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三十三章 牙を剥く獣‐determination‐(2)

「クラウディア!」
 しかし彼らもそこまで愚かではなく、ブレーズが名を呼べばクラウディアは瞬時に進行方向を変え、今度は急上昇する。そうして上空に舞い戻ってから、今度は尖った水晶を幾つも生成し、雨の如く標的目がけて降り注がせた。
 これに対して〈結界〉の外に居た面々は即座にその近くへと寄り、オーラは範囲を広げて全員を包み込む。
 ただし、アシュレイだけは退かずに前方へと突撃していた。水晶を避けないといけないので横に移動しながらという形ではあったが、確実に敵方へと近付いていく。
 この行動に二人は面食らったものの、クラウディアはすぐに水晶の数を増やす。
 彼女の行動に驚く者は一行にはもう居らず、ターヤとマンスの詠唱も朗々たる声で続き、オーラは水晶の猛攻を〈結界〉を維持しながら凌ぐ。
「――〈能力上昇〉!」
 既にお決まりと言っても過言ではない支援魔術を、ターヤは皆にかける。それから少し考え、すぐに次の魔術を選んだ。
 その間にもアシュレイは龍のほぼ足元に辿り着き、その場で一気に屈み込むと、足をバネにして思いきり跳躍する。そのまま上がれる所まで上がって龍の足を狙うが、気付いたクラウディアが攻撃の手を止めて更に上昇したので、空を切ったアシュレイは重力に従って地面へと戻っていく。
 そうしてできた僅かな隙を狙い、スラヴィは〈結界〉から飛び出す。普段ならば自身の役目であるところをオーラに任せ、両袖から出した鎖鎌を上空の龍へと差し向けた。
 こちらは気付いたブレーズが槍で払い、続けて向かってくる幾つもの鎖鎌はクラウディアが横や上などに動く事で避けた。それが途切れたのを好機としてクラウディアは再び水晶の雨を降らそうとするが、再度アシュレイが飛びかかってきたのでそうもいかなかった。彼女をいなせば再びスラヴィの暗器が襲いくるので、こちらもまた弾くかかわす。相手の攻撃こそ受け付けないものの、ブレーズとクラウディアは自らも攻撃を行えずにいた。
 それこそが、スラヴィとアシュレイの狙いである。
「――〈風精霊〉!」
 詠唱を終えたマンスの声が響き渡った瞬間、その上空に巨大な鳥が姿を顕す。
 相手の意図を悟ったブレーズ達はすぐさま離脱しようとするが、風の化身はそれを許さなかった。すばやく風が渦巻き、龍騎士を乗せた龍をその牢獄へと捕らえる。
「ちっ……クラウディア!」
 この状況を打破すべくブレーズは相棒へと呼びかけ、彼女は応えて風の壁へと水晶の雨を差し向けるが、制限が解放されていないとは言え、相手は風の化身である。打ち破るには及ばず、竜巻は揺らがない。
 しかし油断は禁物な為、マンスは既に制限解放の詠唱に入っていた。
「ならば……これで、どうだ!」
「「!」」
 そう言いながらブレーズが懐を漁って取り出した物を目にした瞬間、一行は驚きを露わにせざるをえなかった。
「〈星水晶〉……!」
 思わずオーラは声を上げてしまい、ターヤもまた内心で呟きそうになるのを堪えて、残り少しの詠唱に集中する。
 ブレーズが手にしたのは他ならぬ〈星水晶〉であり、自然と皆の警戒も引き上げられるのも無理は無かった。マンスもまた風の拘束を解かれないうちにと詠唱の完成を急ぐが、それよりも相手の方が速かった。
「クラウディア!」
 ブレーズが名を呼んで〈星水晶〉を掲げた瞬間、クラウディアが今までとは異なる声を上げる。それは咆哮ではなく、まるで歌うかのような高く美しい声であった。
 ついつい聞き惚れそうになってしまうも我に返る面々だったが、その間にも龍の声に反応するかのように〈星水晶〉が輝き出していた。
「御二人は退いてください!」
 相手の意図を察したオーラは瞬時に叫び、訳は解らずともその必死さを理解したアシュレイとスラヴィは急いで〈結界〉まで下がり、《風精霊》も竜巻の維持に力を入れる。
 輝きは益々強まり、それに呼応するかのように竜巻がぶれ始めた。負けじと《風精霊》も踏ん張るが、輝きが増せば増す程押され、遂に風は霧散する。

