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三十四章 毒龍と大鷲‐antagonism‐(2)

 そんな彼の様子を見たターヤは、最後に《精霊使い》と対面した時の事を思い出していた。それまでの恨みと怒りに任せた問答無用の姿勢ではなく、彼の揺らぎに気付いて話し合おうとしたマンスの事を。
(そっか、マンスはだから嬉しいんだ。あの人がした事を全部許せる訳じゃないんだろうけど、今はもう、あの人はちゃんと、精霊の事も人工精霊の事も解ってくれたから。……マンスは凄いなぁ)
 レオンスとの一件と言い、彼は誰かを恨む事は本能的にもあまり好ましく思ってはいないのだろう、とターヤは推測していた。そして、だからこそ彼が羨ましくも感じられる。
 信じられないらしい面々からは、代表してアクセルが疑問の声を上げていた。
「けどよ、本当に〔ウロボロス〕のアジトなのかよ?」
 彼の言葉に同意であるアシュレイは、目元に思いきりしわを寄せていた。
 あくまでも現実的な彼女を見てレオンスは苦笑する。
「まあ、普通はそう思うだろうな。ちなみに手紙には、嘘だと思ったのなら自分を好きにしてくれて良い、確かめてくるのならばそれまでここで待っているので、処分するならそうすれば良いと言っていた、とも書いてあるな」
 告げられた内容に、またしても一行は度胆を抜かれてしまう。まさか、そこまでの決意をしていたとは露にも思わなかったからだ。
 特に疑り深いアシュレイに至っては、あんぐりと口を開けたまま一瞬固まってしまった程だった。
「それ、本当に〔屋形船〕からの手紙なの?」
 終いにはそう訊いてきたので、レオンスは事実のままに答えてやった。
「ああ、これはファニーの字だ。俺が見間違える筈が無いよ。ちなみに、〔暴君〕のところに行かなかったのは問答無用で殺されそうだから、〔屋形船〕を選んだのは、大事な事に気付かせてくれた相手と一緒にここのギルドリーダーが居たから、と言っていたそうだ」
 そう言ってから、レオンスは意味あり気にマンスへと視線を寄越した。
 青年につられて、皆もまた少年を見る。
 この言葉でマンスは益々嬉しそうな様子になる反面、恥ずかしそうな色も覗かせ始めた。皆の視線から逃れるように視線をあらぬ方向へと逸らしながら、僅かに頬を赤く染める。
「そこまで言われるほど、たいそうなことなんてしてないよ」
「いや、確かにおまえは、そこまで言われる程の事をしたんだ。だから素直に誇って良いんだよ、マンスール」
 優しい表情と声色でレオンスはマンスを心の底から褒める。
 しかし、これによりマンスは更に恥ずかしそうに縮こまってしまった為、レオンスは苦笑いを浮かべてから話題を変えた。
「それにしても、特に何も言われなかったから気付かれていなかったと思ったんだが、俺の正体もばれていたんだな」
「まあ、知ってる奴はあんたの顔を知ってるでしょうからね」
「それもそうだな」
 他愛も無いやり取りで少年の気恥ずかしさを緩和してやろうとレオンスが試みれば、今度は便乗してターヤが口を開いていた。
「そうだ。マンス、モナトは大丈夫だった?」
「あ、うん。理由を訊くのは忘れちゃったけど、何かあった訳じゃなかったみたいなんだ」
 この問いに対し、マンスは安堵したように嬉しそうな顔で答える。彼らの思惑通り、少年の意識はすっかりと違う方向に逸れていた。
 故に、ターヤもまた二重の意味で安心したような顔となる。
「そっか、それなら良かったね」
 そして、この話題が上がったところでオーラはマンスに告げておきたい事があった為、口を開こうとする。
「――やはりここに居たのか」
 だが、それよりも先に割り込んできた声があった。
 反射的に一行が振り向けば、クレッソンがこちらに向かって歩いてきていた。
 その後ろにはフローランとエディットの姿もある。

