The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
三十五章 女神の騎士‐idea‐(10)
すばやくオーラが魔術で解除しようとするが、相手は強制的とは言え《鉱精霊》の使用する鉱属性の攻撃である。幾ら対するのが彼女であっても厳しく、最初は拮抗していた力も徐々に《鉱精霊》の方が勝っていった。
「っ……!」
珍しくその口から零された悔しげな声が、それを物語ってもいる。
安堵しているかのような〔ウロボロス〕のメンバーの様子から察するに、どうやらこの術式は最初からこの場に仕かけられていたようだった。彼らが誰一人として飛びかかってこなかったのは、一行をこの術式内に収める為でもあったようだ。
(まさか、ギドが……?)
ターヤはと言えば、ふと一つの可能性を思い付いてもいた。《鉱精霊》を助ける為だと言って一旦別れる事になった、彼。まさか本当は全て演技だったのではないのか、などとつい思えてしまったのだ。
一方、なす術も無い一行を見て〔ウロボロス〕側は余裕の表情となり、リーダーは高らかな笑い声を上げていた。
「ははは、どうだ、精霊にはこのような使い方もできるのだよ! 素晴らしいだろう、私の力は!」
「っ……おじさんの力なんかじゃない! ミネラーリに無理矢理使わせてるだけで、自分は何もできないくせに!」
大切な精霊を道具のように扱っているだけでなく、それを自分の力であるかのように誇示する態度が気に食わず、マンスは弾かれるようにして叫んでいた。圧倒的に不利な状況下だと言うのに、その目から光は失われてはいない。寧ろ、そこに宿る炎は更に強く燃え上がってすらいた。
「煩いガキだな」
それが癇に障ったらしきリーダーは、椅子から腰を上げて少年へと近付いていく。
暴力を振るうつもりなのだと即座に察してターヤは動こうとしたが、やはり足は微動だにもしてくれなかった。
「マ――えっわっ!?」
咄嗟に名を呼びかけて、突如として足が動いた。突然すぎた為にターヤの身体は前のめり気味になってしまい、体勢を立て直すのに少しばかり時間を要した。
その間にも、同時に解放されたらしきアシュレイが、次の瞬間にはリーダーの首元にレイピアの切っ先を突き付けていた。
「な、なぜ――」
先程とは一転して訳が解らないと言わんばかりの困惑顔となったリーダーは、小さな方の扉を見る。
するとその扉が向こう側から開かれ、一人の青年が姿を現した。
その後方に見える室内では、破壊された巨大な水槽と思しき物体、気絶しているらしき拘束された研究者のような男性、そして床に寝かされた精霊らしき一人の女性の姿が窺える。おそらくは、その部屋こそが実験や研究が行われていた場所であり、彼女こそが《鉱精霊ミネラーリ》なのだろうと一行は考えた。
どうやら、グィードが装置を破壊して《鉱精霊》と一行を助け出してくれたようだ。
「大丈夫っすか?」
「うん、助かったよ。ありがと、おにーちゃん」
声をかけてきたグィードにマンスが応える中、ターヤは自身の予測が外れた事に安堵すると同時、その思考を恥じる。信じきれなかった事を内心でグィードに謝れば、どうしてか脳内をエマの顔が過った。
逆に、リーダーは今度こそ驚愕に目を見開いていた。
「ギド、貴様裏切るつもりか!?」
次いでその口からは非難にも似た焦燥の声が飛び出すが、グィードは冷静な様子でそちらを見て答えるだけだ。その瞳には、強い意志が宿っていた。
「今まで重用してくれた事には、一応感謝はしてるっす。けど、俺は、もう大事なものが見えたから、だから、もうあんたらを好きにはさせておけない。それが、俺なりの贖罪っす」
「貴様、今までの恩も忘れて……!」
この言葉で彼を敵と見なしたらしく、リーダーは顔を真っ赤にして怒りを滲ませる。
他の〔ウロボロス〕メンバーもまた武器を構えて移動しながら、一行とグィードを包囲しようとする。最早《鉱精霊》を利用した魔法陣が使えなくなった今では、立ち位置に気を使う必要も無いからだろう。
だが、それよりも早くアシュレイがリーダーの背後へと移動して、その首を締め上げていた。
「動くな!」
鋭い声に、彼らは思わずびくりと全身を震わせて止まってしまう。
その間にアクセル達も動き、流れるように相手方を気絶させたり拘束したりしていく。
アシュレイもまたリーダーから腕を離したかと思いきや、再び前方に回り込んで思いきり蹴飛ばしていた。彼は壁際まで吹き飛び、背を強打してずるずると下がり、座り込むようにして蹲る。
かくして、これまで長らく〔軍〕を筆頭とする諸ギルドにとって目の上のたんこぶであった〔ウロボロス〕は、二桁にも満たない人数で呆気無いくらい簡単に制圧できてしまったのだった。
「呆気ねぇなぁ」
少々つまらなさそうに、手と手を払い合わせながらアクセルが呟く。
リーダーの首には再度アシュレイのレイピアが真っすぐ向けられており、その動きを封じていた。
「ミネ!」
敵方を気にする必要も無くなったと解るや、弾かれるようにしてグィードは踵を返し、《鉱精霊》の許へと駆け寄っていった。
彼の後に続くようにして、一行もまたそちらに向かう。足を踏み入れた研究室らしき広い部屋には、他にも幾つかの巨大な水槽が置かれていたが、その全てが空だった。どうやら新たな人工精霊を造ろうとはしていなかったようだと知り、マンスはそこでようやく安心できた。
「ミネ、もう大丈夫っすよ!」
グィードは彼にしては抑揚のある嬉しそうな安堵の声で、座り込んだ姿勢のまま、抱き上げている《鉱精霊》へと声をかけていた。
だが、相手は応えない。その両目は眠っているかのように瞑られており、そして、その足元は薄く溶け始めていた。まるで世界へと同化するかのように。
「「!」」
この光景を、一行は知っていた――見た事があった。
「精霊の死か……!」
思わずレオンスが口にしてしまった言葉で、マンスが弾かれたように彼を見る。嘘だと言ってくれと、その全身が叫んでいた。
しかし、幾ら彼に甘いレオンスでも、その嘘だけはつきたくなかった。
「ミネ……」
同じく聞こえていたであろうグィードは、呆然とした顔で彼女の名を呼ぶ。
すると、それに反応したのか、薄らと彼女の瞼が押し上げられた。
「! ミネ!」
『グィー、ド……』
途端に表情を輝かせてその顔を覗き込んだグィードへと、《鉱精霊》は大丈夫だと言うかのように微笑みかける。自身の状態に気付いていない訳ではないだろうに、彼女は彼を気遣っているのだ。
マンスもまだ意識があった事には安堵するも、どうしても消え始めている足元が気になってしまい、彼のように素直に喜ぶ気にはなれなかった。
「ミネ、遅くなってすまないっす。もう、あんたを縛り付けるものは何も無いんすよ。だから、これからは俺と――」
『グィード』
喜びのままに言葉を紡ごうとする青年を制止したのは、《鉱精霊》の静かながらに迫力のある声だった。
それに気圧されて言葉を失った彼へと、彼女は申し訳無さそうに告げる。
『私は、もう行かなくてはならないんです』
曖昧な言葉ではあったが、グィードに現実を突き付けるには充分すぎた。
「っ……!」
目を背けていた事実と向き合わされる事となり、グィードは息を飲む。その顔はマンス達と同じように、今にも泣きそうなくらいくしゃくしゃに歪められてしまっていた。