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三十三章 牙を剥く獣‐determination‐(10)

 オーラは後方へと魔術を飛ばしていたが、動きながら背後に差し向けるというのは少々やりにくそうだった。それでも彼女の魔術は、的確に後方の軍人達を襲っている。
 しかし連絡が回されているのか、追手の数は一向に減る気配が無い。
 加えて、アシュレイは自分達――主に自身一人に向けられる言葉に呆れてもいた。裏切り者、あの豹を相手にするのは骨が折れそうだ、〔屋形船〕と手を組んだんじゃないか、などとバリエーションはさまざまだった。耳が良すぎるというのも考えものだ、などと内心で独り言ちてしまう。
「それなら、一旦二手に別れようか」
 そこに投下された突然のレオンスの提案に皆は驚くが、構わず彼は続ける。
「アシュレイと……そうだな、アクセルとターヤは《元帥》の許に向かえば良いよ。残りは、俺と一緒に相手を一人でも多く足止めする。どうだい?」
「あたしに異論は無いわ」
 後方を一瞥、周囲の気配を探りながらアシュレイが即答すれば、他の面々も同意して首肯する。
 レオンスは了解したとばかりに頷くや、いきなり足を止めた。
 同じくスラヴィとマンスとオーラも立ち止まり、後方へと向き直る。
 相手方の行動に軍人達は面食らうも、すぐに表情を正してそのまま突撃していく。この場における司令塔は、すぐさま通信機で応援を呼ぼうとする。
「〈電磁波〉」
 だが、それよりも早く、彼の通信機がノイズを上げて不調を訴えていた。司令塔は慌てて周囲に居た部下達に代わりに連絡させようとするが、彼らの通信機も悉くダウンしている。まさかと思い前方を見れば、銀髪の少女が肯定せんばかりの顔をしていた。
「させません」
 彼女は微笑んでいたが、それは軍人達からしてみれば悪魔の笑みに等しかった。
 その間にも、スラヴィとレオンスが軍人達へと接近している。二人は互いの意思を確認するように頷き合うと、スラヴィは空中へと跳び上がり、レオンスはそのまま勢いを付けながら突っ込んでいった。
「〈氷床〉」
 軍人達は防御するべく構えようとするが、突然その足元が氷と化した為、バランスが取れずに足元を奪われる。何とか踏み堪えた者も、近くに居た者や連鎖的な横滑りに巻き込まれ、結局は横転させられていた。
 そこに、空中からは幾つもの暗器が、正面からは短剣が襲いかかる。無論峰打ちだった為、瞬く間に軍人達は気絶していった。
「あー、ぼくの出番が無いー」
「すみません、あまりにも相手が呆気無かったもので」
 あっさりと終わってしまった光景を見たマンスは膨れっ面となり、宥めるようにその頭をオーラが撫でる。
 そんな二人を振り返り、微笑ましそうな顔となったレオンスだったが、こちらに近付いてくる気配を感じて気を引き締め直した。
 スラヴィ達も警戒態勢に戻り、マンスは今度こそ成功させるべく密かに詠唱を始める。
 そうして第一陣が死屍累々と倒れ伏す後ろから現れたのは、更に人数の増えた第二陣であった。
「流石に、そう簡単にはいかせてはくれないか」
 前方を見渡すレオンスの頬から、冷や汗が流れ落ちた。
 一方、追手をレオンス達に任せた三人は、アシュレイの先導の下《元帥》が居るであろう執務室へと向けて走っていた。ただしアクセルとターヤが居るので、そこまでの速度は出せなかったが。
 ちなみに最初はアクセルが彼女を抱えようとしたのだが、アシュレイの手前それは憚られた上に羞恥が強かったので、ターヤが自身に〈敏捷上昇〉をかける事で解決した。故に、今のターヤはアクセルと同じくらいの速度が出せている。
 とにもかくにも、殆ど邪魔される事無く進めた三人は、遂に目的の扉が最奥に位置する廊下まで辿り着く。
 だが、やはりそこには一人の人物が待ち構えていた。
 二人はすばやく武器を構えるが、アシュレイは下げたままだ。

