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三十三章 牙を剥く獣‐determination‐(8)

「まだまだ行くわよ!」
「おう、来いよ!」
 どこか楽しげに剣を交え続ける二人の間には最早、真剣で好戦的な空気しか漂ってはいなかったのだった。
 その頃、焚火の周りではレオンスが周囲を見回していた。ある事を確認できた彼は、途端に悪巧みを思い付いたような顔になると、その場に居る全員へと向けて話しかける。
「なあ、一つ賭けでもしてみないかい?」
 唐突な声かけではあったが、それに反応して、その場にいた全員が彼を見た。
「「賭け?」」
 彼の意図が理解できないターヤとマンスは同時に首を傾げ、互いに顔を見合わせる。
 逆に、即座に理解できたオーラとスラヴィは、何か言いたげな視線を彼へと寄越した。
 後者へと向けてレオンスは肩を竦めてみせる。
「みんなの前で、あんな大胆な告白をかましてみせたんだ、少しくらいからかっても罰は当たらないだろう?」
「レオンスさん、悪趣味です」
 けれどもオーラはすぐさま、ばっさりと斬ってみせた。
「もしかして、アクセルとアシュレイのこと?」
 これに対してもレオンスが肩を竦めると同時、思い浮かぶ点のあったターヤが声を潜めて訊いてみる。言われて初めて見回してみれば、確かに二人の姿は見当たらなかった。
 マンスもここで合点がいったらしく、同じように周囲を見ていた。
 ターヤの問いにレオンスは首肯する。
「ああ、その通りだよ」
「レオン、それは止めといた方が良いと思うよ?」
 彼の答えを確認したターヤは、オーラとスラヴィが彼に向ける視線の意味を理解しながら呆れ顔になった。
「けど、ターヤも気になるんじゃないのかい?」
「うーん、確かに気にならない訳じゃないけど、そういうのは当人同士の問題だから、わたし達が勝手にあれこれ言うのは違うと思うよ?」
 思った通りを口にすれば、お手上げだとばかりにレオンスは三度肩を竦めてみせた。
「なるほど、やっぱりこの面子じゃ賭けはできそうにないな。それにしても、スラヴィなら乗ってくれるんじゃないかと思っていたんだけどな」
 確かに彼ならば賛同しそうなものだが、とターヤ達もレオンスを追ってスラヴィを見る。
 視線の集中した当の本人は、侵害だと言わんばかりに肩を竦めてみせた。
「俺はそんな人じゃないよ」
「はは、おまえは食えない奴だな」
 しかし、ふざけているのだと判別できる様子だった為、レオンスは軽い皮肉を返しておく。
 そんな彼らを、ターヤとマンスは困ったような呆れたような顔で眺めていた。
(……そう言えば、モナトのことすっかりと忘れてた)
 そこでふとモナトのことを思い出し、マンスは音をたてないように気を付けながら立ち上がり、その場を抜け出した。すっかりとそのつもりだったので、気付かれている事も知らずに離れた場所まで行く。それでも遠くまでは行かず、皆から見えるか見えないかくらいの位置まで来たところで屈み込み、声は潜め気味にして、そっと名前を呼んでみる。
「おーい、モナトー」
 けれども、やはり白猫は現れなかった。
 途端にマンスの中で不安が大きく膨れ上がり、次いで焦りが生じてくる。
(もしかして、やっぱりモナトに何か――)
『――すみません、オベロンさまっ!』
 だが、その途中で、ひょいっとどこからともなく白猫が飛び出してきていた。
「! モナト!」
 思わず思考を中断し、声を調整するのも忘れて叫んでしまう。無意識のうちに伸びた両手が白猫を抱き上げていた。

 マンスと目線が近くなればなる程、モナトは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
『あの……さっきは、呼びかけに応えられなくて、すみませんでした』
「ううん、別に良いよ。それより、どうして出てこれなかったの? もしかして、具合でも悪かったの? それとも、ぼくが何かやっちゃった?」
『! い、いいえ! オベロンさまに限って、そんな事ありません!』
 瞬間、モナトは驚きを露わにしてから必死になって否定する。
「そっか。なら良かった!」
 安心したようにマンスが微笑めば、モナトは益々申し訳無さそうな顔になっていく。
『本当に、すみません……オベロンさま』
「ううん、何も無いのなら良かったよ」
 そんな白猫を安心させようとして少年は首を横に振る。そもそも、確かにいろいろとあった事にはあったが、つい先程まで相棒の事を忘れていたのは他ならぬ自分なのだから。ここについては気まずい上に恥ずかしいので本人に言えそうにはなく、またそれもあって、モナトが出てこれなかった理由を訊く気にはなれなかった。
 その間にも、ようやくモナトは普段通りの様子に戻っている。
『次に呼ばれた時は、ちゃんとすぐに行きますね!』
「うん、待ってるね、モナト。そう言えば、今夜は一緒に寝る?」
 久々にモナトを抱き締めて寝ようかなと考え、マンスはそう問うてみた。
 途端にモナトは嬉しそうに顔に花を咲かせるが、すぐに何かを思い出したらしく、その表情を仕舞い込んだ。申し訳無さそうな顔だった。
『あ、その……今夜は、すみません』
「そっか。じゃあ、おやすみ、モナト」
 内心では残念に思いつつも、なるべくモナトが気にしすぎないようにマンスは笑って手を振る。
『はい、おやすみなさい、オベロンさま』
 それに応えるようにぺこりと丁寧に頭を下げてから、モナトは姿を消した。
 マンスもまたその場から離れ、皆の居る場所まで戻る。結局理由は聞けなかったが、とりあえずはモナトに大事が無くて良かった、という思いが心のうち占めていた。彼にとっての不安は払拭されたのだ。
 けれども、それが故に彼は、相棒が隠し事をしている事には全くもって気付く事ができなかった。


 翌朝、朝食を摂り終えた席でアシュレイは口火を切った。
「今日は、これからどうするつもり?」
 そう言ってから、皆を一人一人見回す。
 ちょうど朝食を片付けようとしていたタイミングだった為、思わず呆気にとられてしまう面々だったが、アクセルは彼女の意図を即座に理解した。
「おまえ、《元帥》に会いに行くつもりなんだな」
「ええ。あたしは、ニールに……いいえ、《元帥》に会いに行くわ。これ以上、元部下として元上司の横暴を見ていられないもの」
 誰にも揺るがす事のできない、決意の籠った瞳だった。
 昨夜、アシュレイがアクセルと片目に慣れる為の特訓をしていたと既に聞いているターヤ達は、もう彼女の目については心配しなくとも大丈夫だろうと思っていた。二人の間で話もついているだろうし、何より、当の本人からは不安を全く感じられなかったからだ。
 そしてこれを見たアクセルは、そう言うと思ったと言わんばかりに笑む。
「なら、俺も行くよ。おまえには助けてもらったからな、借りを返さねぇと」
「あら、素直に心配だからとは仰らないのですか?」
「!」
 重ねた皿を手にするオーラが若干意地の悪そうな笑みとなって口を挟めば、途端にアクセルの顔が真っ赤に染まる。
「う、うるせぇな! そこは別に良いだろーが」
「それはそれは、失礼いたしました」
 全く言葉通りには思っていないであろうオーラの声に、アクセルは憮然とした表情になるが、アシュレイは呆れ顔である。

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