「! 〔騎士団〕!」
 真っ先にアシュレイは〈結界〉をも通り抜けて最前列へと飛び出し、武器に手をかけて構える。死霊系モンスターがどうのこうのという事は、すっかりと頭から吹き飛んでいるようだった。
 彼女を見て、クレッソンは若干興味深そうに顎に手を添える。
「〔軍〕を辞めても尚習性が抜けないとは、実に難儀なものだな」
「あたしの心配は結構よ。それより、あんた、何をしに来た訳?」
 レイピアの柄を握り締めてすぐにでも抜刀できるよう準備しながら、アシュレイは相手の一挙一動を見逃さないよう眼を光らせる。
 他の面々も遅れてそれぞれの位置に移動し、戦闘体勢へと転じていた。
 しかし〔騎士団〕側は構える気配を見せず、クレッソンに至っては声をかけてくる。
「そう身構えなくとも良い。私は、とある事柄を伝えにきただけなのだから」
 そうは言われても、相手が〔月夜騎士団〕の《団長》であるだけに、一行の警戒と緊張が和らぐ事も、ましてや解ける事など無かった。
 案の定アクセルが全員の心中を代弁するように、胡散くさいと言わんばかりの顔になる。
「〔騎士団〕の《団長》が、俺らに何を伝えようって言うんだよ?」
「何、私はこれから北大陸に渡り、その中心に位置する[古代地底湖]にて、《世界樹》を掌握する為の計画を実行しようとしている、と伝えにきただけだ」
「「!」」
 堂々と計画の内容と目的を明かしてみせたクレッソンに対し、一行は驚愕を露わにする他無い。彼の物言いは、あまりにも明け透けすぎたからだ。
 そんな彼らの反応を楽しむかのように一人ずつ全員を見回してから、クレッソンは最後にターヤで視線を止めた。
「さて、私はこうしてハンデを与えた訳だが、《世界樹》の『目』である《世界樹の神子》は、いったいどのように対応してくれるのだろうな?」
 試そうとしているかのような物言いだった。
 そこに対して即座に嫌な予感を覚えるも、こうも真正面をきって宣戦布告されては、外面上だけでも受けて立たない訳にはいかなかった。
「そんな事、させない。止めてみせるよ、絶対に」
 故に決意と対抗心と若干の警戒とを込めて、ターヤは同じくクレッソンを真正面から睨み付ける。その時、奥底から誰かが同じ事を言っていた気もした。
「ならば、止めてみせると良いだろう」
 欲しかった答えに満足すると、不敵で挑発的な笑みを残してクレッソンは踵を返した。
 だが、それを見逃すアシュレイではない。
「待ちなさいよ。このまま、ただで帰すとでも思ってる訳?」
「なら、君こそエディと《団長》を相手にして、勝てる見込みがあるとでも思ってるのかな?」
 彼女に応えたのはフローランだった。
 その隣でエディットの指がぴくりと動く。
 クレッソンは聞こえていないかのように止まろうとはしなかった。用はもう無いとばかりに、部下をも置いていくのも構わない様子で森から出ていこうとしている。
 アシュレイもこの場におけるパワーバランスを理解してはいるらしく、戦闘体勢は取りつつも、柄を掴むその手が刀身を引き抜く事は無かった。
「何だ、やっぱり自信が無いんだ」
 そこに気付いたフローランは、それを良い事に彼女を嘲笑うように嗤う。
 挑発とも取れる相手の動作でアシュレイは眉を動かすが、何とか脳内で自身に言い聞かせて我慢した。
 相手が乗ってこなかった事につまらなさそうな顔になると、フローランもまたエディットを伴って《団長》の後を追い、そのまま去っていった。
 彼らが完全に去ってからアシュレイは構えを解いた。そうして呆れたように息を吐く。
「ったく、何をしに来たのよ、あいつらは。教えてきた計画だって、本当かどうかも定かじゃないわ」

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