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三十四章 毒龍と大鷲‐antagonism‐(3)

「ううん、嘘は言ってないと思うよ」
 不信感丸出しのアシュレイへと、ターヤは首を振ってみせる。いつもと同じく直感ではあったが、彼女はこの自身の第六感を信頼していた。
 ターヤの謎の人に対する直感の的確さを知っているアシュレイは、何か言いたそうな顔になるものの、結局は口を噤む。
「でも、本当の事を言ってきたって事は、多分わたし達に何かさせたいんだと思う。前にオーラが、あの人がわたしとオーラを利用しようとしてる、って言ってたし」
 目を向ければ、確信を持った顔でオーラは頷いてきた。
「おそらくはそうなのかと。彼の話に乗るかどうかは別としても、充分に警戒した方が良いかと思われます」
 その顔は、冷や汗が流れんばかりの強い緊張で引き締められている。相手を知っているからこその顔付きとも言えた。
 皆もまた同意の色を浮かべており、その場の空気はすっかりと固くなっていた。
 だが、そこでアクセルはある事に気付いた。言うべきか言うまいかで迷ったが、結局はいろいろな弱みから口を開く。
「ところでよ、アシュレイ」
「何よ?」
 緊張をぶち壊すかのような普段通りの声をアクセルが出してしまった為、空気を読めと言わんばかりにアシュレイは彼を睨み付ける。
 そんな彼女に意地の悪い面を刺激されつつも、後が面倒になると解っているので、アクセルは素直に指摘してやる事にした。
「おまえ、そろそろ〈結界〉の中に戻ってこなくても大丈夫なのかよ?」
「は――」
 何を言っているんだこいつはという顔をしかけて、そこでようやくアシュレイは自身が〈結界〉の外に出ている事に気付いた。〔騎士団〕という来客に刺激されてなのか、再び姿を現しつつある死霊達にも。
「いやぁぁぁぁぁ!」
 瞬間、彼女は特大の悲鳴を上げて〈結界〉へと飛び込んでいた。一秒にも満たない時間で行われた早業であった。
 やはり彼女は気付いていなかったのかという点と、そのあまりの俊敏さに、皆は寧ろ呆気にとられてしまう。スラヴィですら、からかう事はしなかった程だ。
 すぐさま注目されている事に気付いた彼女は、慌てて誤魔化しに走ろうとする。
「そ、それで〔ウロボロス〕のアジトの件だけど、どうするのよ? 行くの?」
「そう言や、何やかんやで流れかけてたよな、その話」
 まだ赤みの引いていない顔に若干上ずった声と、羞恥から皆の気を逸らそうとしている事は明らかだったが、話題が話題だけにアクセルは食い付いた。
 無論、マンスも。彼は気合いを入れるかのように身体の前で両腕を握り締めた。
「うん、行こう! さっきの人のことも気になるけど、〔ウロボロス〕のアジトの場所が分かったなら、今は早くミネラーリを助けてあげたいんだ!」
「そうですね。既に《鉱精霊ミネラーリ》が捕らえられてから随分と時間が経ってしまっている為、彼女の状態は危険な領域に入っているかと思われます。ニスラの事は一旦後回しにして、先に〔ウロボロス連合〕のアジトに向かった方が宜しいかと」
 オーラが同意して猶予はあまり無い事を述べれば、途端にマンスの表情は曇る。
 それを見たレオンスはすぐに口を開いた。
「それで肝心の〔ウロボロス連合〕のアジトの場所なんだが、《精霊使い》が言うには、どうやらムッライマー沼にあるようなんだ」
「「!」」
 皆が目を見開いたのは言うまでもない。その場に呆気にとられた顔ばかりが並ぶ。
 信じられないと言いたげな顔のアクセルからは、呟きが零れ落ちてもいた。
「まじかよ……」

「手紙にはそう書いてあるな。ちなみに、《精霊使い》は潜入するのならば内部で手引きをするとも言っていたそうだ。本気で〔ウロボロス〕を裏切るつもりなんだな」
 付け足すかのようにレオンスが零した声は、皆も同じであった。
 あの《精霊使い》は、本気で所属している組織を裏切って崩壊させようとするくらいの変化を遂げたのだ。彼を少しでも知る者ならば、驚嘆してしまう程の変わり様であった。
 そして、マンスは良くも悪くもそうさせたのが自分だという事実を、今になって実感していた。
「それにしても、ムッライマー沼とは考えたものだよね」
 寧ろ感心しているかのように呟くスラヴィに、ターヤは複雑な顔で同意する。
「あそこは凄い臭いだもんね……誰も好き好んで近付こうとは思わないよね」
「それに、まさか誰もあんな場所にアジトを構えるとは思いもしないだろうからな。なるほど、上手く隠れたものだよな」
 レオンスもまた感嘆しながら同意を示し、他の面々も同感だという顔をしていた。
「おにーちゃん、おねーちゃん」
 皆を見回しながらマンスは声を紡ぐ。その真剣な声を受けて皆は黙り、少年へと視線を集中させた。
「前から言ってるけど、ぼくは精霊にひどいことをする〔ウロボロス〕が嫌い。それにミネラーリを助けたいから、あいつらのアジトに行くよ。でも、まだぼくだけだと力不足だから、一緒に来てほしいんだ。お願いします」
 そうして少年は深々と頭を下げた。
 そんな彼を見てから互いに顔を見合わせ、そして皆は再び彼を向いて口々に答えを紡ぐ。
「おう、任せとけよ!」
「馬鹿ね、断る理由なんか最初から無いわよ」
「うん。わたし達だって〔ウロボロス〕は許せないからね」
「それに、俺達は仲間なんだから」
「スラヴィさんの仰る通り、貴方は私達を頼ってくださって宜しいのですよ」
「ああ。おまえに頼ってもらえると嬉しいんだよ、マンスール」
 皆から返された肯定の数々に、マンスは思わず頬を綻ばせていた。
「ありがと、みんな! ……じゃあ行こう! ミネラーリを助けて、〔ウロボロス〕を倒しに!」
「うん!」
 気合いを入れてマンスが更に握り締めた腕に力を込めれば、ターヤ達もまた気合いの入った声で応じる。
 かくしてムッライマー沼を目指す事にした一行だったが、その行程は、道具の補給などの為に立ち寄った芸術の都クンストを出たところで阻まれる事となった。
「――ターヤ!」
 なぜなら後方から駆け寄ってくる気配が一つあり、その人物がターヤの名を呼んだからである。
 ただし、敵ではないと判断できる人物だったので皆は警戒せずに、知っている声だったのでターヤは何も考えずに振り向いた。そうして、そこに予想通りの人物を見つける。
 その人物ことメイジェルはターヤを見つけて慌てて走ってきたらしく、肩で大きく息をしていた。
「メイジェル! どうし――」
「ターヤは……ターヤが、ウィラードくんを殺すの?」
「……え?」
 彼女が何を言っているのか、ターヤはすぐには理解できなかった。


 その頃、エスペランサに建つディルファー孤児院――〔君臨する女神〕本拠地の最奥の間にて、ヌアークは帳簿と睨めっこをしていた。端的に言えば、資金不足なのである。先日機械都市ペリフェーリカのとある工場から納品された物が、思いの外値が張ってしまった事も要因の一つなのだが、元よりこの孤児院は資金不足なのが最も大きい。
「全く、どうしたものかしら」
 ふぅと溜め息を零し、いっその事〔屋形船〕に倣って、貴族でも襲ってやろうかなどと思った時だった。

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