差し向けた。それは〈結界〉に阻まれるも、攻撃される事にあまり慣れていない彼を驚かせ、集中力を途切れさせて詠唱を中断させる事には成功する。
かくして召喚を失敗させられてしまったマンスだが、〈精霊壺〉の事が気になって次の詠唱には移れなかった。精霊達を信じてはいたが、先程の《鉱精霊》の事もあって、無意識のうちにブレーキをかけていてしまっていたのだ。
ターヤは皆を強化する方向にシフトしていたが、前衛三人は思うように相手に接近できずにいたので、あまり意味は無い。
かくして、戦況は膠着状態となっていた。
アクセル同様じりじりと動きながら相手の隙を窺っていたアシュレイは、どうにか場所を変えられないものかと思案する。この部屋は広い方だと言えたが、戦うには少々狭すぎた。精霊を召喚する為どころか、ましてや彼女が《マフデト》と化す為には。
つまるところ、ただでさえ隙の少ないオッフェンバック相手にこの場所というのは、一行としては不利だったのだ。
「――さて、先程の問いに対する答えだが」
沈黙には厭きたのか、突然オッフェンバックが口を開く。顔と同じくらいの高さまで掲げられたその掌の上では、宙に浮かんだ一枚のトランプがくるくると横に回っていた。
それを警戒しながらも一行は相手の言葉を待つ。
「それは、自分の女神に教えてもらうと良い」
オッフェンバックに視線を向けられたオーラは、未だ棒立ちしたまま彼しか見てはいなかった。その顔は、表情筋が引きつっているかの如く小刻みに震えている。
どう考えても今の彼女には無理だという事を理解した上での言葉だったのだと、一行は即座に理解していた。
無論、彼の発言にはレオンスが黙ってはいない。
「生憎だけど、オーラはオーラで忙しいみたいだから、あんたに答えてほしいものね」
けれども、それを見越していたアシュレイが先に口を開いていた。面倒な事になりそう且つ遠回りになるとも思ったからだ。
彼女を援護するかのようにスラヴィもまた声を発する。
「それには俺も同感。それで、君が使ってるのって魔術? それとも他の術?」
「呪術と錬金術はありえねぇよな。そもそも、錬金術は使える奴が居るかどうかすら解らねぇから『空想論理』とまで言われてるもんな」
更にはアクセルまでもが便乗するものだから、すっかりとレオンスは口を挟む機会を逸していた。困ったような笑みではなく、文句を言いたげな憮然とした表情になってすらいる。
ターヤも何かしら考えた方が良いのかと、ついつい思ってしまった程だ。
逆に、オッフェンバックは興味深いとでも言うかのように、わざとらしい顔になっていた。本心では欠片も思っていないのだろうが。
「なるほど、君達は自分のこの技を、術によるものだと考える訳だ」
「それ以外にどんな理屈があるの?」
わざとなのか本心からなのか、スラヴィが不思議そうに首を傾げる。
すると、オッフェンバックは大仰に両腕を広げてみせた。
「五十二枚ものトランプを、何の種も仕かけも無い状態で自らの手足の如く自在に操ってみせる奇術――故に、自分は《道化師》などと呼ばれているのだ。まさか、今更それを知らなかったなどとは言わないだろう?」
いきなり何を言い出すのかとターヤ達は呆気に取られるが、アシュレイは別だった。
「ええ、勿論知ってるわよ――あんたがサーカスの《道化師》だって事くらいはね!」
瞬間、彼女は掻き消えたかと思えば、トランプの防壁を潜り抜けてオッフェンバックの懐に潜り込んでいた。目にも留まらぬ速度だった。
「!」
これには流石の彼も表情を一転させ、すぐに対応しようとする。
だが、彼女の方が一秒分速かった。今度こそ阻まれる事の無かったレイピアが相手の左腕に突き刺さる。その直後、アシュレイは相手に見せつけるように挑発めいた笑みを浮かべるのではなく、すばやく退避していた。