「――〈霧〉!」
 しかしその直後、タイミングよくターヤの魔術が周囲一帯を覆い隠していた。
「「!」」
 途端に視界を奪われた相手方は戸惑いを見せ、特に何事も起こらなかった一行は少しだけ安堵する。〈結界〉の中までは霧が生じず、互いの顔が見えていたからというのもあったのかもしれない。
 そしてターヤは、タイミングを間違えなかった事にも息を吐き出していた。
「う、上手くいって良かった」
「ですが、クラウディアさんと〈星水晶〉がある限り、この霧もすぐに払われてしまうでしょう」
 過信させないようにオーラが真剣な表情で水を差せば、すぐにターヤの表情は引き締まる。
 彼女の言う通り、霧の向こう側からは再びあの声が聞こえてきていた。
「クラウディアさんは氷属性から派生した、水晶に関する能力を御持ちですから。この場において、相手は〈星水晶〉の強大な力により強化されているものだと思ってください」
 手短ながらも適切なオーラの説明で、一行の緊張は更に上昇する。
 高純度のマナを有する神聖な鉱物であり、媒介とすれば魔術などの術を強化するばかりか、才能以上の術の使用すら可能にしてしまいかねない物質。使い方によっては、それだけで術と似たような効果を発揮する事は、全員がつい先程その目で見ている。
「けど、そうなると、なかなか厳しい状況になりそうだな」
『ううん、それなら大丈夫だよ!』
 どうしたものかという顔にレオンスはなるが、これには《風精霊》が自信に満ち溢れた顔で応えていた。
「――〈風精霊〉!」
 思わず一行が巨鳥を見上げた時、再びマンスの声が力強く張り上げられる。
 瞬間、場を覆い隠していた霧が一気に風によって攫われた。
 再び〈星水晶〉の力で霧を吹き飛ばそうとしていたらしく、何が起こったのか解らないと言った表情でブレーズが一行を見ている。
「制限まで解放された得意な元素を使う精霊に、適う奴なんて居ないんだから!」
 逆にマンスは、つい数秒前の《風精霊》の言葉に続けるかのように誇らしげな顔となっていた。
 そんな少年を見た《風精霊》は、少しばかり怪訝そうな顔になる。
『でもマンスくん、別に名前を呼んでくれるだけでも良かったんだよ?』
「ううん。ぼくはまだ《精霊王》になった訳じゃないから、ちゃんと今までみたいに詠唱しなきゃ。もし失敗しちゃって、シルフ達に何かあったら嫌だから」
 数時間ほど前のオーラの言葉を思い出しながら、マンスは自身に言い聞かせるように声を紡ぐ。
 それを聞いた巨鳥はどこか嬉しそうで誇らしそうな顔になるも、またしても〈星水晶〉の輝きが戻ってきた為、即座に警戒心を呼び戻す。今度は負けないと、その表情が語っていた。
 ターヤもまた詠唱を始め、マンスは《風精霊》にマナを渡す事に集中し、アシュレイとスラヴィは再び前線へと飛び出す。相手が上空に居ると攻撃を届かせられないレオンスは、ターヤの支援魔術を待っていた。
 オーラは相手が〈星水晶〉を持ち出してきた事もあって、益々〈結界〉の維持だけに集中している。当初は念の為の専念だったのだが、現在では余裕が無くなっていたからだ。
 ブレーズは襲いくる攻撃を槍で弾き、クラウディアは自らも避けながらも〈星水晶〉に命じて《風精霊》の攻撃を打ち消す。
 かくして、現状では一向に決着が付く兆しも、戦闘に終止符が打たれる事も無かった。


「ごめん、一旦下がるわ!」
 体力の限界が近付いてきた事を悟り、皆に告げてからアシュレイは即座に後方の〈結界〉内部まで下がる。それから、どうにも、もやもやとしたまま釈然としない気持ちを、意味の一貫していない声として吐き出した。
「ったく、あのバカ!」

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