「カルヴァン元帥補佐」
 何かを確かめようとするかのように彼女が名を呼べば、ユベールは意を決したように顔を上げる。武器は最初から腰の鞘に収まったままだ。
 敵意は無いと悟ってアクセルが武器を下げれば、ターヤもまたそれに倣った。
「あんた、そこで何をしてる訳? あたし達は敵よ? 侵入者よ? それを前にして丸腰だなんて、本当に何を考えてる訳?」
 アシュレイが真正面から正論をぶつければ、痛いところを突かれたようにユベールが後ろに退きかける。それから、ぎゅっと身体の横に下げている拳を強く握り締め、喉の奥から、今ここで口にしてはいけない言葉を引っ張り出す。
「僕は、もう何を信じれば良いのか解らないんだ……!」
 その言葉にアシュレイは反応するも、次の瞬間には元に戻っていた。
「そう。あんたは――」
 何事かを言いかけて、けれど瞬時に口を噤む。
「覚悟が無いのなら、あたしの前に立ちはだからないで」
 やりすぎなくらい突き放すような声をユベールにぶつけてから、アシュレイはその横を歩いて通り抜けていった。
 二人もその後を追う。アクセルは一瞥しただけだったが、ターヤは後ろ髪を引かれる思いだった。彼もまた、以前のアシュレイと同様の位置に立ってしまったのだと、気付いてしまったから。
「ターヤ」
 前方から鋭く名を呼ばれ、ターヤは反射的にアシュレイを見る。彼女の思考を呼んだかのようなタイミングだった。
「ほっときなさい。結局どうするのかは、あいつが選ぶ事だわ」
 冷たい言葉だとも取れたが、アシュレイは彼女なりに気にかけている事を察し、ターヤは意識を眼前へと戻す。
 すぐそこに位置する扉の前まで来ると、アシュレイはけじめの意味合いも込めて、それを思いきり蹴飛ばして開けた。唖然とするターヤは振り向かず、彼女は堂々と真っすぐに、室内に居るただ一人の人物を――〔軍〕の《元帥》を睨み付ける。
「《元帥》、あんたを止めに来たわ」
 そして自分なりのけじめとして、彼に宣戦布告の言葉を叩き付けた。


「簡単にここまで侵入者が入る事を許しちゃうなんて、みんな駄目駄目だよね」
 アシュレイの声に応えたのは、場にそぐわない随分と呑気な声だった。
 予想外の声色にターヤは思わず脱力しそうになるが、周囲に居る二人のおかげで何とか保てた。それから、初めて目にした時も《元帥》はこんな感じだったかと思い出す。
 その間にも、扉の真正面に位置する机の椅子がぐるりと回る。そうして三人の方を向いた椅子には、少年に見える小柄な青年――《元帥》ニールソン・ドゥーリフが腰かけていた。彼はアシュレイを視界に認めると、挨拶するような気軽さで片手を持ち上げる。
「やぁ、久しぶり、あっちゃん」
 この緩すぎる笑顔に、今度はアシュレイの方が脱力しかけるところだった。はぁ、と思わず溜め息を零してしまう。
「あたしはもう軍人じゃないわよ。そんな事も忘れた訳?」
「まさか。あっちゃんがわつぃの信頼を裏切ってくれた事は、よーく覚えてるよ」
 嫌味がたっぷりと籠った声色と言葉だった。
 流石にそこまで乱心してはいなかったか、と安堵するべきか解らないような心境になるも、気を抜く事はしない。ニールソンの言葉には少しばかり胸を刺されたような痛みを覚えたが、それをアシュレイは振りきった。
 ニールソンは相手が大した反応を見せない事につまらなさそうな顔をするが、すぐに次の玩具を発見した子どものように表情を一転させた。
「ところで、その眼と髪はどうしたの?」

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