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三十三章 牙を剥く獣‐determination‐(12)

 一方、彼女に勘付かれているなどとは露知らず、アシュレイは走りながら一つの大きな決断を下してもいた。
(……ニールは、もう戻れないところまで来てた)
 何となく予想の付いていた事とは言え、実際にその現実を目の前に突き付けられた際の衝撃は大きかった。それでも、これが自身の責任だと理解している彼女が絶望に落下する事は無かった。
(だから、あたしが、この手で終わらせる。――ニールを、殺す)
 それがアシュレイなりの決意であり、けじめでもあった。


「ここまで来れば、ひとまずは問題無いだろう」
 その頃、先行して〔月夜騎士団〕本部を離れていたアンティガは、セレスと共にリンクシャンヌ山脈に足を踏み入れていた。
 崖に面する切り立った険しい山道を進みながら、ふぅ、と珍しく彼は息を吐き出してしまう。実のところ、彼には決して運動神経の方に長けている訳ではない自覚があったので、このような道を通る事に不満が無い訳では無かった。けれどもセレスしか道程は知らない為、これも後々クレッソンの寝首を掻く為だとして我慢していたのだ。
 だが、一向に辿り着けず、詳細も不明な目的地に彼は痺れをきらし始めていた。別の言い方をすれば、足が疲れたのである。
「アスロウム、目的地にはまだ着かないのか」
「いいえ、まだしばらくかかります」
 対するセレスの反応は実にそっけない。
 そこに無機質ともいうべき不自然さを感じ取り、アンティガは嫌な予感を覚え始めた。その正体を明確にするべく、質問を装って相手の様子を掴もうとする。
「時に、部下共に伝達は終えたのだな?」
「はい。《副団長》に賛同する騎士達には、しっかりと伝えておきました」
 返ってきたのは、あくまでも無機質な声だった。しかも、彼女は崖側の片手で何事かを行ってもいた。
 益々不信感を募らせたアンティガは、音をたてないように気を付けながら、少しずつ後退して距離を開けていく。
「こことは別の場所に逃げるように、と」
 けれどもそれを見越していたかのように、そう言ってセレスは振り返る。その顔には、感情も何も無かった。普段通りの平静に振る舞っている様子ではなく、完全に感情を押し殺している顔であった。
「アスロ――」
「さよなら、《副団長》」
 アンティガが何事かを口にするよりも早く、セレスは片腕を伸ばし、そして軽く押すように彼を突き飛ばしていた。
 呆気無いくらい簡単にアンティガの身体は後方へと傾き、そのまま背後に広がる暗黒へと向かう。
「そうか! 貴様は最初から若造の――」
 最後まで声が相手の耳に届く事は無く、そのまま男性は崖下の闇へと飲み込まれていく。それにより意識を失う直前、懐かしくも忌々しい彼女の姿が見えたような気がして、男性は益々悔しさと憤りとに包まれていった。
 その姿が完全に見えなくなるまで見届けてから、少女は踵を返す。そうして何事も無かったかのようにその場を後にした。あくまでも感情の籠っていない無機質な瞳のまま。

 

  2014.03.15
  2018.03.17加筆修正

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