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三十四章 毒龍と大鷲‐antagonism‐(13)

 目だけで周囲の反応を窺いながらも、オーラの話は続く。
「けれども念の為だとして、フレースヴェルグは自らもまた人間界に赴く事を《世界樹》さんに訴えました。ですが、かの大鷲は黒龍との長きに渡る戦いで受けてきた毒が完全には抜けきっておらず、危険とも無謀とも言えました。そのような時、《世界樹》さんは、かの大鷲の傷が癒えるまでの隠れ蓑として最適な人物を発見しました。……その人物こそが、メイジェルさんだったのです」
「「!」」
 そこで初めて、一行全員が途中でメイジェルの様子がおかしかった訳を察した。
「ちょうどその時、メイジェルさんは〈アトキンソン内乱〉の最中に死亡しており、《世界樹》さんも、既に死した者ならばこの役を任せても大丈夫かと思われたのでしょう」

 一拍、間が開いた。

「まさか、彼と彼女が知り合って親しくなり、後には互いを想い合うようになってしまうなどとは、露ほども思われてはいらっしゃらなかったのですよ、彼は」
 オーラにしてはあからさまに皮肉気な声だったが、それも次の瞬間には何事も無かったかのように元に戻っていた。まるで最初から、その調子であったかのように。
「とにもかくにも、フレーズヴェルグが内に眠られていたが故にメイジェルさんは一時的に蘇生し、ニーズヘッグであるウィラードさんに襲いかかったという訳なのです。ちなみに殺された際の記憶だけが失われていたのは、刺された事と大量出血のショックによる影響かと推測されます」
 かくしてオーラの話が全て終了すれば、ようやく合点がいったかのような顔で、セレスが声と共に息を吐き出した。
「そう、だったの……」
 今の今までずっと内側に溜め込んできたものが、遂に解消されたかのような顔だった。
「メイは……やっぱり、あの時に、死んでたのね」
 安心したような声でありながら、後悔の滲んだ声でもあった。本人であったのならちゃんと話しておけば良かった、あんな事を言うんじゃなかった、などという思いがそこから読み取れる。
 彼女を悼む親友の姿を見てしまった事で、少し薄れかけていた罪悪感と後悔とが再びターヤを襲う。セレスには言っておくべきなのかもしれないと思れば、背を押されたかのように即座に唇は動いていた。
「セレス、あの――」
「良いわ、言わないで」
 意を決して紡ごうとした言葉は、けれど察したセレスによって制されていた。
「あなたがメイを助けようとしてくれたんだって事は、ちゃんと解ってるから。だから、言わないで」
 そう言われてしまえば、ターヤはもう何も言えなかった。実際に手を下す事となってしまったのはオーラだが、メイジェルを殺したのは結局のところ、ターヤに他ならないのだから。そのきっかけを作ってしまったのは、間違いなく彼女なのだから。
 押し黙ってしまった少女など気にせず、セレスはゆっくりと口を開いた。
「メイはね、あたしの家に買われてきた戦闘奴隷の一人だったの」
 まるで独り言のようだったが、それがターヤに向けられたものなのだとは、その場の全員が気付いていた。
「だから、あのクソ親父にとって邪魔な貴族とかを潰す為に使われてたらしいんだけど、何も無い時はあたしの遊び相手になってくれてたのよ。勿論、最初はあたしがお願いしたから、っていうのもあるんだけど」
 懐かしそうに、だけれども苦しそうにセレスは語る。
「でも、そうしてるうちに、メイもまた、あたしを親友だと思うようになってくれてたの。あたしは、その事が凄く嬉しかった。……今だって、あたしの親友はメイただ一人だもの」
 誇りと自信を持った声だった。
 益々ターヤの中でセレスに対する罪悪感もまた肥大していく。
「でも、殆ど会えないでいたこの十三年間、メイがどんな人と関われていたのか、どんな思いで居たのか、あたしは全然知らない。だから、こんな事を言う資格も無いとは思っているんだけど」
 そこまで言ってから、やっとセレスはターヤの方を振り向いた。

「メイの友人でいてくれて、ありがとう、ターヤさん」
 へにゃりと崩れるような笑顔を向けられて、やはりターヤは何も言う事ができなかった。


 その頃、〔モンド=ヴェンディタ治安維持軍〕本部の《元帥》の執務室には、当の本人と報告の為に訪れた諜報担当の部下、そして《元帥補佐》が集っていた。
「――という事のようです」
 報告の内容は、大敵たる〔月夜騎士団〕の《副団長》が、本日未明に本部を出奔したきり行方不明になっている、というものであった。
「へー、〔騎士団〕の《副団長》が行方不明になっちゃったんだ~。それは怖いね~」
 部下の話を聞き終えたニールソンは言葉ではそう言ってみせたが、その声は全くもってそう思ってはいない。寧ろ現状を楽しんでいるようでもあった。
 部屋の隅に控えるユベールもまた、これが《団長》の陰謀であり、遂にアンティガ派がクレッソン派に潰されたのだという推測はできていた。
「おそらくはクレッソンの陰謀かと。とうとう〔騎士団〕が本格的に動き始めたのだと推測できます。……いかがされますか、《元帥》?」
 諜報担当の部下もまた同じ事を考えていたらしく、上司に指示を仰ぐ。
「そうだね~、じゃあ、次の標的は〔騎士団〕にしよっか」
 やはりか、とユベールは思った。このような好機となりえそうな事態を、現在のニールソンが見逃すなどとはとうてい考えられなかったからだ。以前から胸中に生じていた不安が、更に大きさを増してきた。
 諜報担当の部下もまた、畏まりました、と最初からその命令を待っていたかのように頭を垂れている。
 ニールソンは応えるように軽く頷いてから、ちらりと壁際の方を見た。
 また時を同じくして、〔騎士団〕の《団長》の執務室にも当の本人とその快刀、そして竜騎士が集っていた。
「パウル・アンティガの始末は、滞りなく行われたそうですね」
 あくまでも機械的且つ平坦な声色で紡がれるクラウディアの言葉に対し、クレッソンは首を横に振る。
「いや、どうやら彼女は、あたかも崖から突き落として殺害したように見せかけ、実際は崖下に仲間を待機させて匿わせたようだ。既にその人物に関する調べもついている」
「という事は――」
「ああ。アスロウムも、最早用済みかもしれぬな」
 クラウディアの言を途中で遮るようにしてクレッソンは肯定した。その酷薄な笑みに対しても、相変わらず眉の一つも動かさずに彼女は返す。
「では、パウル・アンティガ並びに、その者も始末いたしますか?」
「いや、あちらはもう放っておいても問題は無いだろう。アスロウムについても私が直々に手を下そう」
「畏まりました」
 二人のやりとりを部屋の隅で聞いていたブレーズは、特にクレッソンの笑みに対して薄ら寒いものを感じる。それが恐怖であり悪寒である事を、彼は即座に理解していた。
 それでも、クラウディアの居る場所から離れる気などブレーズには無かった。故に、それら全てを自らの内側に押し込めて、何事も無かったかのように振る舞おうとする。
 そんな青年の思考を見透かしたかのように、クレッソンは再度笑みを浮かべるのだった。

 


  2014.04.09
  2018.03.18加筆修正

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