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三十五章 女神の騎士‐idea‐(11)

 まるで幼子のような彼の頬に、そっと手を伸ばして触れながら《鉱精霊》は微笑む。
『私を助けてくれて、ありがとうございます』
 今目にしているものが現実なのだと信じたくはなくて、グィードは駄々を捏ねるかのように叫んだ。
「違う! 俺は、ミネを救えなかったんだ!」
『いいえ。貴方は私を救ってくれたのですよ、グィード』
 ゆっくりと首を横に振って《鉱精霊》が口にした本心からの言葉に、グィードはもう何も言えなかった。彼女は覚悟の上だと解ってしまったのだから、言える筈も無かったのだ。
 続いて《鉱精霊》はマンスへと視線を動かす。
『後を、よろしくお願いしますね、新たな《精霊王》さん――』
 瞬間、彼女は光の粒子へと化した。まるで風船が弾けたかのように、呆気無く。
 それは一瞬の事で、皆の目の前で《鉱精霊ミネラーリ》であった〈マナ〉は、一つ残らず天へと昇っていった。
 グィードは、悲鳴の一つすら上げられなかった。


 その場から《鉱精霊ミネラーリ》の痕跡が全て消えても、一行とグィードは動けなかった。
「ぼくは、また救えなかったんだ……!」
「俺の、せいだ……俺の……」
 ようやく我に返ったマンスは両の拳を握り締めて悔しがり、グィードは放心した様子で壊れた機械のような呟きを零す。
 そんな二人を見たリーダーは、それ見た事かと言わんばかりに嘲笑を浮かべた。
「ははははは、様を見ろ!」
「煩いわね」
 けれども、獣の如く目を鋭く細めたアシュレイがレイピアを更に喉元へと近付ければ、彼は一転して小さな悲鳴を上げて固まる。
「何だ、ただ威勢が良いだけの小物じゃないの」
 ただ呆れただけのアシュレイの言葉にリーダーは顔を真っ赤にするが、突き付けられた刃の感覚を思い出したのか、またすぐに元の顔へと戻った。
 彼の相手をしている暇など無いと言わんばかりに、アシュレイはわざと音を立ててレイピアを動かしてみせる。
「さてと、〔ウロボロス〕について、とことん吐いてもらいましょうか」
 そこでようやく、リーダーは彼女の顔に見覚えがあった理由を察せた気がした。
「き、貴様、まさか〔軍〕の《暴走豹》なのか!?」
 容姿こそ違えども、俊敏な動きとレイピアという武器、そして獣の如く鋭い眼付きとくれば、思い浮かぶのはその人物しか居なかったのだ。
 逆に話の腰を折られたアシュレイは、面倒そうに眉を寄せる。
「何だ、今頃気付いた訳? まあ、とっくに〔軍〕は辞めてるんだけどね。それで、吐くの? 吐かないの? まあ、どっちにしても吐かせるつもりだけど」
 容赦はしないつもりだという彼女の本気に気付き、リーダーは慌てて言葉を発する。
「ま、待て! 私は仮初なんだ! 私に指示を出していた本当のリーダーが居るんだ!」
 いきなりの事実にターヤは口を半開きにしかけるが、アシュレイ達はやはりかと言いたげな反応だった。
「やっぱりね。あんた、上に立てるような器じゃないもの。それで、そいつについて何か知ってる事は?」
「な、何も知らないんだ! 最初は『巨大な組織の頂点に立ってみないか』という話を手紙で持ちかけられて、面白そうだったのでそれに乗ると答えると、今度は手紙で指示が来て、それからはずっとその通りに動いていただけなんだ! 本当に私は何も知らないんだ!」
 必死な様子でリーダーはぺらぺらと喋る。そこから演技や嘘らしきものは、いっさい感じ取れなかった。どうやら言葉通り、本当に何も知らないようだ。

 相手の一連の様子を見ていたレオンスは、溜め息をつくかのように言葉を吐き出す。
「という事は、そいつは……いや、〔ウロボロス〕自体が捨て駒だったんだな」
「どうにもそうみたいね。こんな事を考える奴らなんて、一つしか思い浮かばないけど。とにかく、まずこいつらの処遇からね」
「――いや、誰一人として逃がすつもりは無い」
 アシュレイの言葉に応えるかのように第三者の声が割り込んできたかと思いきや、リーダーの首が飛んでいた。悲鳴を上げる間すら無かった。
「「!」」
 突然の事にターヤは目を限界まで見開き、レオンスは咄嗟に視界を隠すようにマンスへと覆い被さり、アシュレイやアクセル達はその方向を振り向こうとする。
「ぐぁっ……!?」
 だが、何が起こったのか解らないようなグィードの悲鳴に反応すれば、彼の心臓部分が深々と切り裂かれていた。まるで生きているかのように宙に浮かび、円を描いて彼を取り囲んでいる、何枚もの鋭利なトランプによって。
 また、一行が拘束して脇に転がしていた他の〔ウロボロス〕メンバーも、同じ凶器によってなす術もなく致命傷を負わされたり、即死させられたりしていた。
 かくして、ほぼ一瞬にして〔ウロボロス〕であった者達は殲滅されていたのである。
 しかしターヤはそちらよりも、ゆっくりと重力に従って倒れていくグィードに意識を奪われていた。
「ギド!」
 慌てて彼女は彼の許へと駆け寄り、即座に治癒魔術の詠唱を始める。
「オッフェンバックさん――」
 そしてオーラは、複雑そうに相手の名を呼んでいた。
 一仕事を終えた全てのトランプを手元に戻してから、殺人犯ことオッフェンバックは彼女へと視線を固定する。どこか恍惚とした、夢を見ているかのような表情で。
「やっぱり、〔騎士団〕が一枚噛んでたのね」
「証拠隠滅って事かよ」
 アシュレイは苦々しげに唇を噛み、相手の意図を理解したアクセルが顔を顰めた。
 一方、致命傷を与えられてしまったグィードは自身の状態にも気付いていないのか、倒れ伏した体勢でありながらも、顔を持ち上げて宙へと震える手を伸ばす。まるで、そこに誰かが居るかのように。
「ミ、ネ……!」
 残った力を振り絞ってそう叫んだ直後、その腕と首から力が抜けて地へと落ちる。そして、彼は二度と動かなくなった。
 間に合わなかった事に対して、ターヤの顔から血の気が失せる。
 オッフェンバックはその死体を邪魔だとばかりに一瞥してから、ようやく一行へと向き直る。
 それがマンスの琴戦に触れた。
「ちょっと――」
「オッフェンバック!」
 けれども、それを遮るかのようにして鋭く強い怒号が飛んでいた。他ならぬオーラが、目を大きく見開いた怒りの形相でオッフェンバックを睨み付けていたのだ。
 実に彼女らしくない様子に一行は得体の知れない寒気すら感じ、オッフェンバックは寧ろ嬉々とした表情で再び彼女を見る。
「ああ、リベラ、ようやく自分を見てくれたのですね」
「貴方は、貴方という人は……!」
 ぎり、と歯が引き結ばれる。彼女の顔には怒りの他にも、困惑と若干の希望とが混じっていた。信じたくない、嘘だと言ってくれ、と奥底では叫んでいるようでもある。結局はその先を言えなくて、オーラの言葉は途切れるような形となってしまった。
 そんな彼女から彼を隠すかのように、レオンスは前へと出ていた。
「おまえ達〔騎士団〕が――いや、クレッソン派が背後で〔ウロボロス〕を動かしていたんだな」

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