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三十三章 牙を剥く獣‐determination‐(9)

 何だかんだで、オーラも人をからかうのは結構好きみたいだよなぁ、と思いながらターヤも口を開く。
「アシュレイ、わたしも行くよ。その人が闇魔に憑かれてるのなら、もしかしたら何とかできるかもしれないから」
「俺も行くよ。スタントンが心配だからね」
 スラヴィもまた彼女に同意し、ちらりとアクセルの方を見る。完全に素直になれない彼への揶揄を含めての意図もある事は、ターヤの目にすら明らかだった。
 案の定アクセルが何か言いたげな顔になるも、それを遮るかのようにマンスが大きく挙手していた。ただし、彼の場合は偶然だろう。
「ぼくも行くよ!」
「私も、微力ながら御手伝いさせていただこうと思います」
 更にはオーラも、こちらはわざとらしく畳みかけるかの如く言葉を紡いだ為、アクセルは口を挟む機会を逸した。
 それらのやり取りに少しばかり呆れつつも、アシュレイは礼を述べようとする。
「俺も同行させてもらうよ。未遂に終わったとは言え、俺のギルドも襲われた事には変わりないからな」
 だが、最後にレオンスが残っていた。彼は普段通りの表情だったが、その目は笑ってなどいなかった。
「それと、これを君に」
 そして、そう言いながら彼が差し出してきたのは、その左目を覆い隠している物と同じ色と型をした眼帯だった。
「右目の傷はもう大丈夫だろうけど、もし隠したいのならこれを使うと良いよ。その代わり、俺とお揃いになるけどな」
 アクセルの反応を窺うかのようにレオンがそちらに視線を寄越せば、アシュレイは不敵に笑ってみせる。
「上等じゃない。ありがたく貰ってやるわよ」
 手を伸ばし、差し出されていた眼帯を手に取る。そのままそれを目元まで持っていき、右目を覆い隠すように装着した。
 ちなみに当の青年は少々不満そうだったが、口を開く事はしなかった。
 彼女が眼帯を付け終わるのを見計らってから、回収した皿を鍋の傍に置いてきたオーラは彼女に声をかける。
「それと、宜しければ、髪も切り揃えさせていただきますよ?」
 予想外の申し出を受けたアシュレイは背後へと手を伸ばして髪に触れ、その長さがばらばらな事に初めて気付いた。
「そうね、不格好なのも気になるし、お願いするわ」
「はい、承りました。では、こちらにどうぞ」
 整髪の為に二人がその場を離れると、他の面々は朝食の後片付けを始めた。
 同じように、アクセルも重ねて積み上げた食器を指定の位置まで運びながら、脳内である決意を固める。
(俺も、一段落ついた辺りで、一族と向き合わなきゃいけねぇな)
 もう逃げてなどいられないのだと、彼は昨日の件で思い知ったのだから。
 そうして後片付けを終え、皆の準備も整ったところで、一行は首都ハウプトシュタッとへと向かった。二大ギルドを充分に警戒しながら首都に足を踏み入れたが、幸か不幸か襲撃される事も遭遇する事も無かった。
 ただし〔軍〕の本部を目指す途中で、どうも昨夜遅くから〔騎士団〕本部から徐々に人気が失われている、という妙な噂を耳にはしたが。
 とにもかくにも〔軍〕本部の正面を避けて裏手に回った一行は、アシュレイの導きで非常時の脱出用経路から侵入する事にした。

「《元帥》のことだから、ここも押さえられている可能性が高いけど、正面から行くよりはましだと思うわ」
 五感をフルに使って塀の向こう側に敵が潜んでいないか確認してから、アシュレイは屈み込んで地面を軽く叩いていく。そうして何かを発見したらしく、そこに指を入れて思いきり押し上げた。
 そこに現れたのは、下方に広がる暗中へと続く階段だった。
「ここを使うと、《元帥》の執務室がある一つ下の階に出られるのよ」
 説明しながらアシュレイは先頭となって下りていき、他の面々も後に続く。殿を務めるレオンスは、蓋を緩く閉じる事も忘れなかった。
 通路は狭くはないが広くもなく、ぎりぎり人二人が通れるくらいの幅しかない。
「今のところ罠らしき物も無いし敵の気配も無いけど、油断は禁物よ」
 獣の眼で暗闇の中を見極めながら、後方を振り返らずにアシュレイは忠告する。
 二番目を歩くオーラが魔術で作り出した光源を頼りに進む他の面々は、首を縦に振ったり声を出したりする事で了承を示した。
 やがて下りだった道が上りに変われば、一行の緊張も高まる。そしてアシュレイは突然立ち止まると、しばらくそのまま停止してから頭上を軽く何度か叩いた。ここが出口であり、向こう側に敵が居ないか確認していたのだろうと皆は推測する。
「やっぱり、この先は固められてるわ」
 振り向かないままアシュレイが告げた言葉に、ターヤは気を引き締めた。出しておいた杖を胸元でぎゅっと握り締める。
「それでしたら、私に御任せください」
 何か案があるらしくオーラが名乗り出れば、一任するとばかりにアシュレイは脇に避ける。
 その代わりにオーラは前へと進み出て魔導書を構えた。それから頭上へと手を伸ばし、ほんの少しだけ蓋を押し開ける。
「〈幻影の霧〉」
 そしてその隙間を狙い、そこから流し込むようにして魔術を発動させた。それから少しだけ時間をおいて、オーラはゆっくりと蓋を完全に押し開けて外に出る。周囲を見回して問題が無い事を確認してから、通路内の仲間達へと声をかけた。
「これでしたら問題は無さそうです。出てきても大丈夫ですよ」
 言われて、一行は通路から本部内へと足を踏み入れる。
 出てすぐに周囲に軍人達が居る事に気付いたターヤは身構えてしまうも、よくよく見れば、彼らは一行には気付いていないようだった。
「現在の彼らには私達が見えていません。ですから、今のうちに御早く」
 簡単に説明してからオーラは皆を促す。
 アシュレイは頷き、元々脳内で組み立てていたルートに従って皆を先導するように走る。
「交戦は完全には避けられないと思うから、そこは覚えておいて」
 念の為釘を刺しておきながら、アシュレイは周囲の気配を確認する事も忘れない。しかし、まるで今日一行が来ると解っていたかのように至る所に人の気配を感じた為、当初のルートを変更せざるをえなかった。
「こっち――っ!?」
 それにより、遂に今まで培ってきた施設内における慣れの感覚で道を選ぶも、その先にはまるで動きを先読みしたかのように軍人達が待ち構えていた。
「「!」」
 即座に一行は踵を返し、オーラは置き土産とばかりに魔術を放る事を忘れず、アシュレイは即座に別の通路を選ぶ。こちらには一人も居なかったが、しばらくしてほぼ無意識に彼女がよく使っていた道に修正すると、こちらには待ち伏せが居た。再び方向転換を行ってから、アシュレイは意識的にあまり使わなかった道を選択する事に決める。
「ったく、ニールの奴、あたしの考えはお見通しって訳ね! まさか侵入者として来ると、こんなに動きづらい場所になるなんて思ってもなかったわ」
 ついつい舌打ちを零しながらも、アシュレイはすばやく最適なルートを脳内で検索する。

クウィスケァスク 

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